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第六章 その名は蛟
第五節 弥名倉橋下ホームレス集会所
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空が白み始めた頃――
桃城との戦いで負った傷を、包帯を巻き付けただけで済ませた雅人が、コンビニの買い物袋を両手にぶら下げて、水門市の中心を流れる川沿いの土手を歩いていた。
住宅地に挟まれて、海まで続いている川だ。
市街地から歩いて来て、七つ目の橋に差し掛かった所で、土手に作られた階段を下り、コンクリートで舗装された地面に立った。橋の名前は、弥名倉橋といった。
青々と茂る背の高い草が、朝露の匂いを空気の中に立ち込めさせている。
雅人は橋の下に眼をやった。
橋の下から河川敷に掛けて、ブルーシートと段ボールで作られた小屋が、幾つか並んでいる。
川に程近い場所に、一際大きな段ボール小屋があり、その内側から笑い声が聞こえていた。
近付いて見ると、段ボール小屋の外に、一斗缶に腰掛けた二人の男がいる。汗や垢の染み込んだ、グレーの布を身体に巻き付けた老人である。
二人は別の一斗缶の中に小枝や新聞紙などを入れ、火を焚いて暖を取っていた。
「オッス!」
と、雅人が二人に言った。
「おお、赤毛の兄ちゃん」
「遅かったな、待っとったぞ。ほれ、早ぅ早ぅ」
雅人はコンビニの袋から、瓶ビールを一本と使い捨てのコップを二つ取り出して、二人に分けてやった。
「何をやっとる、お酌をせんか、お酌を」
「最近の若いモンは、年寄りを敬おうという気持ちがないのか」
「ったく、しょーがねぇ爺さんだな」
雅人は片方の老人が座っていた一斗缶を借りると、その上にビール瓶を乗せた。そしてその場に片膝を突いて右腕を担ぐように後頭部に回し、
「ひゅ!」
と、鋭い呼気を吐きながら、瓶の首を手刀で吹き飛ばした。
「ガラスの破片飲んでも知らねぇからな」
瓶の上部分を拾ってポケットに入れた雅人は、二人が差し出した使い捨てコップに、ビールをそれぞれ注いでやった。
二人は白く泡立つ黄金色の液体を、宝石でも眺めるかのように見つめた後、ぐぃっと飲み干した。
「後はおたくら二人で勝手にやってくれや」
雅人は他の袋を持って、段ボール小屋の入り口であるブルーシートを持ち上げて、中に入った。
春先の明け方、外の空気はひんやりとしていたが、雅人が入れるくらいに広く、天井も高い段ボール小屋の中は湿度が高く感じられたものの、暖かかった。見れば小屋の中央に、ぼろぼろの石油ストーブが置かれている。
「換気しろよなー、ぶっ倒れたって、おたくら病院に運んでくれる奴はいねぇんだぞ」
小屋の中には、四人の身なりの汚い男たちと、渋江杏子がいた。
杏子も含めた五人は、発泡スチロールの皿にごった煮を入れて、ちびちびと飲み食いをしていた。表面に錆の浮かんだ鍋で煮られたのは、スーパーやコンビニの裏に、賞味期限切れで廃棄されそうになっていた野菜や肉、弁当の具材などである。
「おぉう、赤ちゃん」
「女を待たせるもんじゃないぜ、マサ!」
「マッチョくん、お土産あるんだろ、お土産」
「かーしまー! お前も喰え、うンめぇぞぉ」
杏子の隣に座った、サングラスを掛けた肥満体型の男が、最初に言った。
彼から時計回りに、がりがりに痩せた、ぼろぼろの革ジャンを着た男、中肉中背の眼鏡の男、赤ら顔に灰色の髭を茂らせたダウンジャケットの男が座っている
雅人に対する呼び名が様々であったように、彼ら自身、それぞれを様々に呼んでいるので、誰が誰なのか分かり難い。そんな訳だから雅人は、
グラス、
革ジャン、
眼鏡、
灰髭、
と、呼んでいた。
「あんたら、この女に手ぇ出さなかったろうな。若し指一本でも触れてたら……」
雅人は杏子の隣に腰掛けて、四人に凄んだ。
「とんでもねぇ」
「俺たちの恩人のこれに、手なんか出さないさ」
グラスと眼鏡が、手の小指を立てた。
「そんなんじゃねぇよ」
雅人は四人に缶ビールをそれぞれ手渡した。受け取るなりプルタブを開けて、乾杯もせずに飲み始めるホームレスたち。
「おたく、酒は?」
「お酒はちょっと……」
杏子には、ぬるくなった紅茶を差し出した。
雅人は他に、コンビニで買い込んだ弁当や総菜を広げて、配ってやった。
桃城との戦いで負った傷を、包帯を巻き付けただけで済ませた雅人が、コンビニの買い物袋を両手にぶら下げて、水門市の中心を流れる川沿いの土手を歩いていた。
住宅地に挟まれて、海まで続いている川だ。
市街地から歩いて来て、七つ目の橋に差し掛かった所で、土手に作られた階段を下り、コンクリートで舗装された地面に立った。橋の名前は、弥名倉橋といった。
青々と茂る背の高い草が、朝露の匂いを空気の中に立ち込めさせている。
雅人は橋の下に眼をやった。
橋の下から河川敷に掛けて、ブルーシートと段ボールで作られた小屋が、幾つか並んでいる。
川に程近い場所に、一際大きな段ボール小屋があり、その内側から笑い声が聞こえていた。
近付いて見ると、段ボール小屋の外に、一斗缶に腰掛けた二人の男がいる。汗や垢の染み込んだ、グレーの布を身体に巻き付けた老人である。
二人は別の一斗缶の中に小枝や新聞紙などを入れ、火を焚いて暖を取っていた。
「オッス!」
と、雅人が二人に言った。
「おお、赤毛の兄ちゃん」
「遅かったな、待っとったぞ。ほれ、早ぅ早ぅ」
雅人はコンビニの袋から、瓶ビールを一本と使い捨てのコップを二つ取り出して、二人に分けてやった。
「何をやっとる、お酌をせんか、お酌を」
「最近の若いモンは、年寄りを敬おうという気持ちがないのか」
「ったく、しょーがねぇ爺さんだな」
雅人は片方の老人が座っていた一斗缶を借りると、その上にビール瓶を乗せた。そしてその場に片膝を突いて右腕を担ぐように後頭部に回し、
「ひゅ!」
と、鋭い呼気を吐きながら、瓶の首を手刀で吹き飛ばした。
「ガラスの破片飲んでも知らねぇからな」
瓶の上部分を拾ってポケットに入れた雅人は、二人が差し出した使い捨てコップに、ビールをそれぞれ注いでやった。
二人は白く泡立つ黄金色の液体を、宝石でも眺めるかのように見つめた後、ぐぃっと飲み干した。
「後はおたくら二人で勝手にやってくれや」
雅人は他の袋を持って、段ボール小屋の入り口であるブルーシートを持ち上げて、中に入った。
春先の明け方、外の空気はひんやりとしていたが、雅人が入れるくらいに広く、天井も高い段ボール小屋の中は湿度が高く感じられたものの、暖かかった。見れば小屋の中央に、ぼろぼろの石油ストーブが置かれている。
「換気しろよなー、ぶっ倒れたって、おたくら病院に運んでくれる奴はいねぇんだぞ」
小屋の中には、四人の身なりの汚い男たちと、渋江杏子がいた。
杏子も含めた五人は、発泡スチロールの皿にごった煮を入れて、ちびちびと飲み食いをしていた。表面に錆の浮かんだ鍋で煮られたのは、スーパーやコンビニの裏に、賞味期限切れで廃棄されそうになっていた野菜や肉、弁当の具材などである。
「おぉう、赤ちゃん」
「女を待たせるもんじゃないぜ、マサ!」
「マッチョくん、お土産あるんだろ、お土産」
「かーしまー! お前も喰え、うンめぇぞぉ」
杏子の隣に座った、サングラスを掛けた肥満体型の男が、最初に言った。
彼から時計回りに、がりがりに痩せた、ぼろぼろの革ジャンを着た男、中肉中背の眼鏡の男、赤ら顔に灰色の髭を茂らせたダウンジャケットの男が座っている
雅人に対する呼び名が様々であったように、彼ら自身、それぞれを様々に呼んでいるので、誰が誰なのか分かり難い。そんな訳だから雅人は、
グラス、
革ジャン、
眼鏡、
灰髭、
と、呼んでいた。
「あんたら、この女に手ぇ出さなかったろうな。若し指一本でも触れてたら……」
雅人は杏子の隣に腰掛けて、四人に凄んだ。
「とんでもねぇ」
「俺たちの恩人のこれに、手なんか出さないさ」
グラスと眼鏡が、手の小指を立てた。
「そんなんじゃねぇよ」
雅人は四人に缶ビールをそれぞれ手渡した。受け取るなりプルタブを開けて、乾杯もせずに飲み始めるホームレスたち。
「おたく、酒は?」
「お酒はちょっと……」
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雅人は他に、コンビニで買い込んだ弁当や総菜を広げて、配ってやった。
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