5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏

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第二章

愛に生きる レティシアの場合

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 この物語の終着駅はどこだろう。

 死神と契約したロザーラが、皇后になることだろうか。そこで終わらない気がする。もちろん、私の人生もラファエルの人生もケネスの人生もロザーラの人生も、辺境伯リシェールがコンラート地方に花嫁を連れて凱旋した後も続く。

 次の皇帝を決めるこのゲームにラファエルが勝てば――私はきっと勝たせるわ――、やがて彼はジークベインリードハルトの皇帝になるだろう。

 だが。

 暖炉に聖剣をかざして浮かび上がる文字を見つめながら、私は考え込んだ。

 かすみ草をこの城の城門のところに植えた時のマクシムス皇帝の笑顔を私は覚えている。花言葉は「永遠の愛」だ。

『何があっても君を愛しぬく証拠だよ。ここで永遠にこの花は咲き続ける。君が忘れても、僕が忘れても、僕の愛の証拠だけはここで永遠に花を咲かせ続ける』

 私の胸の奥に熱いものが込み上げてきて、目に涙が後からあとから溢れ出てきた。

 私の物語はそこで終わらないはずだ。私が『死神』だった頃、恋に落ちてしまったマクシムスを身代わりに『死神』にしてしまった過ちは消えない。

 マクシムス皇帝と私は完全には結ばれていない。結婚式をあげる前に彼が死んでしまったから。

「文字が浮かんでいる!」

 そっと私の様子を後ろからのぞいたケネスが小さく叫んだ。ラファエルとロザーラものぞき込んだ。

 暖炉の火にかざされた聖剣の表面に文字が浮かび上がった。

「大陸を治める力を与える石をベテルギウスとせよ」

 古代語を私は読み上げた。

「庭にストーンサークルがないかしら?」

 私はこの城の解き方を知っている。時代に応じて城と解き方は多少は変わっているが、第8の宝石が隠されたランヒフルージュ城は、マクシムスが『次の皇帝』を決めるゲームに参加した時からこの場所にあった。庭もおおよそ形を変えていない。

 私の言葉で、ラファエル、ロザーラ、ケネスは窓に駆け寄り、庭を見下ろした。高いところから庭を見下ろすとはっきりと分かる。三角形の形になるように、石が配置されているのだ。ただ、それは庭から確認すると広大過ぎて、目で確認することはできない。

「あるわ!」
「分かった。あの3つのストーンサークルの中のどれかをベテルギウスと考えて、プロキオンを決めるんだね」

「よし、皆で庭に降りよう」

 ラファエルとケネスとロザーラが話している声が私の耳にも聞こえた。私の体は少し震えている。

「もういいよ、レティシア。聖剣を暖炉から出していいよ」

 ケネスがそっと私にささやき、私が火の中に入れている聖剣をゆっくりと取り上げた。聖剣をケネスが持ち、私から引き離した。

 私は力が抜けるように床に座り込んだ。聖剣で自分を突き刺してしまいそうな衝動に駆られていたから。後悔のあまりにバカなことをしそうだった。自分を責めるあまりに。

「さあ、僕らも行こう。マクシムスの日記も持って行こう」

 ラファエルとロザーラが庭に向かった後を、私はケネスに手を引かれて促されるままに追った。

 空が真っ赤に染まっていた。美しい夕暮れだった。遠くに一番星が一つだけ輝いていた。ランヒフルージュ城の美しい夕暮れをこの庭で迎えたことが、以前も私にはある。私の隣には闊達に笑う誰かがいてくれた。温かい腕の中に包まれて、私は今と同じように愛に包まれていた。そっとケネスが私を後ろから抱き抱えた。私を温かく抱きしめてくれた。

「僕の愛しい妻。君とこの美しい夕暮れを見れて幸せだ」

 私はケネスの言葉に涙が溢れた。昔、同じように愛を囁かれた。この場所で。

 3つのストーンサークルの1つの下に、エーリヒ城の川の中にあるものと同じ形をした、オリオン座のストーンサークルがあった。エーリヒ城は『大陸を治める力を与える石』が見つかった城であり、『生の王冠』を見つけた城だ。

「これがベテルギウスだ!」

 ラファエルが小さな声で言い、ケネスとロザーラが嬉しそうに笑った。こうなるとどれがプロキオンなのか、他の3人にも分かった。

 駆け出した3人の後をゆっくりと追いながら、私はマクシムスの日記を読み始めた。歩きながら古代語で書かれた羊皮紙をめくる。
 
 フランリヨンドの戦いに出発するとき、マクシムス皇帝はこの日記をランヒフルージュ城に置いて行ったのだ。だから、こうして私は今、彼の本当の気持ちを知ることができる。日記の最後は私宛の伝言になっていた。

『レティシアへ。

 君がこれをいつ目にしているのか分からない。

 僕の身に何かあったら、それは取引が失敗したことになる。僕が『死神』になる。そういう掟だったからね。

 僕らは破ってはいけない掟を破った。でも、家業の引き継ぎがそれによって発生したんだ。この取引に失敗したなら、僕は潔く引き継ぐよ。

 君は今度生まれ変わったら、僕の代わりに皆を幸せにするんだ。やがて海を超えて国を制覇し始める君主が現れるだろう。君はその時、この大地を守り、フランリヨンドもジークベインリードハルトもない、全てを統合した君主になって、皆を争いから守るんだ。

 僕ができなかったら君がやるんだよ。

 そして、女性として愛されるんだ。結婚する前に取引に失敗したら、僕は君を女性として愛せない。君が愛した男性に、今度は思いっきり愛されるんだ。結婚して愛を感じるんだ。これが僕からの『永遠の愛』へのお返しだ。君は必ず愛する人と結ばれて結婚して、女性として愛されるんだよ。僕との約束を守って欲しい。

 君の愛するマクシムスは、それで浮かばれるんだ。君が約束を果たしてくれたら、僕らはいつか遠い先でまた会える。
 

  レティシアへの永遠の愛を込めて』

 私の目から涙が溢れてきて、前が歩けなくなった。私は誰かにぶつかり、泣いた。誰かに抱きしめられている。誰かに唇を奪われた。

「おかえり、レティシア」

 懐かしい声がして、私は目を上げた。マクシムスだった。ふり積もる雪の中で、ロザーラと話していた美しい若い男性が私を抱きしめて見下ろしていた。

「ラファエルが皇帝になって、ロザーラが皇后になる。君の出番はそのあとだ。ケネスも君も『次の皇帝』を決めるゲームを一緒に勝ち上がっているだろう?彼らの次に皇帝のバトンを引き継ぐのは、ケネスと君だ。フランリヨンドとジークベインリードハルトを含む大陸と海の向こうの人々も救うんだよ」

 耳元で懐かしいマクシムスの声がした。

 私は泣きながら、うなずいた。私は覚悟を決めた。

 目を開けると、ケネスが微笑んで私を見つめていた。

「どうしたの?その日記に何か悲しいことが書いてあったの?」

 ジークベインリードハルトの古代語が読めないケネスは心配そうに私が手にした日記を見つめた。

「違うの。マクシムス皇帝は一人でフランリヨンドの戦に行ったんだなと思うと、少し悲しくて。感傷に浸ってしまったの」
 
 ケネスは私の言葉を聞くと抱きしめてくれた。

「二つの国が争わないように、僕らは気をつけよう」

 ケネスはそうささやいて私の腕を取った。ゆっくりと歩きながら、ロザーラとラファエルが待つ庭の端に私を連れて行った。

「あったわよ。多分、ここに聖剣を刺すのよ」

 ロザーラがストーンサークルの不自然に開かれた割れ目のようなものを指差した。ケネスが手に持っていた聖剣をラファエルに渡した。ラファエルは小さくうなずき、聖剣をその割れ目にゆっくりと入れた。

 ぐいっと足元の石が音を立てて開き、小さな包みが現れた。ラファエルが素早くそれを手にして、聖剣を引き抜いた。聖剣が抜かれると、足元の石は元に戻った。

「第8の宝石だよ!」

 ラファエルは興奮したように小さな声で叫び、王冠の8番目の穴に宝石をはめ込んだ。ゆっくりと宝石を回すと、古代語で書かれた座標が現れた。ラファエルがゆっくりとその数字を告げた。

「セルドを指しているはずだと思うのだけれど」

 そう言いながら、ケネスは地図を調べた。

「うん、セルドだ」

 私たちはうなずきあった。陸路と水路の合流地点に指定していたので敵が待ち受けているだろう。でも、セルドには行かねばならない。

 夕暮れの消えゆく空を見上げながら美しい城と庭に感嘆の声をあげていると、城主がそばにやってきた。

「今晩は、近くのシャン・リュセ城に皆さんが泊まるお部屋と湯を準備いたしました。新しい城ですし、みなさまが快適にお過ごしいただけると思います」

 城主の言葉に私以外の全員が驚いた顔をした。てっきりこの城に泊めてもらえると思っていたのだろう。

「ありがたいわ!」

 私はすぐに城主にお礼を伝えた。マクシムス皇帝の想い出がある城では私は約束を果たせそうにない。泣いてしまうから。

「そちらの日記はお渡ししましょう。いつか返してくだされば良いですから」

 城主は私にそういうと、マクシムス皇帝の日記を持つ私に微笑んだ。そして、城主はラファエルの騎士団と私の騎士たちが城門のところで待っていると告げた。ショーンブルクから皇太子をまいてやってきた彼らは、約束通りに無事にフルトまで来てくれたのだ。

 私たちは喜びの声をあげて城門まで急いだ。騎士団と侍女が無事にここまで着いたということは、私たちにとってとても嬉しいことだった。

 城主のはからいで、シャン・リュセ城までの道案内をランヒフルージュ城から出してもらえた。こうして新しいシャン・リュセ城が結婚初夜のロマンティックな夜を提供してくれることになったのだ。

 シャン・リュセ城の入り口にはスノードロップが咲いていた。花言葉は「希望」「切ない恋愛」「慰め」だ。淡いピンクの花びらのクリスマスローズも咲いていた。花言葉は「追憶」「私を忘れないで」であり、美しいシャン・リセ城を彩っていた。

 今の私の気分にぴったりだ。





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