79 / 185
第79話 雰囲気
しおりを挟む
~織原朔真視点~
◇ ◇ ◇ ◇
僕は新宿の街を歩いていた。ハイブランドの店や家電量販店に老舗の本屋、映画館の前をたくさんの人達と交錯しながら通りすぎた。僕の右側にはお店が立ち並び、左側を車が走る。街の喧騒。すれ違う人達は各々が違う話をしている。その話の断片が僕の耳に聞こえてはくるが、無論、話の内容まではわからない。そんな言葉達、歩く靴の音、車の走る音が僕の耳を刺激する。
「?」
僕は立ち止まった。
何故ならそんな喧騒が全く聞こえなくなったからだ。全くの無音。先程まで賑わっていたたくさんの人と車がどこにもいない。瞬きをする際に、一瞬だけ目を閉じ、開いた間に全ての人と車が消えたようだ。僕は振り返る。歩いてきた道にも人っ子一人いない。建物はそのままだった。誰もいない新宿の街に僕1人だけがいる。
その時、ちょうど時計が目に入った。街頭と同じくらいの高さにある丸いアナログ時計。しかし長針と短針がなく1~12の数字が円を成して刻まれているだけで肝心の今が何時なのかは、わからない。
僕は首を傾げると、その時計はぐにゃりと歪んだ。そうかと思えば重力に従って溶けるように姿を変える。まるでスライムのような粘性の素材でできているみたいだった。
僕は溶ろけ出す時計に動揺していると、今度は背後から黒い車が走ってくる。僕はやっと誰か自分以外の人がいたことにホッとしたがしかし、その車は僕の左斜め前方にある街頭に勢いよく激突した。そしてよく見るとその車は霊柩車のようで、激突した衝撃によって積んでいた棺が僕の前に滑るようにして投げ出される。
僕は霊柩車の運転手の容態を気にすることなく、目の前にある棺の中を覗いた。
中には僕が横たわっていた。
僕は当然の如くそれを受け入れると顔を上げる。右側に立ち並ぶ建物の入り口、自動ドアに反射する自分の姿が見えた。
僕はエドヴァルドの姿をしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
そこで目を覚ました。
ドクンと心臓が脈打つ。僕は窓に反射している自分の顔を見た。そこにはうだつの上がらない僕の姿が見えた。
ここは自分の家。林間学校も無事に終わり、帰宅してきたのだ。
帰りのバスで、ユーチューブを見るとお薦めにはシロナガックスさんや新界さん、ルブタンさんの切り抜き動画で溢れていた。主催者視点の配信とプレイヤーの配信を上手く編集して、そのプレイの時にどういった実況が行われていたのか、そして既に全滅した他プレイヤーの反応等も織り混ぜられた動画が再生数を伸ばしていた。
その中でもトップ5に入る程再生されていたのが僕と薙鬼流のプレイだった。僕が薙鬼流に前へ逃げろと大声で叫んだところと、薙鬼流が新界さんをワープゲートに叩き込んだ場面を他プレイヤーがどのようにリアクションしたかを見る動画だ。
『ブルーナイツ』の同期であり、その動画にも出演している伊手野エミル、通称エミールが泣き叫びながら薙鬼流を応援しているのがブルーナイツファンの間ではてぇてぇと話題になっている。また薙鬼流も最後のインタビューで泣き崩れた切り抜き動画も人気だ。今まで触れようとしてこなかった炎上の件に触れ、苦しさや後悔を泣き崩れることで表現されたのを受けてアンチ達は相対的に彼女を許したようだ。許すというか、どうでもよくなったというか、怒りを忘れたというか曖昧な感じで終わった。配信をしていればチャット欄やコメント欄には否定的な言葉が並べ立てられるのは普通のことだ。薙鬼流の場合その数が多かった。しかし大会を終えてそういったマイナス的なコメントを残す人が減少し、逆に大会を労う言葉を送る人が増えたようだ。
そして僕はというと、チャンネル登録者も一気に増えた。その数15万人。昨日の夜は家でPCを組み立て直し、大会についての雑談をした。その際、スーパーチャットがたくさん送られ僕らの生活費も潤う。ララさんからも送られてきた。勿論一ノ瀬さんであるスターバックスさんからも送られてきた。
このままたくさん配信して、もっとチャンネル登録者を増やそうと思っていた僕だが……
「ブワックション!!」
風邪をひいた。
──────────────────────────────────────────────────
~音咲華多莉視点~
林間学校も終わり、今日からまた普通の学校生活が始まる。林間学校では友達との良い思い出をつくることが出来た。アイドルとしての職業柄、こういった学校行事には参加できないことがよくある。仕事やライブが重なったり、宿泊先や現地でファンに凸られる可能性だってある。その点に関しては、引率する先生達も苦慮していたようだ。警備会社や警察、私の所属する事務所にも連絡していたというのは後から知ったことだが、先生達には感謝している。
──それに……
私は一番前の席に座っている新しく友達になった一ノ瀬愛美ちゃんを見た。1年生の頃から生徒会に入り、クラスの中心人物だった彼女とは前々から友達になりたいと思っていたのだ。しかもそんな彼女がエドヴァルド様のことを推しているだなんて。これは運命だ。
彼女とまたエドヴァルド様のことについて語り合いたい。エドヴァルド様の何の配信が好きなのか、どんなところが好きなのか。
──アーペックスの大会についてどう思ったのか……
あの大会でエドヴァルド様の知名度がまた一気に上昇した。切り抜き動画もたくさん作られる程人気になったのだ。これから彼がどんどん有名になり活躍していく反面、私だけが知っている特別感というか、優越感みたいなものが薄れていくのがもどかしかった。ファンの心理としてはよくあることだ。もしかしたら私、かたりんの古参のファンも同じ気持ちなのかもしれない。握手会では昔から来てくれているファンのことはだいたい覚えている。いつもは簡単なお礼とファンが述べる言葉に反応しているだけだが、今度は私から聞いてみようかな?
一番前の席にいる愛美ちゃんを一番後ろの席から見つめながらそんなことを考えていた。現在一時間目の授業が始まっている為、愛美ちゃんは前を見ながら真面目に授業を聞いているはずなのだが、何故か彼女と目があった。
愛美ちゃんは突然後ろを振り向き、私と目があったことに多少驚きつつも、手を振って挨拶をしてくる。私もそれに返した。
──私のテレパシーが伝わったの!?
以前映画で超能力者の役をしたことがある。あの時、自称超能力者達の動画を見漁った経験がある。昔のテレビ番組で霊視と呼ばれる類いのモノや、夢で事件現場を目撃したりと様々な超能力者──イタコとはまた少し違うみたいだ──を見た。その中で、テレパシーに類する超能力者がいた。しかしその超能力者は主に受信するタイプで発信するタイプではないが、今私は発信するタイプの超能力者になったのではないかと思った。
私は胸に微かなトキメキを催すがしかし、愛美ちゃんは私に手を振ってから少し寂しそうに私の隣にある空席を見つめる。
織原朔真。
彼は現在病院に行っているらしい。流行り病のせいで少しでも風邪の症状があると病院へ行って診断してもらわなければならない。
──愛美ちゃん…やっぱり織原のこと好きなのかな……
林間学校で織原と2人でアーチェリーをしていたり、バスでも隣同士で座っていたのを思い出す。ズキリと胸が痛んだ。
──あ、あんな男と付き合うなんて絶対勿体ない!!愛美ちゃんにはもっと格好いい人の方が……
そう思うとガラリと教室の扉が開き、織原朔真がやって来た。ドキリと心臓が跳ねる。もしかしたら本当にテレパシーが開眼したというほんの僅かな可能性を胸に秘め、自分が織原のことを考えていたなんてことを悟られない為に私は彼を睨んだ。
しかしハッとする。コイツがエドヴァルド様の可能性はなくなったのだ。林間学校に来てアーペックスの大会に出れるわけがない。だとしたらやっぱり1年生にエドヴァルド様がいる。
──エドヴァルド様が年下……
その時、織原と目が合った。
いつもならおどおどとした態度を取る彼だが、今日は違っていた。背筋が伸びて、幾らか身長が伸びたように感じる。いつも前髪で目元を隠しているのだが、今日はその前髪が少しだけ上がっており、エドヴァルド様のようなかきあげヘアーになっている。顕となった織原の目が私を真っ直ぐ見据え、微笑む。そして病院からの診断書を私に突き付けてきた。
陰性証明書。
それを見た私はフンと鼻をならして、前を向いた。なんだか顔が熱い。胸の鼓動もいつもより早く脈打っている気がする。
織原はそのまま席に座った。私は横目で織原をチラリと見た。
──なんか雰囲気変わった……?ちょっと格好よくなって……
私はブンブンと顔を横に振って思い付いた言葉を途中で遮った。
私は深呼吸をして、冷静さを取り戻す。ライブ前や収録の前なんかでよくやるルーティーンはまた別にあるがいまはこれで良いだろう。
──ふぅ、落ち着いた……
先生の声、チョークが黒板に文字を刻む音。退屈な授業では時間が一向に進まないと感じてしまう。普段の授業も長く感じるが、今日は特別長く感じる。1分が、30秒がとてもとても長い。髪を耳にかけたり、指に巻き付けたりして時間を弄ぶ私は、自分の欲求が高まっていくのを感じていた。自分の視界の右端にいる織原がどうしても気になる。
もう一度、顔を前に向けたままゆっくりと目だけを動かして織原を見つめる。ゆっくりしなければこの静かな空間で私が目を動かしたことを誰かに悟られるのではないかと思ったからだ。
椅子に深く腰掛け、横に流した目が織原を捉える。
明らかに雰囲気が変わった織原は前に向かって軽く手を振っていた。手を振っていた相手は愛美ちゃんだった。
私は見てはいけないものを見たかのように、素早く横目を元に戻した。胸の中を重たい何かが満たしていくのを感じた。
──────────────────────────────────────────────────
~松本美優視点~
退屈な授業が終わった。休み時間だ。私は華多莉の元へ茉優と一緒に向かった。いつもの休み時間。いつものように華多莉と話す。隣には病院からやって来た私の大嫌いな織原朔真がいた。私は、侮蔑を込めた視線を送るが、何かいつもの織原ではない気がした。
脚を組みながらスマホをいじる指先、腕や肩の力の抜け具合、口や目のちょっとした形。何故か見てしまう。私はそれらを否定の意味を込めて睨んだ。そして何故見てしまったかの理由を見つける。
──そうだ、コイツはゴキブリと一緒だ!!
例えば部屋にゴキブリがでたとして、そのゴキブリが今どこにいるのか確認したくてつい見てしまったのだ。私が理由付けをしていると、茉優が言った。
「何か変わったくない?」
私と華多莉は茉優を見つめて、何が?といった具合に首を傾げた。
「織原」
茉優は遠慮なく織原の名前を言って顎で織原を指した。私と華多莉は織原に視線を合わせる。
「ど、どこが!!?」
「どこが!?」
華多莉とほぼ同時に声を出した。
「ちょっと2人ともどうしたの?声大きいよ?」
私と華多莉は口をむずむずとしながらつぐんで、自分の発した音量を反省した。華多莉が囁くように言う。
「どこが変わったと思う?」
「逆に小さすぎwなんか良くないこと喋ってるみたいじゃんw」
茶化す茉優に今度は私が訊いた。
「良いから、言ってみて」
茉優は顎に手を当てて、必死に自分の感じたことを言語化する。
「ん~雰囲気に余裕があるというかぁ、力が抜けてるというかぁ、オーラが変わった?みたいな?」
私と華多莉はもう一度織原朔真を見た。
──ん~茉優が言ってることはなんとなく……
すると、廊下から声が聞こえる。
「せんぱ~い♡」
織原に付きまとう後輩女子がいつものようにやって来た。織原は後輩女子に抱き付かれまいと片手で彼女の首を抑える。そしてそのまま廊下へと彼女を連れて出ていった。
「あ!なるほど、わかった!!」
茉優は納得したようにうんうんと頷く。
私と華多莉は茉優の方を向く。茉優は得意気に言った。
「童貞卒業したんだよ!」
ブッと口から朝飲んだココアが出てきそうになった。先程私達に音量について注意をしてきた茉優が大声を出す。教室内の生徒が私達に視線を送った。
「あの後輩ちゃんかなり可愛いし、アイツもとうとう男になったんだなぁ。まぁ林間学校ではそこそこ役に立ったしさ、それなりに魅力はあるんじゃない?」
茉優はまたしてもうんうんと頷きながら感慨に耽る。私はそんな茉優とは対照的に不快感を催す。そして話題を変えようと華多莉に林間学校の話をしようとした。
「てか華多莉さぁ──」
しかし華多莉は目を泳がせながら、もともと真白い肌を更に白くさせていた。
「ど、どうしたの!!?」
「大丈夫!!?」
◇ ◇ ◇ ◇
僕は新宿の街を歩いていた。ハイブランドの店や家電量販店に老舗の本屋、映画館の前をたくさんの人達と交錯しながら通りすぎた。僕の右側にはお店が立ち並び、左側を車が走る。街の喧騒。すれ違う人達は各々が違う話をしている。その話の断片が僕の耳に聞こえてはくるが、無論、話の内容まではわからない。そんな言葉達、歩く靴の音、車の走る音が僕の耳を刺激する。
「?」
僕は立ち止まった。
何故ならそんな喧騒が全く聞こえなくなったからだ。全くの無音。先程まで賑わっていたたくさんの人と車がどこにもいない。瞬きをする際に、一瞬だけ目を閉じ、開いた間に全ての人と車が消えたようだ。僕は振り返る。歩いてきた道にも人っ子一人いない。建物はそのままだった。誰もいない新宿の街に僕1人だけがいる。
その時、ちょうど時計が目に入った。街頭と同じくらいの高さにある丸いアナログ時計。しかし長針と短針がなく1~12の数字が円を成して刻まれているだけで肝心の今が何時なのかは、わからない。
僕は首を傾げると、その時計はぐにゃりと歪んだ。そうかと思えば重力に従って溶けるように姿を変える。まるでスライムのような粘性の素材でできているみたいだった。
僕は溶ろけ出す時計に動揺していると、今度は背後から黒い車が走ってくる。僕はやっと誰か自分以外の人がいたことにホッとしたがしかし、その車は僕の左斜め前方にある街頭に勢いよく激突した。そしてよく見るとその車は霊柩車のようで、激突した衝撃によって積んでいた棺が僕の前に滑るようにして投げ出される。
僕は霊柩車の運転手の容態を気にすることなく、目の前にある棺の中を覗いた。
中には僕が横たわっていた。
僕は当然の如くそれを受け入れると顔を上げる。右側に立ち並ぶ建物の入り口、自動ドアに反射する自分の姿が見えた。
僕はエドヴァルドの姿をしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
そこで目を覚ました。
ドクンと心臓が脈打つ。僕は窓に反射している自分の顔を見た。そこにはうだつの上がらない僕の姿が見えた。
ここは自分の家。林間学校も無事に終わり、帰宅してきたのだ。
帰りのバスで、ユーチューブを見るとお薦めにはシロナガックスさんや新界さん、ルブタンさんの切り抜き動画で溢れていた。主催者視点の配信とプレイヤーの配信を上手く編集して、そのプレイの時にどういった実況が行われていたのか、そして既に全滅した他プレイヤーの反応等も織り混ぜられた動画が再生数を伸ばしていた。
その中でもトップ5に入る程再生されていたのが僕と薙鬼流のプレイだった。僕が薙鬼流に前へ逃げろと大声で叫んだところと、薙鬼流が新界さんをワープゲートに叩き込んだ場面を他プレイヤーがどのようにリアクションしたかを見る動画だ。
『ブルーナイツ』の同期であり、その動画にも出演している伊手野エミル、通称エミールが泣き叫びながら薙鬼流を応援しているのがブルーナイツファンの間ではてぇてぇと話題になっている。また薙鬼流も最後のインタビューで泣き崩れた切り抜き動画も人気だ。今まで触れようとしてこなかった炎上の件に触れ、苦しさや後悔を泣き崩れることで表現されたのを受けてアンチ達は相対的に彼女を許したようだ。許すというか、どうでもよくなったというか、怒りを忘れたというか曖昧な感じで終わった。配信をしていればチャット欄やコメント欄には否定的な言葉が並べ立てられるのは普通のことだ。薙鬼流の場合その数が多かった。しかし大会を終えてそういったマイナス的なコメントを残す人が減少し、逆に大会を労う言葉を送る人が増えたようだ。
そして僕はというと、チャンネル登録者も一気に増えた。その数15万人。昨日の夜は家でPCを組み立て直し、大会についての雑談をした。その際、スーパーチャットがたくさん送られ僕らの生活費も潤う。ララさんからも送られてきた。勿論一ノ瀬さんであるスターバックスさんからも送られてきた。
このままたくさん配信して、もっとチャンネル登録者を増やそうと思っていた僕だが……
「ブワックション!!」
風邪をひいた。
──────────────────────────────────────────────────
~音咲華多莉視点~
林間学校も終わり、今日からまた普通の学校生活が始まる。林間学校では友達との良い思い出をつくることが出来た。アイドルとしての職業柄、こういった学校行事には参加できないことがよくある。仕事やライブが重なったり、宿泊先や現地でファンに凸られる可能性だってある。その点に関しては、引率する先生達も苦慮していたようだ。警備会社や警察、私の所属する事務所にも連絡していたというのは後から知ったことだが、先生達には感謝している。
──それに……
私は一番前の席に座っている新しく友達になった一ノ瀬愛美ちゃんを見た。1年生の頃から生徒会に入り、クラスの中心人物だった彼女とは前々から友達になりたいと思っていたのだ。しかもそんな彼女がエドヴァルド様のことを推しているだなんて。これは運命だ。
彼女とまたエドヴァルド様のことについて語り合いたい。エドヴァルド様の何の配信が好きなのか、どんなところが好きなのか。
──アーペックスの大会についてどう思ったのか……
あの大会でエドヴァルド様の知名度がまた一気に上昇した。切り抜き動画もたくさん作られる程人気になったのだ。これから彼がどんどん有名になり活躍していく反面、私だけが知っている特別感というか、優越感みたいなものが薄れていくのがもどかしかった。ファンの心理としてはよくあることだ。もしかしたら私、かたりんの古参のファンも同じ気持ちなのかもしれない。握手会では昔から来てくれているファンのことはだいたい覚えている。いつもは簡単なお礼とファンが述べる言葉に反応しているだけだが、今度は私から聞いてみようかな?
一番前の席にいる愛美ちゃんを一番後ろの席から見つめながらそんなことを考えていた。現在一時間目の授業が始まっている為、愛美ちゃんは前を見ながら真面目に授業を聞いているはずなのだが、何故か彼女と目があった。
愛美ちゃんは突然後ろを振り向き、私と目があったことに多少驚きつつも、手を振って挨拶をしてくる。私もそれに返した。
──私のテレパシーが伝わったの!?
以前映画で超能力者の役をしたことがある。あの時、自称超能力者達の動画を見漁った経験がある。昔のテレビ番組で霊視と呼ばれる類いのモノや、夢で事件現場を目撃したりと様々な超能力者──イタコとはまた少し違うみたいだ──を見た。その中で、テレパシーに類する超能力者がいた。しかしその超能力者は主に受信するタイプで発信するタイプではないが、今私は発信するタイプの超能力者になったのではないかと思った。
私は胸に微かなトキメキを催すがしかし、愛美ちゃんは私に手を振ってから少し寂しそうに私の隣にある空席を見つめる。
織原朔真。
彼は現在病院に行っているらしい。流行り病のせいで少しでも風邪の症状があると病院へ行って診断してもらわなければならない。
──愛美ちゃん…やっぱり織原のこと好きなのかな……
林間学校で織原と2人でアーチェリーをしていたり、バスでも隣同士で座っていたのを思い出す。ズキリと胸が痛んだ。
──あ、あんな男と付き合うなんて絶対勿体ない!!愛美ちゃんにはもっと格好いい人の方が……
そう思うとガラリと教室の扉が開き、織原朔真がやって来た。ドキリと心臓が跳ねる。もしかしたら本当にテレパシーが開眼したというほんの僅かな可能性を胸に秘め、自分が織原のことを考えていたなんてことを悟られない為に私は彼を睨んだ。
しかしハッとする。コイツがエドヴァルド様の可能性はなくなったのだ。林間学校に来てアーペックスの大会に出れるわけがない。だとしたらやっぱり1年生にエドヴァルド様がいる。
──エドヴァルド様が年下……
その時、織原と目が合った。
いつもならおどおどとした態度を取る彼だが、今日は違っていた。背筋が伸びて、幾らか身長が伸びたように感じる。いつも前髪で目元を隠しているのだが、今日はその前髪が少しだけ上がっており、エドヴァルド様のようなかきあげヘアーになっている。顕となった織原の目が私を真っ直ぐ見据え、微笑む。そして病院からの診断書を私に突き付けてきた。
陰性証明書。
それを見た私はフンと鼻をならして、前を向いた。なんだか顔が熱い。胸の鼓動もいつもより早く脈打っている気がする。
織原はそのまま席に座った。私は横目で織原をチラリと見た。
──なんか雰囲気変わった……?ちょっと格好よくなって……
私はブンブンと顔を横に振って思い付いた言葉を途中で遮った。
私は深呼吸をして、冷静さを取り戻す。ライブ前や収録の前なんかでよくやるルーティーンはまた別にあるがいまはこれで良いだろう。
──ふぅ、落ち着いた……
先生の声、チョークが黒板に文字を刻む音。退屈な授業では時間が一向に進まないと感じてしまう。普段の授業も長く感じるが、今日は特別長く感じる。1分が、30秒がとてもとても長い。髪を耳にかけたり、指に巻き付けたりして時間を弄ぶ私は、自分の欲求が高まっていくのを感じていた。自分の視界の右端にいる織原がどうしても気になる。
もう一度、顔を前に向けたままゆっくりと目だけを動かして織原を見つめる。ゆっくりしなければこの静かな空間で私が目を動かしたことを誰かに悟られるのではないかと思ったからだ。
椅子に深く腰掛け、横に流した目が織原を捉える。
明らかに雰囲気が変わった織原は前に向かって軽く手を振っていた。手を振っていた相手は愛美ちゃんだった。
私は見てはいけないものを見たかのように、素早く横目を元に戻した。胸の中を重たい何かが満たしていくのを感じた。
──────────────────────────────────────────────────
~松本美優視点~
退屈な授業が終わった。休み時間だ。私は華多莉の元へ茉優と一緒に向かった。いつもの休み時間。いつものように華多莉と話す。隣には病院からやって来た私の大嫌いな織原朔真がいた。私は、侮蔑を込めた視線を送るが、何かいつもの織原ではない気がした。
脚を組みながらスマホをいじる指先、腕や肩の力の抜け具合、口や目のちょっとした形。何故か見てしまう。私はそれらを否定の意味を込めて睨んだ。そして何故見てしまったかの理由を見つける。
──そうだ、コイツはゴキブリと一緒だ!!
例えば部屋にゴキブリがでたとして、そのゴキブリが今どこにいるのか確認したくてつい見てしまったのだ。私が理由付けをしていると、茉優が言った。
「何か変わったくない?」
私と華多莉は茉優を見つめて、何が?といった具合に首を傾げた。
「織原」
茉優は遠慮なく織原の名前を言って顎で織原を指した。私と華多莉は織原に視線を合わせる。
「ど、どこが!!?」
「どこが!?」
華多莉とほぼ同時に声を出した。
「ちょっと2人ともどうしたの?声大きいよ?」
私と華多莉は口をむずむずとしながらつぐんで、自分の発した音量を反省した。華多莉が囁くように言う。
「どこが変わったと思う?」
「逆に小さすぎwなんか良くないこと喋ってるみたいじゃんw」
茶化す茉優に今度は私が訊いた。
「良いから、言ってみて」
茉優は顎に手を当てて、必死に自分の感じたことを言語化する。
「ん~雰囲気に余裕があるというかぁ、力が抜けてるというかぁ、オーラが変わった?みたいな?」
私と華多莉はもう一度織原朔真を見た。
──ん~茉優が言ってることはなんとなく……
すると、廊下から声が聞こえる。
「せんぱ~い♡」
織原に付きまとう後輩女子がいつものようにやって来た。織原は後輩女子に抱き付かれまいと片手で彼女の首を抑える。そしてそのまま廊下へと彼女を連れて出ていった。
「あ!なるほど、わかった!!」
茉優は納得したようにうんうんと頷く。
私と華多莉は茉優の方を向く。茉優は得意気に言った。
「童貞卒業したんだよ!」
ブッと口から朝飲んだココアが出てきそうになった。先程私達に音量について注意をしてきた茉優が大声を出す。教室内の生徒が私達に視線を送った。
「あの後輩ちゃんかなり可愛いし、アイツもとうとう男になったんだなぁ。まぁ林間学校ではそこそこ役に立ったしさ、それなりに魅力はあるんじゃない?」
茉優はまたしてもうんうんと頷きながら感慨に耽る。私はそんな茉優とは対照的に不快感を催す。そして話題を変えようと華多莉に林間学校の話をしようとした。
「てか華多莉さぁ──」
しかし華多莉は目を泳がせながら、もともと真白い肌を更に白くさせていた。
「ど、どうしたの!!?」
「大丈夫!!?」
1
あなたにおすすめの小説
クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル
諏訪錦
青春
アルファポリスから書籍版が発売中です。皆様よろしくお願いいたします!
6月中旬予定で、『クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル』のタイトルで文庫化いたします。よろしくお願いいたします!
間久辺比佐志(まくべひさし)。自他共に認めるオタク。ひょんなことから不良たちに目をつけられた主人公は、オタクが高じて身に付いた絵のスキルを用いて、グラフィティライターとして不良界に関わりを持つようになる。
グラフィティとは、街中にスプレーインクなどで描かれた落書きのことを指し、不良文化の一つとしての認識が強いグラフィティに最初は戸惑いながらも、主人公はその魅力にとりつかれていく。
グラフィティを通じてアンダーグラウンドな世界に身を投じることになる主人公は、やがて夜の街の代名詞とまで言われる存在になっていく。主人公の身に、果たしてこの先なにが待ち構えているのだろうか。
書籍化に伴い設定をいくつか変更しております。
一例 チーム『スペクター』
↓
チーム『マサムネ』
※イラスト頂きました。夕凪様より。
http://15452.mitemin.net/i192768/
【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。
東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」
──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。
購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。
それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、
いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!?
否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。
気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。
ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ!
最後は笑って、ちょっと泣ける。
#誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた
夏見ナイ
恋愛
平凡な高校生、相沢優斗。彼の隣の席は『氷の女王』と噂のクールな銀髪美少女、雪城冬花。住む世界が違うと思っていたが、ある日彼女から「私はあなたの未来の妻です」と衝撃の告白を受ける。
その日から、学校では鉄壁の彼女が、二人きりになると「未来では当然です」と腕を組み、手作り弁当で「あーん」を迫る超絶甘々なデレモードに!
戸惑いながらも、彼女の献身的なアプローチに心惹かれていく優斗。これは未来で結ばれる運命の二人が、最高の未来を掴むため、最高の恋をする糖度MAXの青春ラブコメディ。
俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた
夏見ナイ
恋愛
平凡な大学生・藤堂蓮には忘れられない過去がある。高校時代、告白した幼馴染の星宮瑠奈に「アイドルになるから」とこっ酷くフラれたことだ。
数年後、瑠奈は国民的アイドル『LUNA』として輝いていた。遠い世界の住人になった彼女との再会なんて、あるはずもなかった――そう、変装した彼女が俺の前に現れ、「もう一度やり直したい」と泣きつくまでは。
トップアイドルの立場を使い強引に迫る元幼馴染と、過去の傷。揺れ動く俺の日常を照らしてくれたのは、俺の才能を信じてくれる後輩・朝霧陽葵の存在だった。
俺をフッた幼馴染か、俺を支える後輩か。過去の清算と未来の選択を描く、ほろ苦くも甘い、逆転ラブコメディ、開幕。
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ
桜庭かなめ
恋愛
高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。
あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。
3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。
出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2026.1.21)
※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる