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「そういえば、凪って恋人いねえの?」
なんの脈絡もなく、隣に座っていた伊藤が凪に問いかける。伊藤は凪の数少ない友人の一人だ。凪の右隣には宗介、左隣には伊藤が座り、凪を挟むような形で並んでいる。
宗介は隣に座る女友達と会話をしており、凪と伊藤の会話には気づいていない様子だった。宗介と話している彼女は、甘ったるい視線を向けて頬を染めている。宗介はとにかくモテるため、凪はそれを見て「この人も宗介が好きなのだろう」と察した。
「なに、いきなり」
凪は怪訝な顔を伊藤の方へと向ける。
「いや、こんなこと言うの気持ち悪いかもしれないけど、お前って美人じゃん? 女にしろ男にしろ、恋人いそうだなって思って」
「恋人…」
そう呟いた瞬間、頭の中に浮かんだのは馨の姿だった。
凪は中学校を卒業して以来、一度も馨と会うことも、連絡を取ることもなかった。そもそも連絡先すら知らないため、取る手段がない。今どこで何をしているのかも分からない。ふと考えてしまう時もあり、そのたびに必死に振り払っていた。
馨はきっと、自分のことなど忘れて、たくさんの友人や恋人に囲まれて楽しく過ごしているはずなのに、自分だけが引きずっているようで、虚しいと感じるからだ。
「恋人はできたことない…」
馨は嘘の恋人だった。だから本当の恋人とは言えない。そもそも恋人らしいこともしていなかったのだ。だからこそ、凪は「できたことがない」と答えた。
「え! マジ!?」
伊藤は思わず大きな声を出し、自分で驚いて両手で口を塞いだ。凪の肩もピクンと揺れる。
すると、その声に反応して宗介がこちらを向いた。
「お前ら、騒がしい」
宗介が人差し指の関節を曲げ、その指で凪の頭を軽く小突く。
「僕のせいじゃない。伊藤が騒がしくしたんだ」
凪は宗介の方に身体を寄せて訴えかける。すると今度は伊藤が凪の頭を小突いた。
「なんで二人とも僕のこと叩くのっ」
「叩きやすい頭だからじゃね?」
伊藤がノックをするように、凪の頭をコンコンと叩く。
「宗介、伊藤にやめてって言って…」
「そんくらい自分で言え」
宗介はそう言いながら、凪の頬を片手でつまむ。
「それにしてもさ、宗介。さっきの凪の話聞いた? すげえよ、こいつ。こんな美男子ってやつなのに、まだ恋人できたことないんだって」
伊藤は大学に入ってからの友人であるため、凪の昔の姿を知らない。だからこそ、なぜ恋人の存在がなかったのか疑問だったのだろう。
「恋人いたとかいねえとか、どうでもいいだろ。凪が本気で好きなやつ見つけた時にできるもんなんだから。な? 凪?」
宗介はそう言いながら、凪の頬を数回ぷにぷにと押し、手を離す。
「好きな人か…」
凪の頭の中に再び馨の姿が浮かぶ。今でも馨に対する恋愛感情があるのかと聞かれれば、はっきりとは答えられない。だが、あれは一過性の熱のだったようにも感じる。
凪が考え込んでいると、伊藤が耳元に唇を寄せた。
「じゃあ、そんな凪にサプライズ。今度M校の女の子たちと合コンすることになったから、ついてこいよ」
「合コン?」
「そう! 俺の高校時代のダチが誘ってくれたんだ。こんなチャンス、二度とないぞ」
M校とは、凪たちの大学の近くにある女子大のことだ。可愛い子が多いと噂になっており、男子たちはしょっちゅう騒ぎ立てている。
「お前ら、何話してんの?」
伊藤が話し終える前に、宗介がすかさず口を挟む。
「伊藤が合っ、こ」
「待て、凪!」
話そうとした凪の口を、伊藤が手で塞ぐ。
「お前、わかってんのか? 宗介はお前のセコムなんだぞ。そんなやつに言ったら、絶対に 「俺も行く」とか言い出すに決まってるだろ!」
「セコムって?」
凪が首を傾げると、伊藤は「くそっ、可愛いな」と投げ捨てるように呟く。
「まあ、セコムの理由はとりあえずどうでもいい。宗介に女の子、全員かっさらわれるのがオチなんだよ! 俺はなんのために合コンに出てるんだってなるだろ?!」
「そういうものなのかな…?」
凪が疑問を口にしていると、突然、後頭部に手が添えられ、強引に引き寄せられる。そして、頭に硬い感触が降ってきた。
「……っ!」
柑橘系の香りがふわりと漂う。
「伊藤、凪に変なこと吹き込むな」
「変なことじゃねえって。全然変なことじゃない。俺は凪のためを思って言ったんだよ」
正直、凪は異性にあまり興味がない。それに、中学時代に女子たちから「気持ち悪い」「デブ」などと言われてきたため、女性という存在に対して多少の恐怖すら抱いていた。
男子に対しては転校先の学校でだいぶ怖いという印象は薄れていた。
「僕、行かなくていいや…」
凪が小さく呟くと、伊藤が目を見開いた。
「はあ!? マジで言ってんの? 凪、そんな簡単に断らないでくれよ! 一世一代の勝負なんだから、お願いだからちょっと考えといて!」
伊藤はどうやら、肯定の言葉をもらうまで引くつもりはなさそうだった。仕方なく、凪は小さく首を縦に振った。
「……考えておく」
それを見た伊藤は、安堵したように笑みを浮かべた。
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