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しおりを挟む凪は財布の中から一枚のチケットを取り出し、伊藤の目の前にそっと差し出した。
伊藤はそのチケットに目を落とした瞬間、まるで電流が走ったように目を見開く。
「すっげえ……なんでお前がこれ持ってんの!?」
まるで宝物を見つけたかのように、伊藤の目がキラキラと輝く。
凪はその反応に少し驚きつつ、曖昧に答えた。
「これは……知り合いからもらった」
「これ、かなりレアなチケットだぞ! 簡単には手に入らないし、販売開始してすぐに即完売だった。だから、行きたくても行けなかった人、めちゃくちゃ多いんだよ!」
興奮気味にまくし立てる伊藤の様子に、凪は思わず眉を上げた。
「そんなにすごいものなの……?」
「すごいどころの話じゃねぇよ。で、この試合、蓮見馨が出るんだろ? あいつ、化け物みたいなバスケプレイヤーだぞ。俺、生で試合見てみたかったんだよなあ……」
馨の名前が突然伊藤の口から出てきたことに、凪は少なからず驚いた。
「化け物?」
「そう。バスケの実力が異次元なんだよ。とんでもなくうまいし、プロ顔負けって言われてる。あのレベルなら、もうどこかのチームからスカウトされてるかもしれない。いや、されてるな、あれは絶対」
伊藤は腕を組みながら自信満々に頷き、それはまるで自分がスカウト担当者であるかのような口ぶりだった。
凪はそんな伊藤の様子に、苦笑いを浮かべる。
「チケットあるとか正直羨ましいわ。俺もあの試合、生で見たいもん。……あ、凪って蓮見馨の顔、見たことある?」
その問いに、凪はふとあの合コンの日を思い出した。
伊藤は結局、馨と顔を合わせていなかった。そのことを思い出して、凪は内心で苦笑した。
「……まぁ、写真で見たくらいかな」
見たことあるどころか、何度も会って話して、怒られて、泣かされて、時に優しく抱きしめられて……。
でも、それをあえて言う必要もなかった。
伊藤はすぐにスマホを取り出し、素早く何かを検索したかと思うと、凪の方へ画面を向けた。そこには、バスケットゴールへとダンクシュートを決める馨の姿が映っていた。
躍動感あふれるその一枚。汗に濡れた額、真剣な眼差し。そこに写っていたのは、凪が知っている馨とはまた違った姿だった。
「……超イケメンだろ?」
伊藤の言葉に、凪は小さく頷いた。
たしかに、そう言われればそうかもしれない。けれど、ただのイケメン、なんて言葉で片付けられるような存在ではないと、凪は心のどこかで思っていた。
そして、試合当日。
凪は電車を乗り継ぎ、会場へと向かった。チケットと一緒に渡されたチケットの裏には、「来てくれるなら、試合前に会場の前で待っていて」と馨からの短い言葉が書かれていた。
約束の時間より少し早めに到着した凪は、緊張した面持ちで会場前に立っていた。
会場の中から、ひとりの人物が出てくる。黒いパーカーにフードを深く被り、さらにキャップまでかぶって顔を隠しているのに、その佇まいには妙な存在感があった。
自然と視線が引き寄せられる。
そして、その人物が凪の方へとまっすぐ歩いてきた。
フードを外したその瞬間――凪の胸がぎゅっと締めつけられる。
「……馨くん」
そこに立っていたのは、間違いなく馨だった。
変装をしていても隠せない、あの静かで鋭い目。頬に浮かぶ薄い汗。
凪の姿を見た瞬間、馨の表情がふっと歪んだ。嬉しさとも、安堵ともつかない、どこか複雑な表情だった。
「凪……来てくれて、ありがとう」
馨はそっと凪に近づき、迷いのない動作でその腕を引いた。
そのまま、凪を自分の腕の中へと優しく閉じ込める。
突然の行動に凪は戸惑ったが、馨の心臓の音がかすかに聞こえる。それは少し早くて、どこか不安げだった。
「……馨くん、なにしてるの」
凪がそう聞くと、馨は少しだけ笑った。
凪の髪をそっと撫でながら、言葉を紡ぐ。
「凪がきてくれて本当に良かった。
今日が来るまであんまり眠れなくて、調子出なかったけど凪のこと見た途端に一気に調子出てきた」
それは冗談なのかどうかわからなかったが、馨の声が少し弾んでいたのは凪は気づいていた。
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