【完結】それ以上近づかないでください。

ぽぽ

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昼休み、静かな教室。


「おい、デブ、お前何アクセサリーとかしてんだよ。モテようとでもしてんの?」


カサついた声が凪の耳に届く。

昼休み。
クラスメイトの沢木が、教卓の前で数人と固まって話していた。その会話の流れで話す話題が尽きたのか、ふと視線を向けたのは、静かに本を読んでいた凪だった。こういう時、標的にされるのはいつも決まって同じような存在だ。

教室には、校庭や図書室、あるいは委員会の用事などに向かった者が多く、普段の半数以下の生徒しかいなかった。

「馨と仲良かったからって調子乗ってるのかもしんねえけど、学校にそんなんつけて来んなよ」

凪はゆっくりと視線を沢木の手首へと向ける。そこには、色あせたミサンガが巻かれていた。おそらく誰かから貰ったものなのだろう。校則ではアクセサリーの着用は禁止されているが、沢木のようなクラスのカースト上位者は黙認されるのが常だった。

(自分だってつけているくせに……)

凪がつけていたのは大好きな祖母に作ってもらったブレスレットだ。お守りがわりに毎日つけている。

そう喉元まで出かかった言葉を飲み込み、何事もなかったかのようにページをめくる。だが、そんな態度が気に障ったのか、沢木が凪の方へと歩み寄り、ブレスレットを指で引っ張った。

その瞬間、心の奥底に土足で踏み込まれたような嫌悪感が湧く。まるで自分の大切なものを踏みにじられたような感覚に、反射的に沢木の手を払いのけた。


「は?」


まさか大人しい凪が抵抗するとは思っていなかったのか、沢木は一瞬驚いた表情を見せる。周囲の取り巻きたちも目を見開いていた。


「お前今何した?」


沢木の顔つきが険しくなり、次の瞬間には凪の胸ぐらを掴んでいた。周りは止めることもなく、むしろ面白がって煽るような声を上げる。

凪は、今にも拳を振り上げられるのではないかと身を強張らせた。カースト上位の沢木に逆らったことがどれほど危険なことか、凪自身が一番よく理解している。


「僕のものに勝手に触ったから抵抗しただけだよ」


凪は極力冷静に、淡々とした口調で答えた。沢木の目をまっすぐに見据えながら、感情を抑え込む。


「何やってんの」


その時、教室の入り口から静かな声が響いた。
その声を聞いた瞬間、女子たちがざわめいた。長身の身体でスタイルもいいため、立っているだけで絵になる。
 

「よっ、馨じゃん。聞いてくれよ、俺がこいつのブレスレットのこと言ったら、このデブがさ、『僕のものに触るな』とかブヒブヒ言ってきてさ、マジでキモいよな」

「ブレスレット?」


馨が教室に入り、凪の方へ歩いてくる。凪は無意識に手首を隠すようにするが、もうすでに遅い。
 

「ああ、いつもしてるやつでしょ?」

「これいつもしてるやつなの? モテるためにつけてんだったらこいつ自惚れすぎだよな。こういうのは馨みたいなやつがつけて似合うんだよ」

「モテるためじゃない」


凪は即座に否定する。 


「じゃあ、別になくてもいいじゃん」


馨がそう呟き、凪のブレスレットに手を伸ばした。軽くつまんだ。


「やめて!!!」


凪が叫んだ瞬間、馨の手が一瞬揺らぐ。その衝撃で、ブレスレットがプチンと音を立てて切れた。昔からつけていたため、紐がもろくなっていたのもあるが、千切れたのは馨が引っ張ったからであると言い切れなくはなかった。


「あっ……」


凪から切なさの混じった声が漏れる。
ブレスレットについていた石がバラバラと音を立てて床に弾け飛び、散らばる。

沢木は満足げな表情で凪を見下ろしていた。凪は呆然とし、その場に崩れ落ちるように膝をつく。


「おい、豚、謝れよ。何逆らってんだよ」


沢木の言葉が頭に響くが、凪の耳にはもう何も届かない。ただただ、床に転がるブレスレットの欠片を見つめる。


「おい、謝れって言ってんだよ、豚!! 聞いてんのか!!」


沢木の怒声も、凪の耳には入らない。指先が震えながらも、落ちた石を拾い集める。沢木の足元に一つ転がっていることに気づき、手を伸ばし、沢木の足首を掴んだ。だが、沢木は足をどけようとしない。


「沢木の声、聞こえてない?
お前、そのままにしてると蹴られるよ」


馨が問いかけるが、凪は応えない。

凪のその態度を見てイラついた沢木が、凪の手を足で振り払い、足元に落ちていたビーズを拾い上げ教室の窓際へと行く。


「謝るからやめて……お願いだから!!」


凪は沢木の腕を掴んだが、腕を勢いよく振り払われ、その場に倒れた。倒れる瞬間、誰かの腕に掴まれた気がしたが、そんなのは気にしていられなかった。

慌てて立ち上がり、沢木の片腕を再度掴んだ。しかし、沢木はもう片方の腕で思い切りブレスレットの石を窓の外の校庭に向かって投げ捨てた。


「っ……!!」


凪は窓に駆け寄り、校庭を見下ろす。どこに落ちたのか全くわからない。
凪は窓際で呆然とした。

唇を強く噛み締め、再び床にしゃがみ込み、散らばった石を無言で拾い集める。


「……お前、もしかして泣いてるの?」


馨の声が不安げに揺れる。凪は顔を伏せたまま答えない。
周りが凪の涙を流す姿を見て嘲笑う中、馨だけが焦りと不安を感じさせる表情を浮かべていた。


「…そんなに大切なものだった?」


凪は馨の言葉を無視して立ち上がった。袖で流れる涙を強くこすりながら、手のひらにブレスレットのパーツを集め鞄のポケットに入れる。

そして、鞄の中を乱暴に漁り、取り出したものを馨に向かって投げた。馨は咄嗟に掴む。

凪が投げたものは、馨が凪にあげたブレスレットだった。


「……君だけは違うと思ってた…だけど、君を好きだった僕が間違ってた。一生君には近づかないからもう許して…」


凪の言葉に、馨の表情は絶望へと変わっていく。

凪は静かに呟き、教室から飛び出していった。
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