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しおりを挟む「なんで……」
“なんで僕だってわかったの?” そう投げかけたかったのに、喉が詰まって上手く言葉が出てこなかった。
すらりと伸びた四肢、洗練された佇まい。無造作に整えられた髪は光を受けて艶めき、さりげなく開けられた耳元のピアスがきらりと光る。決して派手ではないのに、その存在感だけで周囲の空気を支配していた。
黒のジャケットを羽織る姿は、凪と同じはずなのにまるで違って見える。ただの布に過ぎないはずの服が、彼の身体を通すだけで一級品のブランド物に錯覚させるほどだった。本当に高級なものなのかもしれないが、馨であれば何を着てもそう見えるのではないかと凪は思った。
あの頃の馨の面影は確かにあった。しかし、それは少年の残像に過ぎず、目の前に立つのは別人のような大人の男だった。
鼻筋はすっと通り、頬の線はよりシャープになり、顎のラインは無駄なく引き締まっている。表情一つ取っても、かつての無邪気さは影を潜め、余裕を感じさせる落ち着きが滲んでいた。二十歳になったばかりのはずなのに、その身にはすでに色気すら備わっている。
気づけば凪は、息をするのも忘れて馨を見つめていた。
「凪……久しぶり。元気にしてた?」
馨は驚いたように目を見開き、恐る恐るといった調子で凪に声をかけた。
「えっと……」
言葉を探していると、突然、甲高い歓声が会場に響き渡った。
「やばいやばい!!本物の馨くんだ!」
「どうする?話しかけに行く?」
女子たちの興奮する声を聞いて、凪は反射的にその場を離れようとした。しかし、腕を掴まれていることに気づき、視線を落とす。馨がしっかりと凪の腕を握り、真剣な眼差しで見つめていた。
視界いっぱいに馨の端正な顔が映り込み、凪は思わず後ずさる。
「やだ…」
凪は涙目のまま怯えた目で馨を見る。
馨は凪のその顔をじっと見つめたまま固まった。
「…ごめん、やばいかも」
すると馨は両手で顔を覆い、天井を仰いだ。
(え……何?)
自分の顔があまりに酷くて「やばい」と思われたのだろうか。そんな考えが脳裏をよぎり、凪は思わず自分の顔を手で覆い隠したくなる。しかし、馨はゆっくりと深呼吸し、凪の方へと向き直る。
「ごめんね。ちょっと舞い上がってた。できるだけ冷静に話すから」
「……舞い上がる?」
何のことかわからず、凪が首を傾げたその時。
「おい!!お前さっき俺のこと……!」
後ろから駆け寄ってきた沢木が、凪の肩を掴んだ。その瞬間、馨は無表情のまま沢木の手を払い落とした。鋭い動きだった。まるでそこに触れることすら許さないかのように。
沢木は驚いた顔で馨を見上げる。
「沢木じゃん、久しぶり」
馨はさっきまでの冷たい表情を消し、にこりと微笑んだ。その変わり身の早さに、沢木は一瞬言葉を失う。
「馨……?今日来れなかったんじゃ……」
「いや、遅れただけ。てか、どうしたの?喧嘩? 久しぶりの同窓会で騒ぎを起こすのは、大人がすることなの?」
馨の柔らかい声が、皮肉たっぷりに響く。沢木は何か言い返そうとしたが、すぐに口を噤み、軽く舌打ちをしてその場を去った。
馨は静かに息を吐き、凪の耳元に顔を寄せた。その瞬間、ふわりとシトラスの香りが鼻をかすめる。馨がこんなに近くにいる――そう実感すると、凪の体温はさらに上昇していくのを感じた。
「凪、嫌じゃなかった?大丈夫?」
「……だい…じょうぶ」
正直に言えば、まだ怖い。馨は優しげに見えても、かつてのように突然突き放してくる可能性があるからだ。
「……あっちに置いてある飯とか食べた?」
馨はバイキングの方を指差し、凪は小さく頷いた。
「凪が一番美味しいと思ったのってどれ?俺もそれ食べてみたいんだけど」
馨は身を屈め、俯く凪の顔を覗き込んだ。思わず視線を逸らしながら、小さく呟く。
「いちごのタルトが……美味しかった」
「…えっと…いちごのタルト?」
普段は食べれないような物がたくさん並んでいたが、凪はその中でもいちごのタルトを一番気に入りそればかりを食べていた。
凪の言葉を聞いた途端、馨は手の甲で口元を押さえ、何かを必死に堪えるような仕草をした。
(もしかして笑われた……?)
不安になりかけたが、馨の表情には笑いの気配はない。むしろ、どこか感慨深そうに息を詰めているようだった。
「……っ、そうなの?いちごのタルトか…… いいね、俺も食べたい。どこにあるの?案内してもらっていい?」
周囲の視線が馨に集まり、彼と話したがっているのは明らかだった。それなのに、馨は一向に凪の元を離れようとしない。
凪はそんな馨を不思議そうに見つめたまま、返答に詰まっていた。
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