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しおりを挟む「伊藤、お前、懲りねぇな?」
宗介が眉間に皺を寄せながら、足早に講堂から去ろうとした伊藤の首根っこを容赦なく掴んだ。
「ええ……僕、なんかしましたかね……?」
あからさまに声を上擦らせながら、伊藤は宗介の鋭い視線から逃れるように顔をそらす。焦りがそのまま態度に出ていて、悪いことをしていたという自覚を無理やり押し隠そうとしているのが、逆にわかりやすかった。
「お前、この前、凪を連れて行ってたけど、どこに行った?」
「いや……普通に、友人同士で遊びに行っただけだけど?それの何が悪いんだよ」
「俺はまだ何も“悪いことした”なんて言ってねぇけど。……もしかして、自分で何かやましいことある自覚があるってこと?だったら、教えてくれよ」
「ひっでぇ……それ、ひっかけじゃん!」
「何がひっかけだよ。俺はただ、質問しただけだろ?」
宗介はじりじりと伊藤との距離を詰めていく。圧がすごい。まるで睨みつけることで真実を引きずり出そうとしているかのようだ。
そもそものきっかけは、凪が宗介との何気ない会話の中で「伊藤に合コンに連れて行かれた」と口を滑らせてしまったことだった。
話すつもりはなかった。なのに自然な流れでつい言ってしまい、宗介はそれを聞いた瞬間から目に見えて不機嫌になった。冷たい沈黙と重たい空気。講義中、凪は罪悪感から「ごめん、宗介に合コンのこと話しちゃった」と伊藤にメッセージを送った。
それを受け取った伊藤は、講義が終了するやいなや即座に部屋を出ようとした。が、宗介の捕獲から逃れられるわけもなく、こうして今に至る。
「別に、俺はお前を責めるつもりなんてねぇんだよ」
宗介は言葉ではそう言っているものの、目の奥には不信と怒りがはっきりと浮かんでいた。
「でもな、凪がそういう場所を心から楽しめるタイプじゃねぇのは、見てればわかる。だからさ、強引に連れて行ったのか、何かに釣ったのか……そこが気になっただけだ。だからビビんな」
「ビビんなって言われても、お前の顔がこっっわいんだよ!!」
伊藤が怯えたように宗介の顔を指さした。凪もつられて宗介の顔を見上げる。眉間には深く皺が刻まれ、無理やり口角を引き上げて笑っているが、その笑みは引きつっていて、今にも怒鳴りそうな緊張感を含んでいた。
凪はその顔で「ビビるな」なんて無理がある、と思い、思わず小さく吹き出してしまった。
すると、次の瞬間——
コツン、と軽く後頭部を叩かれた。
「お前、他人事みたいに笑ってんじゃねぇぞ。……で?何で釣られたんだよ。お前が何かに釣られねぇと行かねぇのは、もうわかってんだよ、俺は」
「別に……釣られたわけじゃない……」
凪は咄嗟に口をついた。伊藤だけはその“釣られた理由”を知っているが、彼はあえてそこに触れようとはしなかった。
「宗介はさ~、あれだろ? 凪の兄貴的な存在だから、可愛い弟の成長が寂しいんだろ?そりゃ、恋愛経験ゼロのピュアピュアな弟が、いきなり合コンデビューなんてしたら不安にもなるよな~」
「恋愛経験ないって、勝手に決めつけないでよ!」
凪は即座に反論したが、自分にその否定を裏づけるような経験がないことにすぐ気づき、目を逸らす。さらに伊藤は続けた。
「だってさ、この純粋な目を見てみろよ。女に免疫のない、無垢な目だよ。女を知って目が濁ったお前とは違うわ」
「おい、それも決めつけだろ。……てか話逸らすなって。なあ、凪。正直に話せって。じゃないとまたこいつに調子乗られるぞ?」
凪が横目で伊藤を見ると、彼は口元をにやつかせて、楽しそうに見ていた。宗介はそれをチラチラと確認しながら凪にしか聞こえない声で言う。
「凪、嫌なことは嫌って、はっきり言え。いつも俺、言ってるだろ?」
「言ったよ。……言ったけど……」
「けど、なんかに釣られたんだろ?」
そんな場の空気の中で、「パンケーキが食べたかったから」なんて言えるはずがない。
しかも、あの時——馨と別れた直後に、合コンには参加せず、すぐに帰ったのだ。
凪の脳裏に、あの日の帰り道、馨の最後の言葉が蘇る。
『凪、本当に俺と一生会いたくないと思うなら、来なくてもいい。……でも、最後に、チャンスちょうだい』
そう言って、馨は複雑な表情を浮かべながら、凪の上着のポケットに何かをそっと入れた。その仕草は、凪が転校する直前、馨が封筒を渡してきた時とよく似ていた。
そして凪は、あの時も、今回も。封筒の中身を、まだ見れていなかった。
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