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しおりを挟む身体が浮かび上がってしまいそうなほど強く抱きしめられた凪は、馨の背中を軽く叩いて「離して」と無言の合図を送った。しかし、馨の腕に込められた力は弱まるどころか、さらに強くなっていく。
「かおるくんっ、くるしいっ……!」
ようやく凪の声に気づいた馨は、はっとしたように凪を離した。眉を八の字にして申し訳なさそうに顔を歪めながら、再び凪に視線を向ける。
だが次の瞬間、馨は片手で顔を覆い、そのままその場にしゃがみ込んでしまった。
「ど、どうしたの……??」
試合前に突然体調が悪くなったのかと、凪は不安になって腰を屈め、馨の顔を覗き込もうとした。すると、指の隙間からちらりと見えた馨の頬が、赤く染まっているのに気づいた。Tシャツの襟元から覗く首筋にまで、ほのかな赤みが広がっていた。
明らかに様子がいつもと違う。体調を崩したに違いないと、凪は焦りを感じて周囲を見回す。救護室はどこか探す。
「馨くん、大丈夫?! どこか具合悪いの……!?」
「いや……違う……。本当に、凪が来てくれるなんて思わなかったから……嬉しすぎて、腰抜けそうだった」
顔を隠していた手をおそるおそる外し、馨は赤らんだ顔のまま凪を見上げて、照れくさそうに笑った。その笑顔には、どうしようもなく素直な感情が滲んでいた。
「あそこから歩いてくる時も、近くで凪だってちゃんと確認するまでは、凪だって気づいた時には思わず抱きしめてた…怖がらせてたらごめん。
本当に、来てくれてありがとう」
その言葉に、凪は思わず黙り込んだ。
馨の笑顔はあまりにもまっすぐで、どんな表情で返せばいいか分からなかった。結果として浮かべた表情は、真顔に近く、どこかぎこちないものになっていた。
そんな凪の反応を気に留めることなく、馨はもう一度、柔らかく微笑んでから立ち上がり、もう片方の手を差し出した。
「はい、これ」
「えっ……」
凪の口から思わず短い声が漏れた。
馨の手には、一輪の向日葵が握られていた。
「人に花をあげるなんて初めてで、何を選べばいいのか全然わからなかった。でも、凪を思い浮かべたとき、真っ先に浮かんだのがこの花だったんだけど、一生懸命、世話してたでしょ?」
その言葉に、凪の中で何かが静かに揺れた。
中学時代、誰にも悩みを話せず、凪はひたすら校庭の花に話しかけていた。ただ毎日、黙々と水をやり、花の周りに生えた雑草を取り、咲いた花にそっと微笑んでいた。
とりわけ好きだったのが、校門をくぐってすぐに見える場所に植えられていた向日葵だった。
落ち込んだ気持ちで登校した朝も、その花が空に向かって堂々と咲いている姿は一生懸命生きようとしているようで、何度も救われてた。
「……僕が花の世話してたの、知ってたの?」
「……うん。あの頃は、見てることしかできなかった。ごめん。凪がいなくなった後、代わりに世話してみたけど…… 思うようにいかなくてすぐ枯れた。それでようやく、凪がどれだけ丁寧に育ててたのか、よく分かった」
まさか馨が世話をしていたとは思わず、驚きと戸惑いで、凪は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
馨から受け取った向日葵に、そっと鼻を近づける。花の香りに包まれて、凪は自然と笑みを浮かべた。
その笑顔に、馨は目を見開いたまま凪を見つめ、言葉を絞り出すように呟いた。
「……反則だろ。めちゃくちゃ綺麗」
馨は困ったように呟いて、前髪を掻き上げた。
「うん、すごく綺麗……」
凪は当然のように、花のことを褒められたのだと思い、小さく頷いて返した。
けれど、馨は続けた。
「本当に言葉に表せないくらい綺麗」
その言葉の意味を理解するのに、一拍遅れた。
馨の手がそっと伸び、凪の横髪を指で払って耳にかける。触れた指先が頬に当たった瞬間、凪の顔にぱっと赤みがさした。
「嬉しすぎて、どうにかなりそう。でもそれと同じくらい、緊張してきた。普段、試合で緊張なんてしないのに」
馨は深呼吸をしながら、緊張を誤魔化すように体を揺らした。
「凪……もし、今日の試合で勝てたら俺に話す時間くれる?」
その言葉に、凪は少しだけ視線を落とし、すぐに小さくうなずいた。
「……うん。そんなこと言うなら、絶対に勝ってね」
小さく呟いた凪の言葉を聞き取った馨は、顔を俯けたまま凪の顔を覗き込み、蕩けるような視線を向けた。
「うん……死ぬほど頑張る」
「死んだら、話せないよ」
凪の返しに、馨が吹き出し、凪もつられて笑った。
こんなふうに笑い合うのは、中学のとき以来だった。
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