【完結】それ以上近づかないでください。

ぽぽ

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「凪、大丈夫? ちょっと熱くなってるんじゃない?」


馨が心配そうに顔を覗き込んでくる。


「別に大丈夫……ちょっと熱いだけ。」


凪はそっけなく答えながら視線を逸らした。実際、身体が熱を持っているのは確かだったが、それが本当に体調のせいなのか、それとも別の理由なのかは自分でも分からない。馨とこうして向かい合っているだけで、胸がざわつき、頭がぼんやりしてしまう。


「その赤い顔見てるとさ、凪が初めてクッキーくれたときのこと思い出す。」


馨の声はどこか懐かしげで、優しさが滲んでいた。その無邪気な言葉が、凪の心臓を締め付ける。あのときのことを馨がどう思っているのかは分からない。けれど、凪にとっては忘れようにも忘れられない、大切な記憶だった。

馨がそっと手を伸ばし、手の甲で凪の頬に触れようとする。

だが、その仕草に凪の身体は反射的に反応し、素早く顔を背けた。馨の手は宙を切り、彼の表情にわずかな戸惑いが浮かぶ。


「……そうやって思わせぶりな態度をとるのはやめた方がいいよ。」


凪は努めて冷静に言葉を紡ぐ。


「また僕みたいな奴に告白されても知らないよ。めんどくさくなるのは君なんだから。どういう目的かわからないけど、お金なら貸せないし、君が欲しがるようなものを与える余裕もない。」


馨の表情が一瞬、凍りついた。


「……金?」


低い声が空気を震わせる。


「俺が今、凪に近づいてるのが金目的だと思ってんの?」


馨の眉が険しく寄せられ、先ほどまでの甘やかな雰囲気が消え去る。その変化に、凪の背筋がこわばった。鋭く突き刺さるような視線。まるで全身を見透かされているような感覚に、凪は無意識に肩を縮める。


「じゃあ、僕に近づくメリットはどこにあるの?」


そう言いながらも、凪の声はわずかに震えていた。

馨はその言葉を聞いて、伸ばしかけていた手をそっと引っ込めた。


「……あの時のことは、本当にごめん。」


馨の声がかすかに沈んでいる。


「そう思わせてもおかしくないくらい、昔、嫌なこと言ってきた奴にいきなりこんなふうに距離を縮められたら、凪が怖い気持ちになることも、わかってる。でも、俺はずっとーー」

「君に告白した僕が悪かったんだ。」


凪は馨の言葉を遮るように、静かに言った。


「浮かれてた。なんでだろう。あんなにデブで不細工な僕が、君となんて付き合えるわけがなかったのに。」


馨が息を呑む気配がする。でも、凪はそれに構わず、続けた。


「僕こそ、あの時はごめん。もう君との記憶はほぼ全部忘れちゃったから、安心して。」


それは、完全な嘘だった。
 
本当はすべて覚えている。何時間もかけてバレンタインのクッキーを作ったこと。馨のことを考えると胸が高鳴って、夜も眠れなかったこと。彼に会えるだけで幸せだったこと。

全部、忘れられるはずがない。

馨の表情が変わる。眉間に深い皺が寄り、目が鋭く細められる。

次の瞬間、凪が手にしていたドリンクが奪われた。馨が素早くグラスをテーブルに置き、同時に凪の手首を掴む。


「全部忘れちゃったって、どういう意味?」


馨の低い声が、凪の耳元に届く。


「そのままの意味だけど。」


凪は目を逸らさずに答えた。

馨の視線が、まるで凪の心の奥底を覗き込むように鋭くなる。凪の身体がじわじわと熱を帯び、目元には薄く涙が滲んでいた。

馨はじっと凪を見つめた後、不意に立ち上がった。

テーブルに置かれたグラスがかすかに揺れる。

凪は馨の動きを見つめながら、強張った喉をゆっくりと動かし、息を飲んだ。

馨は何も言わず、ただ凪を見下ろしていた。その瞳に宿るのは、怒りなのかわからなかった。

張り詰めた沈黙が、二人の間に落ちる。
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