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しおりを挟む宗介に案内された席は、すぐ目の前にコートが広がっており、まさに特等席だった。周囲には腕にバンドをつけた記者のような人物もちらほらと見受けられ、普段とは違う緊張感が漂っていた。凪は思わず息を呑み、場違いな場所に来てしまったのではないかと内心で戸惑いを覚える。
「こんなに人が集まるのって、プロの大会くらいだぞ」と宗介が呟くように言った。
どうやらこの異様な熱気の正体は、馨の存在にあるようだ。モデルとして活動しながら、実力あるバスケットプレイヤーとしても知られているという珍しい経歴が、メディアやファンの注目を集めているという。そのため、通常の試合ではそこまで高くならないチケットも、裏では驚くような高値で取引されていることもあるのだと、宗介がこっそり教えてくれた。
伊藤があれほど羨ましがっていたのに納得をする。
そんな話を聞いていると、背後に座っていた宗介が凪の両肩にぽん、と手を置いた。
「何緊張してんだよ。こういうのは楽しんだもん勝ちだろ?」
宗介は後ろから凪の顔を覗き込み、少年のように無邪気な笑みを見せた。その笑顔に釣られるように、凪も自然と微笑んでしまった。
しばらく待っていると、いつの間にか観客席は満員になっていた。ざわめきの中に緊張が混じり、いよいよ始まるのだという空気が会場を満たしていく。そして、観客の歓声が一段と大きくなり、選手たちが入場してきた。
入場してくる選手たちの中に、馨の姿があった。凪のいる席の方へとちらりと視線を向けたかと思えば、すぐに正面へと顔を戻す。ほんの一瞬の視線だったが、それだけで凪の心臓は跳ね上がった。
「やっば、今日の馨、めっちゃ気合い入ってない?」
「確かに!あの表情やばい。もう落ちるわー」
「落ちそうっていうか、もう落ちてんじゃん!」
周囲から聞こえるファンたちの声に、馨の人気を改めて実感する。彼はやはり、ただの学生ではないのだ。
そんな賑やかな会話に耳を傾けているうちに、試合開始のホイッスルが鳴った。凪は思わず背筋を正し、視線をコートに集中させる。
馨の動きは素人目に見ても明らかに異常だった。滑らかで無駄のない動き、ボールの捌き、そしてゴールへ向かう正確なシュート。次々と吸い込まれていくボールに、凪の目は追いつかないほどだった。
馨がゴールを決めるたび、会場からはひときわ大きな歓声が上がった。それに圧倒されながらも、凪は息を呑むようにして試合の展開を追い続けた。
だが、相手チームも黙ってはいなかった。点差は少しずつ縮まり、前半が終わる頃には、ほとんど同点という緊迫した状況に。いつ逆転されてもおかしくない、そんな不安定な流れの中で前半戦が終了した。
馨たちはチームで円を作り、後半戦に向けて作戦会議をしているようだった。試合前に見せていた気の抜けた様子はもうどこにもなく、真剣そのものの表情をしていた。
凪は試合が始まったら緊張も少しは和らぐかと思っていたが、今もなお、心臓の鼓動はドクドクと耳に響くようだった。
「凪、試合観戦どうだ?」
背後から、宗介が凪の首に腕を回して尋ねてくる。
「うん、楽しいけど……なんかドキドキする」
「そんなに友達に勝ってほしいのか?」
「……うん。そうなのかな」
「なんで疑問形なんだよ」
宗介は苦笑を漏らして、凪の頭をくしゃりと撫でた。その手の温もりが、少しだけ凪の緊張を和らげた。
後半戦が始まった。点の取り合いが続く中、手に汗握る展開の末、馨のチームが僅差で勝利を収めた。
ファンたちは当然のように歓声を上げ、拍手を送り、興奮に包まれていた。しかし、凪の心は最後まで落ち着かなかった。
試合中、相手チームの選手と接触した馨がコートに倒れ込んだ瞬間、凪は本気で息が止まりそうになった。心臓をぎゅっと掴まれるような不安に襲われた。
だが、試合終了のホイッスルが鳴り、達成感に満ちた表情でチームメイトとハイタッチを交わす馨の姿を見た瞬間、不思議と胸に広がっていた不安が少しずつ溶けていった。
額ににじむ汗、濡れた髪の隙間から見える表情輝いて見える。その姿がとても美しく思えた。
凪はゆっくりと後ろを振り返り、宗介の顔を見た。
「……なに?…って、お前、何か泣きそうな顔してんぞ」
「え?」
宗介の言葉に驚いて、凪は思わず目を見開いた。自分ではそんなつもりはなかったのに、どうやら感情が溢れそうになっていたらしい。きっと、馨の勝利を目の当たりにした喜びや、試合中の不安が入り混じって涙腺を刺激していたのだ。
けれど、次の瞬間、宗介の顔が驚きに変わった。
その視線の先を辿るようにして凪も前方を見ると、頭にタオルをかぶった馨が観客席の方へと歩いてきていた。
汗を拭いながら、ゆっくりと凪の前に立ち止まると、馨は落ち着いた声で言った。
「凪、俺たち勝ったよ」
凪は瞳を潤ませながら「うん」と頷く。
「凪、終わったら控え室の方に来て。マネージャーが案内してくれるから」
そう言いながら、宗介の方へ馨が視線をやった後、凪は馨の目が一瞬鋭く細められたように感じた。
凪は驚きつつも、再び頷いた。
それを見て、馨はほんのわずかに口元を緩め、軽く笑みを浮かべると、再び熱気と歓声が冷めやらぬ会場を後にして、仲間たちと共に退場していった。
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