【完結】それ以上近づかないでください。

ぽぽ

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二人で会場の中へと向かう道すがら、馨には女子たちから熱い視線が注がれていた。
顔を隠すように深くフードを被っているというのに、それでも彼の存在感は隠しきれない。

背が高く、引き締まった身体つきは遠目にも目立ち、顔が見えずとも人の視線を惹きつけてしまうのだと、凪はあらためて実感した。

そんな中、ふと湧き上がった疑問を凪は口にした。


「馨くんって恋人とかいないの…?」


何気なく発した言葉だった。
これだけ魅力的な人なら、彼女の一人や二人いてもおかしくない。むしろいない方が不自然にすら思えた。

しかし、隣を歩いていた馨はその言葉にぴたりと足を止め、凪の方へと振り向いた。
その顔は明らかに不機嫌そうに眉を寄せていて、凪は思わず言葉を詰まらせた。


「…は?なんて?」

「……え? 恋人はいないのって、そう聞いただけなんだけど……」

「逆に、なんで恋人がいると思ったの?」


馨の返事が間を置かずに返ってくる。その中にわずかな棘が含まれているように感じられた。
凪は戸惑いながら、思ったままを口にする。


「馨くんみたいな人、いない方がおかしいくらいだと思ったから……」


正直な気持ちを述べただけだったが、なぜか自分が何か悪いことを言ったような気がして、声は自然と小さくなってしまった。

馨はふう、と小さく息をつき、天を仰いでぼそりと呟いた。


「こういうの、なんて言えばいいんだろ……あー……。そうだな、俺の努力が全く足りてないってことだ」


そのまま凪へと視線を戻し、じっと見つめる。


「そんなこと考えさせないくらいにしたいんだけどな。俺がはっきり言わないのが悪いけどさ……普通、気づくでしょ?」


何について言っているのかわからず、凪は首を傾げた。
すると馨は顔をしかめながら、ぽつりと呟いた。


「それやめて。可愛くて、なんも言えなくなる。ずるいじゃん……」


そう言いながら、馨は凪の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
その手の感触が心地よく、どこかくすぐったかった。

馨が再び会場へと足を向けたため、凪はその後ろを追いかけるように早足でついていく。
そのとき。


「おい、馨! 何やってんだよ、もうチームのミーティング始まるぞ!」


突然背後から飛んできた大きな声に、凪は肩をびくりと震わせて振り返った。
そこには馨と同じくらいの長身の男性が立っていた。ガタイが良く、真っ直ぐな視線を向けてくるその男は、どこかスポーツマンらしい空気をまとっている。

長身の二人が並ぶと、それだけで周囲の注目を集めていた。会場へ足を運んでいた観客の視線が彼らに集中しているのがわかる。

だがその視線にも気づかず、その男は馨の肩をがしっと掴んだ。


「キャプテン、やめて。乱暴しないで」


馨の冗談めいた一言に、凪は思わず男の顔を見上げた。
男と視線が合うと、彼はばつの悪そうな顔をしてすぐに目を逸らした。


「これは乱暴じゃない! お前がミーティング直前に突然いなくなるから、みんなで必死に探してたんだぞ! ファンに見つかったら騒ぎになるだろうが」

「じゃあ、キャプテンはファン少ないから大丈夫だね」

「確かにそうだが……って、違うだろ!!」


まだプロとしてデビューしていないのにファンがいることに驚いたが、伊藤でさえも馨の存在を知っていたため、ファンがいてもおかしくないことに凪は気づく。

男は怒りながら、馨の頭をぺしりと叩いた。

その様子はどこか微笑ましく、凪は二人の関係性に少し安心した。馨が“キャプテン”と呼ぶこの男が、同じチームの先輩であり、信頼を寄せる存在なのだと自然と伝わってくる。


「お前は俺たちが焦ってる時に、彼女と相引きなんてけしからんことをして!」

「彼女……?」


凪は周囲を見渡すが、自分以外に女性の姿は見当たらない。そしてようやく、自分が“彼女”だと勘違いされていることに気づいた。

すぐに否定しなければと、凪は口を開いた。


「あの……ぼ」

“僕は女じゃない”と、そう言おうとしたその瞬間、馨が凪の肩にそっと手を置いた。
反射的に馨の方を向くと、馨は凪の耳元へと顔を寄せる。

馨の唇が凪の耳に触れそうな距離で囁かれた声と、耳元にふきかかる吐息に、心臓が跳ねるほど強く鼓動を打った。


「凪、面白いから秘密にしとこ」


言葉の意味が一瞬遅れて胸に届く。そして続けられた言葉に、凪の体温が一気に上昇した。


「それに、凪が彼女じゃなくても、俺の大事な子であることには変わりないから」


“大事な子”。
その響きが頭の中で繰り返されるたびに、凪の頬はさらに熱くなった。
馨がまたこの反応を面白がっているのかと思うと、なんとか平静を保ちたかったが、体の熱はまるで言うことを聞いてくれなかった。

それでも馨はどこか満足げな顔で、ミーティングへと向かっていった。

凪はその背中を追いながら、自分の胸の鼓動がなかなか落ち着かないことに気づいていた。
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