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しおりを挟むその日以来。
「デブ、そこ邪魔」
「……ごめんなさい」
凪は小さな声で謝る。
たまたま廊下で馨と鉢合わせになり、突然そんなことを言われた。
慌てて廊下の隅へと移動する。
だが、馨は凪が退いたというのに、その場から去ろうとせずじっと凪を見つめていた。
もう馨から話しかけられることはないと思っていたのに、その予想は外れた。
馨は顔を合わせるたびに、凪に酷い言葉を浴びせた。
付き合っていた頃の優しい馨の顔を思い出し、涙がこぼれそうになる。
「何、その前髪、気持ち悪。
ブスがよりブスになるよ」
馨の尖った言葉の一つ一つが、胸に突き刺さる。
凪はあの日以来、前髪を伸ばし、できるだけ自分の顔が見られないようにしていた。
「……すいません」
「あのさ、すいませんばっかりじゃなくて、他に言う言葉ないの?」
馨が一歩、凪の方へと近づく。
その瞬間、凪も思わず一歩後ろに下がった。
舌打ちが聞こえた。
思わず顔を上げると、「なんなの、お前」とイラついた口調で言われ、凪はどうすればいいのか困惑する。
存在自体が迷惑だと言われているようで、一秒でも早くこの嫌悪感から解放されたかった。
「馨、そんな奴に構ってないで、さっさと行こうぜ」
馨の友人が馨の背中を押し、その場から去っていった。
ようやく心のざわつきが解消される。
凪は安心すると、下駄箱の方へと歩き、並んでいる花壇の元へと足を運んだ。
ジョウロに水を汲み、花に撒いていく。
本当は花の管理をする係がいるが、仕事をサボりがちなため、凪はこっそりと花に水をあげていた。
「本当に綺麗だね。羨ましいな……
僕も花みたいに綺麗だったらよかったのに」
凪は花壇の前に座り、そっと呟いた。
花の脇に生えていた雑草を引き抜き、手のひらでじっと見つめる。
「なんだか僕みたい」
凪は抜いた雑草をゴミ箱の中へと放り込んだ。
体育の時間
凪と馨の通う学校のクラスは少人数制度が組まれており、体育の時間は二クラス合同で行われる。
そのため、隣のクラスである馨と、毎回顔を合わせなくてはいけなかった。
真面目な凪には、休むという選択肢がなかった。
だが、凪は体育の授業が大嫌いだった。
自分の体重が重くて動きにくいのもあるし、そもそも運動神経がない。
体育が楽しいなんて、一度たりとも思ったことはなかった。
その日の授業は、持久力を測る持久走だった。
凪の一番嫌いな種目だ。
あまりにも嫌で、体調さえ悪くなってくるような気がした。
あらかじめ指定された時間内を、ひたすら走り続ける競技。
その日は悪天候だったため、体育館の中で行われることになった。
頭の中で持久走を提案してきた教師、そして、それを許可した学校——あらゆるものに恨みを抱きながら、開始の笛が鳴った。
始まって数分、凪は誰よりも早く息が上がり、ほぼ歩いているような走り方になっていた。
周回遅れをしている凪の背後から、
「豚、邪魔だよ」
「消えろデブ」
そんな言葉が聞こえ、そのまま抜かされていく。
全員が規定の周を走り切り、唯一、走り終えていないのは凪だけだった。
もちろん、凪の応援をする者など一人もいない。
「なあ、あのデブ、マジでやばくね? おっそ。いつ終わんだよ~。
早く走れよ」
「マジあいつふざけんなよ」
凪が走り終わらない限り、授業が終わらない。
そのため、ノロノロと走る凪に対して野次が飛ぶ。
体育館の舞台近くへ差し掛かると、そこには生徒たちが集まっていて、野次の声がより大きくなった。
「でもさ、あいつ走ってる時の胸やばくね?
めっちゃバインバイン揺れてんの」
男子生徒の一人が、自分の真っ平な胸に手を当てて揺らすような仕草をすると、周りが笑い出した。
「確かに、あれ女子と比べても一番でかいだろ」
「言えてんな。今度、あいつの胸でも揉んでみる??」
「あ、いいかもな、それ」
そんな会話の直後体育館に、衝撃音が響いた。
凪も思わず足を止める。
視線を向けると、壁に手をついた馨がいた。
どうやら、体育館の壁を叩いたようだった。
「お前ら、何くだらない話してんの?」
馨は、凪の胸を揉むと話していた男子生徒を威圧的に睨みつけていた。
あまりにも鋭い瞳に、凪の身体まで縮こまりそうになる。
話をしていた当の本人たちも、なぜ馨が怒っているのか状況が把握できないまま様子だった。
「ごめん、馨!
俺たちうるさかったよな」
馨に怯えていながら無理に笑いながら答えたが、馨は睨み続けていた。
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