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第十章 復活祭
第九節 銃弾よりも熱い声
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飛岡の銃口が火を吹いた。
だが恐らく最後の一発であったろう弾丸は、天井に向かって飛んでゆき、飛岡の頭を貫くには至らなかった。
「あ――」
ゾンビのような刑事たちに、幾つもの手を全身に這わされた玲子だったが、飛岡の拳銃自殺を防いだ男の姿を見て、どうした事か、この状況が覆されたと思った。
その男は、一度見たら忘れない、強烈な姿をしていた。
身長が高い。
一八〇センチを半分くらい超えている。
それだけならば、スポーツ選手にはザラだ。
けれど肉体の分厚さが、並のアスリートのそれではない。
頸は猪のようだ。
肩幅や胸板はゴリラのそれである。
腕はジャガーの胴体くらいの太さがある。
テーマパークのマスコットの着ぐるみに敗けないサイズの掌だった。
ズボンの裾がラッパのように広がっているのに、太腿はタイツのように張り詰めている。
あんな身体で、正面のファスナーを閉められる革ジャンは、玲子が着たらロングコートのようになってしまうだろう。
ざんばらの髪が、燃え立つように赤い。
「――明石さん!」
玲子はその名を呼んだ。
明石雅人だ。
三年の時を経て、水門市に帰って来た男である。
雅人は飛岡の手から拳銃を毟り取ると、飛岡の首筋に軽い当て身をして、彼を気絶させた。
拳銃を床に放り投げる。
すると、ゾンビ警官たちの半分が、雅人に襲い掛かった。
雅人は、眼球の半分に瞼を被せた表情のまま、左右の手を繰り出した。
子供用自転車のタイヤみたいな掌底が、刑事のこめかみや、顎や、後頭部や、胴体を強烈に打ち据えてゆく。
防弾チョッキを身に着けた制服警官が、倒れた刑事の群れを飛び越えて雅人を襲った。
雅人はくたびれたスニーカーで、前蹴りを繰り出した。
警官の水月を直撃した蹴りは、彼にダンプカーの衝撃を与えた。
警官であるから、それなりの身長体重を持っている。だが、その下手な格闘家よりも鍛えられている筈の肉体は、ラグビーボールのように弧を描いて階段に背中を打ち付け、脱力した。
それでもまだ、玲子に縋り付いている刑事たちがいる。
雅人は階段を半分まで上がると、手前の警官の足首を掴んで、引っ張った。
呆気なく玲子から剥ぎ取られる。
二人目も、三人目も、四人目も、稲刈りの如きテンポで剥ぎ取っていった。
玲子に群がっていた刑事たちは、みな、階段の下に投げ落とされた。
まだ這い上がって来ようとする者がいる。
「明石さん……」
「蛟の奴か」
「え?」
「いや、こっちの話だ。さて、どうしたものかな。警察は嫌いだが、そんじょそこらのチンピラとは違うしな……」
雅人が呟くと、警官たちは不意に動きを止めた。
そして、その場でびくびくと痙攣して、あんぐりと開けた口からぬるぬるとした質感の、白っぽいものがこぼれ出して来た。
「いぃっ! き、気持ち悪ゥ」
玲子は生理的な嫌悪感に襲われた。
凹凸のない赤ん坊の腕のような肉塊が、こぞって階段を這い上がって来ようとする光景は、不気味以外の何ものでもない。
傷口に蛆が沸いているのを見た事はあるが、口にこそ出さないもののそれに対して背筋を震わせるのに似ている。
「借りるぜ」
雅人は玲子の上着に手を入れて、拳銃を取り出した。
オートマチックの拳銃で、肉塊を次々と撃ち抜いてゆく。
銃撃された白い肉塊は、少量の筋肉と骨の代わりに、内側にたっぷりと詰め込んだ血液を破裂させて、薄皮を血の池に沈めた。
玲子の銃弾がなくなると、手頃な刑事から拳銃を拝借して、肉塊を銃撃した。
「……今ので、最後か」
雅人は拳銃を放り投げた。
「明石さん、そ、その……」
玲子は、雅人に何かを言うべきだったが、言葉が見付からない様子であった。
しかし汽笛の音が聞こえたので、自分がやるべき事を思い出して、ぱっと立ち上がった。
「不味い! 池田が……」
玲子は階段を駆け上がり、乗船口を目指した。
船着き場に向かって伸びている回廊の先は、しかし、既に船から切り離されて、汽笛の音と潮風が吹き込んで来るだけになっていた。
「あぁっ……」
陽は殆ど沈んでいる。
赤と紺色の混じり合った、空と海との境目に、白い船体が吸い込まれてゆく所であった。
だが恐らく最後の一発であったろう弾丸は、天井に向かって飛んでゆき、飛岡の頭を貫くには至らなかった。
「あ――」
ゾンビのような刑事たちに、幾つもの手を全身に這わされた玲子だったが、飛岡の拳銃自殺を防いだ男の姿を見て、どうした事か、この状況が覆されたと思った。
その男は、一度見たら忘れない、強烈な姿をしていた。
身長が高い。
一八〇センチを半分くらい超えている。
それだけならば、スポーツ選手にはザラだ。
けれど肉体の分厚さが、並のアスリートのそれではない。
頸は猪のようだ。
肩幅や胸板はゴリラのそれである。
腕はジャガーの胴体くらいの太さがある。
テーマパークのマスコットの着ぐるみに敗けないサイズの掌だった。
ズボンの裾がラッパのように広がっているのに、太腿はタイツのように張り詰めている。
あんな身体で、正面のファスナーを閉められる革ジャンは、玲子が着たらロングコートのようになってしまうだろう。
ざんばらの髪が、燃え立つように赤い。
「――明石さん!」
玲子はその名を呼んだ。
明石雅人だ。
三年の時を経て、水門市に帰って来た男である。
雅人は飛岡の手から拳銃を毟り取ると、飛岡の首筋に軽い当て身をして、彼を気絶させた。
拳銃を床に放り投げる。
すると、ゾンビ警官たちの半分が、雅人に襲い掛かった。
雅人は、眼球の半分に瞼を被せた表情のまま、左右の手を繰り出した。
子供用自転車のタイヤみたいな掌底が、刑事のこめかみや、顎や、後頭部や、胴体を強烈に打ち据えてゆく。
防弾チョッキを身に着けた制服警官が、倒れた刑事の群れを飛び越えて雅人を襲った。
雅人はくたびれたスニーカーで、前蹴りを繰り出した。
警官の水月を直撃した蹴りは、彼にダンプカーの衝撃を与えた。
警官であるから、それなりの身長体重を持っている。だが、その下手な格闘家よりも鍛えられている筈の肉体は、ラグビーボールのように弧を描いて階段に背中を打ち付け、脱力した。
それでもまだ、玲子に縋り付いている刑事たちがいる。
雅人は階段を半分まで上がると、手前の警官の足首を掴んで、引っ張った。
呆気なく玲子から剥ぎ取られる。
二人目も、三人目も、四人目も、稲刈りの如きテンポで剥ぎ取っていった。
玲子に群がっていた刑事たちは、みな、階段の下に投げ落とされた。
まだ這い上がって来ようとする者がいる。
「明石さん……」
「蛟の奴か」
「え?」
「いや、こっちの話だ。さて、どうしたものかな。警察は嫌いだが、そんじょそこらのチンピラとは違うしな……」
雅人が呟くと、警官たちは不意に動きを止めた。
そして、その場でびくびくと痙攣して、あんぐりと開けた口からぬるぬるとした質感の、白っぽいものがこぼれ出して来た。
「いぃっ! き、気持ち悪ゥ」
玲子は生理的な嫌悪感に襲われた。
凹凸のない赤ん坊の腕のような肉塊が、こぞって階段を這い上がって来ようとする光景は、不気味以外の何ものでもない。
傷口に蛆が沸いているのを見た事はあるが、口にこそ出さないもののそれに対して背筋を震わせるのに似ている。
「借りるぜ」
雅人は玲子の上着に手を入れて、拳銃を取り出した。
オートマチックの拳銃で、肉塊を次々と撃ち抜いてゆく。
銃撃された白い肉塊は、少量の筋肉と骨の代わりに、内側にたっぷりと詰め込んだ血液を破裂させて、薄皮を血の池に沈めた。
玲子の銃弾がなくなると、手頃な刑事から拳銃を拝借して、肉塊を銃撃した。
「……今ので、最後か」
雅人は拳銃を放り投げた。
「明石さん、そ、その……」
玲子は、雅人に何かを言うべきだったが、言葉が見付からない様子であった。
しかし汽笛の音が聞こえたので、自分がやるべき事を思い出して、ぱっと立ち上がった。
「不味い! 池田が……」
玲子は階段を駆け上がり、乗船口を目指した。
船着き場に向かって伸びている回廊の先は、しかし、既に船から切り離されて、汽笛の音と潮風が吹き込んで来るだけになっていた。
「あぁっ……」
陽は殆ど沈んでいる。
赤と紺色の混じり合った、空と海との境目に、白い船体が吸い込まれてゆく所であった。
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