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しおりを挟む家に帰った凪は、服を脱ぎ捨てるようにして風呂場へ向かった。
湯船の中で体を沈めながら、思考が渦を巻きながら止まらなくなっていくうちに、次第に意識が朦朧としてきた。
はっと気づけば、指先がふやけて皮膚が熱を帯びている。のぼせかけていたことに気づき、慌てて湯船から上がった。
風呂上がりの体にふわりと冷たい空気が触れた瞬間、全身が緩む。濡れた髪から水滴が垂れるまま、冷蔵庫を開けてペットボトルを取り出し、コップに注いだ。
一気に飲み干すと、少しだけ頭がすっきりしたような気がした。
「どうしたらいいんだろ……もう、わかんない……」
ぽつりと、誰に聞かせるでもなく呟く。
誰もいない静かな部屋。テレビもスマホもつけず、ただ風呂上がりの湿った空気だけが部屋を満たしている。
凪は床に座り込み、三角座りの姿勢で膝に頭をうずめた。
耳を澄ませば、時計の秒針の音がカチカチと響いてくる。静かすぎて、逆に落ち着かない。胸の奥に押し込んだはずの感情が、またじわじわと這い出してきそうだった。
ふと、馨が渡してきたもののことを思い出した。
「そういえば……あれ、なんだったんだろう」
だるくて重い体を無理やり動かし、立ち上がる。ハンガーにかけていた上着に手を伸ばし、ポケットを探ると、何かが折りたたまれたまま入っていた。
取り出してみると、それは細長い茶封筒だった。ポケットからはみ出さないように、きっちり折りたたまれていたことがうかがえる。
封を開け、中を覗き込むと、中から紙が一枚するりと出てきた。
それはイベントのチケットだった。
紙には「バスケットボール選手権」を示す文字。そしてその下に、小さく会場名と日程が印刷されている。どうやらバスケットボールの大会のようだった。
「……バスケ」
凪は思わず呟く。
馨が中学生の頃から、有名なバスケットプレイヤーだったことを思い出す。
ただ、凪自身はバスケットボールにまったく詳しくない。ルールもわからず、「ボールをゴールに入れれば点が入る」くらいの認識しかない。
だから、この大会がどれほど重要なのかも、馨がどれほどの選手なのかも、正直ピンとこなかった。
けれど、このチケットをわざわざ渡してきたということは、馨自身が出場するのか、あるいは関係者としてそこにいるのか。どちらにせよ、その会場に馨がいることは確かなのだろう。
凪の脳裏に、今日聞いた馨の言葉が再び浮かぶ。
『凪、本当に俺と一生会いたくないと思うなら、来なくてもいい。』
あの言葉の意味を、凪はずっと考えている。
「一生会いたくないなら来なくていい」なんて、そんなことを言うのは本気で凪の気持ちを尊重しようとしているからなのか、それとも単なる自己保身なのか、それさえも、凪にはわからない。
ただひとつ言えるのは、自分がこのまま何もしなければ、馨とは本当にもう二度と会えなくなるということだった。
けれど、心の中に浮かぶ馨の姿は、どこか悲しげで、苦しそうだった。
まるで自分の罪を背負い続けているような、そんな目をしていた。
思い出すのは、中学生の頃の出来事。
あの時、何がどうしてこうなったのか。なぜ馨は、自分をあんなふうに傷つけたのか。そして、なぜ今になって、また距離を縮めようとしてくるのか。
凪は、それをきちんと知りたかった。
あの残酷な思い出に終止符を打たなければ、前には進めない気がした。
幸せになるために、未来を選ばなければならない。
その未来に、馨がいるのかいないのか。その判断をするには、まだ情報が足りなかった。
「逃げてばっかじゃ、前に進めない」
凪は小さく呟いた。自分に言い聞かせるように、声に出して言う。
手には、馨から渡された一枚のチケット。
指先で折れ目をなぞりながら、凪はその意味と、そこに込められた気持ちを探ろうとしていた。
後日、講義の合間で自販機で飲み物を買おうと財布を開いた時、隣に立っていた伊藤が大きな声をあげた。
「は?!?」
凪はその声に肩を大きく震わせた。
「何、突然…どうしたの?」
凪は辺りを見渡すが、何か異変が起こったような様子はなかった。伊藤の顔を見上げると凪の財布の中に視線が注がれていた。
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