【完結】それ以上近づかないでください。

ぽぽ

文字の大きさ
14 / 124

14

しおりを挟む


馨は凪に向かって手を伸ばした。
凪は反射的に身を竦める。もしかして殴られるのか。殴られた上でさらに酷い言葉でも言われるのか。

これまでの経験がそう警戒させた。馨は直接的な暴力を振るったことはないが、そんな不安が微かによぎり強く目を瞑った。だが、いつまで経っても痛みはやってこない。

恐る恐る瞼を開くと、馨の手は凪の頭の上にかざされたままだった。

撫でようとしているのか、それとも何か別の意図があるのか、凪には分からない。だが、目を開けた途端、その手は何事もなかったかのように引っ込められた。


「どこに転校するの?」


馨の問いかけに、凪は少し間を置いてから答える。


「言わないよ。蓮見くんはそんなこと聞いてどうするの?」

「多分……会いに行く」


驚いて馨の顔を見た。

「会いに行く」だけじゃない。「多分」という曖昧な言葉が、かえってその意志を強く感じさせる。

冗談だ。そう思おうとしたのに、なぜか心臓が早鐘を打つ。身体が熱を帯びていくのを感じた。


「君は冗談で言ったのかもしれないけど、もし、僕の居場所を知ったとしても放っておいてほしい」


声が震えそうになるのを必死に抑えながら、凪は続ける。


「多分、そんなことをされたら僕は馬鹿だから……また君を好きになってしまう気がする」


凪は声を詰まらせそうになりながら、はっきりと告げた。馨の瞳は微かに驚いたように見開く。


「だから、やめて……もう傷つきたくないんだ……」

「俺は」


馨が言葉を発しようとした瞬間、凪は勢いよく両手で耳を塞ぎ、顔を伏せた。それ以上馨の言葉を聞いたら忘れられなくなってしまうような気がしたからだ。


「僕みたいなデブで不細工なやつに対しても、馨くんは最後までそんな演技ができるんだね」


苦笑いを浮かべながら呟く。


「本当にすごいよ。もうゲームは終わってるんだよ」

「演技じゃない」


馨の声が強張る。

次の瞬間、馨は凪の手首を掴み、耳を塞いでいた手を強引にどかした。


「凪、ごめん
本当にごめん」


低くかすれた声が、直接耳元で響く。馨の吐息がかかるほどの距離。


「忘れられないくらいの傷を負わせたと思う」


馨の声がわずかに震えていることに、凪は気づいた。

そんなの、ずるい。
でも、もう遅い。

馨は凪からそっと距離を取ると、自分の鞄を開けた。カバンの近くに置いてあったシューズケースチャックが少し空いていてその中の靴はおそらくバッシュだった。桜から貰っているはずのそれはなぜかボロボロのままだ。

凪がバッシュに気を取られている間に封筒のようなものを取り出した。


「……何?」


問いかける間もなく、それは凪の胸ポケットへと差し込まれた。


「家に帰ったら見てみて」

「いやだ。絶対見ない」


顔を背けるようにして答える。
凪の断言に馨は少しだけ悲しそうな笑みを浮かべた。


「じゃあ、いつか思い出したら見てみて。」


馨の声は、これまで聞いたどの言葉よりも優しく、穏やかだった。


「凪、俺はまた会えること楽しみにしてる」


また会うつもりなんてないし、冗談でそんなことを言わないでくれと否定しようとしたが馨の顔を見上げると、その瞳がかすかに潤んでいるように見えた。

馨は無理に柔らかい笑みを浮かべながら、凪の頭をくしゃくしゃに撫でた。


「ちょ……」


抵抗する間もなく、馨は凪に背を向け、ゆっくりと教室の外へと歩き出す。

もう止めることはできない。止める理由もない。

凪は馨の背中を眺めながら、小さくつぶやいた。


「さようなら、僕の初恋」


馨は振り返ることなく、教室を出て行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話

さんかく
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話 基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想 からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定 (pixivにて同じ設定のちょっと違う話を公開中です「不憫受けがとことん愛される話」)

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

処理中です...