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しおりを挟む桜はずっとそのことが許せず、馨を含めた親しい友人たちの間で言いふらしたのだ。
クラスには、自分のことを好いている気持ち悪いデブがいると。
馨は初め、何とも思わなかった。凪の存在すら認知していなかったのだ。
「そんな奴がいるんだ」程度の認識で、感情が揺さぶられる要素もない。
だが、ある日、桜が馨に話を持ちかけてきた。
「ねえ、あのデブ、多分桜のこと好きなんだけど、本当に気持ち悪いの。馨、どうにかしてくれない?」
「……いや、さすがにそこまで面倒くさいことしないでしょ。それに、なんで俺が巻き込まれないといけないの?」
「んーっと、元カレだから?」
桜と馨は数ヶ月前まで付き合っていたが、桜のひどい束縛と独占欲に耐えかね、馨の方から別れを告げた。しかし、桜はそれに懲りることなく、復縁を望み、馨との距離を縮めようとし続けていた。
桜はにんまりと笑みを浮かべると、馨の腰に抱きつき、背伸びをした。そのまま馨の頬に口づけを落とす。
馨は、グロスの感触が頬に残ったのが気持ち悪くて、思わず手で払いのけた。
すると、桜は目尻を吊り上げて言った。
「最低!!」
「……そんな怒んないで。ごめんね」
馨は口調を少し和らげ、桜の機嫌を取るために適当に頭を撫でる。すると桜は満足げな顔を浮かべた。馨はその表情を見ても「可愛い」などの感情は一切湧かず、ただ「ちょろい女」程度にしか思わなかった。
「ねえ、お願い。あいつのことどうにかして」
桜は子供が駄々をこねるように、ジタバタと足を動かす。
「どうにかしてって、具体的にどうしろっていうの? それがわかんないと、どうすることもできないんだけど」
もちろん、「どうするつもりもないが」という言葉を馨は飲み込んだ。
「んー、まだ考えてなかったけど……例えば、あいつの前で『桜に近づくな』とか、『俺の恋人だから近づかないでくんない?』とか言ってみるのは?」
「それ、俺にとってもリスキーなんだけど。それに、そういうの一番嫌い。なんていうか……俺、そういうキャラじゃないから」
馨は適当な理由をつけ、やんわりと断った。本音はただ面倒ごとに巻き込まれたくない、それだけだ。
桜は腕を組み、右手の人差し指を顎に当てて考え込む。
「じゃあ、これは? あいつと付き合ってみてよ!」
まるで名案だとでも言わんばかりに、瞳を輝かせて馨を見つめる。
予想もしなかった言葉に、馨は目を丸くした。
「……お前、本当に何言ってるの?」
「付き合うって言っても、恋人らしいことをしてほしいとか、そういう意味じゃないよ? 表面上だけ付き合って、私からとりあえず気を逸らしてほしいの。馨は男も落とすイケメンだから、絶対落ちると思う!」
桜の言葉を聞いて、馨は「やっぱりこいつは優等生じゃなくて、ただのアホだ」と悟る。いわゆる、勉強のできるバカというやつだ。まともな思考ができていない。
「でも、こんなこと言っても絶対馨は嫌がると思ったから、一つ条件!」
桜は馨の前で人差し指を一本立てた。
「あいつを好きにさせて、私から気を逸らして、別れるときはこっぴどく振っていいよ! かなーーりひどく振ってもいい!! そのほうが私もスッキリするし、馨も付き纏われなくていいでしょ?」
相変わらずの浅はかな考えに、馨はため息を漏らす。
「それができたら、バッシュ買ってあげる! 欲しがってたでしょ?」
「……マジ??」
絶対にそんなことをやらないと思っていたが、その言葉で馨の心は大きく揺らいだ。
今、部活で使っているバッシュはボロボロで、靴底もすり減って滑りやすくなっている。すぐにでも買い替えたかったが、馨が望んでいるバッシュは高額で、両親に交渉中だった。
正直、喉から手が出るほど欲しい。
「やった! 食いついた! 食いついた時の馨の顔、可愛かったよ?」
桜が再び頬に口づけしようとしてきたため、馨は少し距離をとって防ぐ。
「どう? やってみる? 付き合って、傷つけるようにして振るだけ。ねえ、できるでしょ?」
リスクは高く、気乗りはしなかったが、これはチャンスだと考え、悩んだ末に馨はイエスと返した。
それから数日、馨はどのようにして凪との関係を作ろうと窓の外を眺めながら考えていると、凪が重たそうなゴミを持って歩いているのが視界に入った。
「これだ」と思い、馨は足早に凪の元へと向かった。そして、偶然を装い凪の元に近づいたこだ。やみくもに凪に接近してしまったため、頭の中で思考しながら歩いていると、凪の様子がおかしかった。
頬を赤らめ、額には軽く汗が浮かんでいた。こいつは熱でもあるのかと思うほど暑そうだった。身体も何故か微かに震えて、声までも微妙な震えを感じさせる。
気味が悪いと思いながら、太っているから仕方ないかと言う簡単な思考に変えて、深くは考えないようにする。
馨は改めて凪を見て、本当にこいつと付き合わなければならないのかという憂鬱な気持ちが湧いてきた。
今まで恋人に対して一切の感情が湧き上がらないと言うことはなかった。少なくとも最低限、性欲は湧いたのに凪はというと良いと言える特徴を1つも見つけることが出来ない。
そんなことを考えている間に、ゴミも捨て終わってしまい、この後、どのように話を持っていこうと考えていると凪からまさかの言葉が飛んできた。
「やっぱり、好きだな」
馨は目を見開いた。その言葉が耳の中で反芻される。確かに凪は好きだと言ったのだ。
まさか凪がすでに自分のことをすいているとは全く考えていなかった。それに桜の話では桜のことが好きであるはずだった。
だが、それならば薫にとってなお都合が良かった。
凪が自分のことが好きだったと言う事実は嫌悪に近い複雑な感情が湧き上がるが、ゲームクリアまでの道が一気に縮まったからだ。
実は桜のことが好きではなかったという事実と元から馨のことをすいているのであれば、すぐに付き合うことを了承してくれるはずだと馨は考えた。
そして、その考えは見事に的中した。
凪本人は思わず呟いてしまった言葉だったが、馨はその言葉の揚げ足を取るように、あっという間に付き合うまでに話を進めたのだ。
「それってどういう意味の好き?」
「その好きってさ、俺と付き合いたいとかの意味なの?」
馨は先ほどまでの自身の言葉をふりかえり、これじゃあ自分がどうしても凪と付き合いたがっているようで、なんだか腑に落ちない気もしたが事はうまく運んだ。
あとは少しの間だけ付き合って、桜が納得するような振り方をするだけだ。
桜はことごとく性格が悪いと凪は感じたが、自分も人のことは言ってられないと自嘲するように笑みを浮かべた。
こうして馨と凪の2人の付き合いが始まった。
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