【完結】それ以上近づかないでください。

ぽぽ

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「凪、またね」

「うん、またね」 


放課後の廊下で言葉を交わし、凪は帰宅し、馨は部活へ向かおうとしていた。

その時


「あ、馨くん、ちょっと待って」


柔らかな声が背後から響くと同時に、制服の裾がそっと引かれる。強く引くのではなく、遠慮がちに摘まむような力加減だった。

馨は足を止め、ゆっくりと振り返る。


「ん? どうしたの? 寂しくなっちゃった?」


くすっと笑いながら、少しだけ口角を上げる。どこか意地悪な響きを含んだその言葉に、凪はふるふると首を振った。


「ち、違うよ!」


彼の頬はみるみるうちに赤く染まり、視線が泳ぐ。


「これ、よかったら食べて」


凪が差し出したのは、一切れサイズにカットされ、丁寧にラッピングされたパウンドケーキだった。透明な袋の中に、しっとりとした生地と、たっぷりのナッツやドライフルーツがぎゅっと詰まっているのが見える。 


「あ、これ俺がリクエストしたやつ?」

「うん。よかったら、部活の休憩中にでも食べて……」


凪はそう言うと、また少し俯く。馨の前では自然に話せるようになったとはいえ、こうして何かを渡す時はまだ少し恥ずかしいのか、頬が赤いままだった。

馨は凪のクッキーを食べた日以来、たびたびお菓子のリクエストをするようになっていた。つい最近まで甘いものが苦手だったのが嘘のようだ。しかし、不思議なことに、凪の作ったもの以外は相変わらず苦手なままだった。


「ありがと」

「ううん、お礼なんていらないよ。僕が勝手にやってることだから」


凪は再び視線を落とし、制服の袖をぎゅっと握る。その仕草がどこか幼く、馨は思わず微笑むと、凪の髪を優しく撫でた。


「じゃあ、行くね」


手をひらひらと振りながら、馨はその場を離れる。

付き合い始めてから、もうすぐ2ヶ月が経とうとしていた。

部室に向かって歩いていた時、少し苛立ったような声が背後から響く。馨は足を止め、振り返った。


「ねえ、馨」


そこにいたのは桜だった。

長い髪をふわりと揺らしながら、彼女はゆっくりと馨に近づく。

廊下を歩く男子生徒たちが、その姿に自然と目を奪われていた。桜はそれに気づいていながら、まるで意に介さないように、手をひらりと振り、後ろ髪を払う。

彼女は華奢な体つきをしているが、出るところはしっかり出ている。そのバランスの良い体型に、女子たちからの羨望の眼差しが向けられることもしばしばだった。

膝丈のスカートも、桜が履くと自然と短く見える。足の長さのせいだ。


「ねえ、何仲良さそうにしてるの? 話が違うじゃん」


桜はくるりと馨の前に回り込むと、軽やかに腕を絡めてきた。馨の制服の袖を摘みながら、上目遣いで睨むように見つめる。


「ん? どんな話だっけ?」

「とぼけないで! 全然面白くないじゃん……
何普通に付き合ってるの??桜、次の展開待ってるのに」

「それも作戦の一つだって」

「全然作戦っぽく見えなかった。それに、さっき何か渡されてたでしょ? 何もらってたの?」

「内緒」


桜はぷくっと頬を膨らませる。


「新しいバッシュ、もうあげない」

「それとこれとは話が違うでしょ?」


馨は、ふっと息をつきながら、視線を前方へ戻す。


「俺、だいぶ上手くやってるよ。向こうも、俺のこと完全に信じてる」

「どうやって信じればいいの? 近くで見てないのに」

「もう少ししたら分かるよ」


馨は表情を変えぬまま、淡々と答えた。


「早くバラしたいなぁ」


桜は、甘えるように馨の腕に寄り添う。その目には、期待と退屈そうな色が混ざっていた。

馨はそんな桜の顔をちらりと見やるも、すぐに視線を外した。


「まだダメ。もうちょっと時間をかけよう」


桜が口を尖らせる。


「ほんとに大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。……俺の方が、ずっと上手なんだから」


馨はふっと小さく笑う。その笑みには、どこか冷たいものが混ざっていた。


凪と付き合う前、桜と馨の間では、ある約束が交わされていた。

それは、馨が凪を騙して付き合うことができたら、桜が馨の望むものを与える、という”賭け”のようなものだった。
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