5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏

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第一章

岩山のハイルヴェルフェ城の恋の行方(1)

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 大陸を横断する旅が進む中で、私はラファエルに熱烈に愛された。プラチナブロンドの美しいレティシアは、偶然、この旅でケネス王子に出会って恋に落ちて、彼女は今では王子にとても愛されている。

 ヴィッターガッハ伯爵家で放した陛下宛の伝書鳩に、結婚の許しを願うケネス王子の手紙を持たせていた。レティシア付きの騎士から放たれた伝書鳩にも、ジークベインリードハルトの首都に住むレティシアの両親へ手紙が託されていた。レティシアはケネス王子と結婚することになったことを両親に伝えようとしているのだ。もちろん、陛下に二人の結婚を認めてほしいとお願いするための私の手紙も伝書鳩には持たせた。

 優秀な伝書鳩のことだ。大陸を横断する旅には伝書鳩を連れて行くのは必須だった。朝早くに葡萄畑を目の前にして放した伝書鳩は、もう両家に着いただろう。目的地に急ぐ私たちの目の前に、切り立つ岩山の頂上に聳え立つ、優雅なハイルヴェルフェ城が姿を現していた。

 まもなく日が沈む。赤く染まった空を背景に、切り立つ岩山の頂上に聳え立つハイルヴェルフェ城は、信じられないほど幻想的で美しかった。

 私たちは馬の速度を最高速度まで上げた。ブロワの街で敵に待ち受けされて狙われたように、敵は川沿いの城の周りを警戒しているはずだからだ。

 ――一刻も早く城に着いた方がいいわ。

 ラファエルの後ろにまとめた長い髪が風になびく。ラファエルは時折私の方を振り返ってくれ、様子を確認してくれている。ラファエルは先陣を切って馬を走らせていた。

 案の定、途中で敵の矢が飛んできて、馬で全速力で走りながらもレティシアが剣で払って落とした。

「来たわよっ!」

 レティシアの掛け声で、私たちは馬を走らせながら前傾姿勢になりつつも剣を固く握りしめた。ラファエルも飛んできた矢を剣で叩き落とした。私のところに飛んできた矢もかわせた。

 ケネス王子の横にぴたりとついたレティシアが飛んで来る矢を次から次に払い落としていた。

「門が見えたぞ!」

 ラファエルはひと足さきに門番のところまで辿りつくと、紋章を見せた。岩山の麓にある大きな門はすぐに開いた。私たちは雪崩こむように開いた門の向こうに馬で走り込んだ。奇跡的に侍女も騎士も皆無事だった。


「なんとか逃げおおせたようだ」
「そうだな。危なかった」

 私たちはそんな会話をしながら岩山をゆっくりとのぼり始めた。川面に切り立つような崖に見える反対側と違って、こちら側は傾斜が幾分か緩やかなようだ。

「この城は鉄壁の防塞で有名なんだ」

 ケネス王子が荒く息を吐きながら、説明してくれた。国内屈指の景勝地として知られるリーデンマルク川沿いの城に中では、ハイルヴェルフェ城はこのあたりの優美な城の象徴のような城だった。私もずっと憧れを抱いていたけれども、まさかこんな形で訪れるとは思わなかった。

「我が家族にとっては、この城は夏の避暑地なんだよ。ラファエルは初めてだよね。父上はここ2年ほどはこの城を訪れてない。これほど幻想的で美しい城もないけれど、僕も十年ぶりぐらいだ。そういえば君がジークベインリードハルトからやってきてからは、一度も訪れていないね」

 ケネス王子はラファエルに説明しながら、ハッとした様子だ。

「そうか。おそらく、君を一緒に連れ歩くのが危険だと父上は考えていたのかもしれないな」

 ケネス王子はラファエルにうなずいた。

「僕が陛下に預けられたのは、僕が後継者争いに巻き込まれるのを避けるため。そして、陛下は僕を守るために家族で首都を離れるのを避けたというわけか……僕と一緒にいるとウィリアムもケネスも巻き添えにあう可能性があるしね」

 ラファエルは分かったというようにうなずいた。

「城主のゲオルグは今頃てんてこまいだろう。この城は、訪問の知らせは門番から直接伝書鳩で知らせることができるんだ。急な訪問の知らせに今は驚いているだろう。それにしてもこの城の維持はとても大変なんだ。立地があり得ないところにあるから。でも、中に入ると安全だし、眺めは最高だし、天空の城にいるみたいで居心地もいい。宮殿からハイルヴェルフェ城に戻る伝書鳩もいる。そうやって、父上は避暑の計画をここの城主とやりとりしているんだ。もしかすると、今晩にもで父上の回答がハイルヴェルフェ城まで届くかもしれないな」

 ケネス王子はふふっと笑った。そして真面目な表情になってレティシアを見つめてささやいた。

「レティシア、君を僕の花嫁として皆に紹介するよ」

 レティシアは頬を真っ赤に初めて、首筋まで真っ赤になり、はにかんだ表情を浮かべた。

「今晩はこの城に泊めてもらうしかない。城主に頼もう。ただ、おばあ様からの手紙は本当にここにあるのだろうか」
 
 そう言いながら、ラファエルは一瞬不安げな表情になった。

 その時、転がるように崖道を走ってくる人影が見えた。

「ほらきた!城主のゲオルグだ。夫人のエレオノーラは元気だろうか」
 
 ケネス王子は真っ赤な顔をして、息せき切って従者と共に崖道を走ってくる人影を認めて私たちにささやいた。

「この城はボンネからは約12,500エル弱。陛下のいる宮殿からも約12,500エル強だ。朝同時に放した伝書鳩は昼頃にはもうそれぞれの場所まで着いただろう。レティシアの実家の公爵家からここまでは、そもそも伝書鳩を飛ばせることはできない。でも、父上からは避暑地への連絡用の伝書鳩を使って、もしかしたら回答が来ているかもしれない」

 ケネス王子のキラキラとした緑色の瞳は希望に輝き、豊かな褐色の髪の毛をかきあげて、彼は天を仰いだ。
 
「父上から良い返事が届いていますように……」

 シェーンボルン家の家長はまだ若そうだ。緩やかだとはいえ、傾斜は強い。馬で全速力で降りることができるような道ではなかった。だから城主は走ってきたのであろう。私たちは馬をゆっくりと進めた。

「ケネス王子!お久しぶりです!実に十年ぶりでしょうか。本当に突然の訪問ですね。つい先ほど陛下からケネス王子宛の手紙を伝書鳩が届けてきたのです。どういうことだろうと思案していたところ、辺境伯のリシェール伯爵さまがいらっしゃったと先ほど門番からの知らせの鳩が届きまして」

 やはり、切り立つ岩山のてっぺんまで速やかに知らせるには、ここでも伝書鳩が使われているようだ。それにしても陛下からの返事は早かった。私はそのことに安堵した。

 ――陛下はきっと許してくださるに違いないわ。

 私はレティシアのために良い知らせであることを祈った。

「そして、リシェール伯爵さま。少し昔のことになりますが、おばあ様の皇后様からのお手紙を預かっております」

 ゲオルグ・シェーンボルンの言葉は、私たち一同を励ますものだった。

「ありがとう。今晩は泊めていただきたいのですが、お願いできますでしょうか」

 ラファエルは遠慮がちに城主に伝えた。

「もちろんですよ!まもなく日が暮れます。城までもう少しあります。急ぎましょう」

 私たちは岩山のてっぺんまで急いだ。日が暮れて真っ暗になった崖道を登るのは正気の沙汰ではないのだから。



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