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しおりを挟む馨の隣に並んで歩き、二人が向かったのは近くのショッピングモールだった。
それは凪が希望した場所だった。以前のような、高級感のあるレストランに連れて行かれると、どうしても場違いに感じてしまい、緊張してしまうからだ。
今日は二人で映画を観ようという約束をしていたこともあり、目的地は映画館。ショッピングモールの中にある映画館へと向かう。平日ということもあって、館内はほどよく人が少なく、歩きやすかった。時折すれ違う人々の話し声が心地よいBGMのように耳に届く。
「ショッピングモールとか、久々に来たな。高校生のとき以来かも」
馨がそう呟き、凪はふと横顔を見上げながら頷いた。
「僕も久しぶりだな。あんまり服とか見ないから……今日も何を着ていくか、すごく悩んじゃって」
凪が今日選んだのは、白のワイシャツに紺色のベスト、そしてベージュのチノパンというシンプルなコーディネートだった。清潔感のある無難な装いを選んだつもりだったが、服を決めるまでの間、クローゼットの前でかなりの時間を費やしてしまった。
「俺と遊びに行くから悩んでくれたの?」
馨が口元に満足げな笑みを浮かべてそう問いかける。
「……うん、そうだよ。だって馨くんはすごくオシャレだから」
「そっか、そういう理由か。俺と会うのが楽しみでオシャレしてくれたのかと思って、ちょっと浮かれたのに」
馨がわざと拗ねたような表情をすると、凪は慌てて言葉を継いだ。
「違う!楽しみだったからこそ、服をどうするかで苦労したの。だから、そんな風にマイナスに受け取らないで」
凪が真剣に言うと、馨はふっと柔らかく笑った。そして、凪の頭に優しく手を置き、くしゃっと髪を撫でた。
「……やっぱ凪は優しいね」
そう言ってから、馨は顔をぐっと近づけてきた。その距離に思わず凪はたじろぎ、馨の胸元を軽く押す。
「ち、近い……!」
「ん? 凪の服、すごくいいなと思って」
「じゃあ、顔じゃなくて服を見てよ……」
頬を小さく膨らませて文句を言う凪に、馨はその頬に手を添えて、むにっと潰す。
「ほんと、可愛い」
「……可愛くない」
凪がふてくされたように呟くと、馨は一瞬黙ってから、口元を寄せるようにしてささやいた。
「凪のほっぺに噛みつきたいくらいには可愛い」
噛みつきたいとは一体どういう感情なのか、凪にはよくわからなかったが、それでも耳元でそんな風に囁かれたら、もうどうしようもなかった。顔が一気に熱くなり、恥ずかしさを紛らわせるように馨の肩を軽く叩いて、そっと顔を逸らす。
二人はそのままエスカレーターに乗り、映画館のフロアへ向かう。馨と一緒にエスカレーターに乗るとき、いつも決まっていることがあった。上るときは凪が前、下るときは馨が前という配置だった。
「馨くんって、エスカレーターに乗る時の定位置って決まってるの?」
凪が何気なく尋ねると、馨はその声が聞き取れなかったのか、少し屈んで凪の口元に耳を寄せた。その瞬間、馨からふんわりと爽やかな香りが漂ってきた。
「だ、だから……いつも登る時は僕の後ろ、降りる時は僕の前に乗るから、なんでなのかなって……」
「ああ、それね。別に、深い意味はないよ。凪は気にしなくていい」
「……そう、なの?」
「うん。凪書きにするほどのことじゃないから」
馨の言い方は軽かったが、なぜかそのやり取りの間、馨の表情にはほんの少し照れくさそうなものが浮かんでいたように見えた。
そんな会話を交わしているうちに、映画館に到着した。
「凪、なんか食べたいものとか、飲みたいものある?」
「え?」
まずはチケットを買うものではないかと凪は思ったが、馨は売店の方を見ていた。上映時間までまだ少し余裕がある。順番にこだわる必要はないと判断して、凪も売店へと向かった。
「美味しそう……」
凪が小さく呟くと、馨はすかさずその声を拾い、腰を屈めて凪の顔を覗き込む。
「ん?どれが美味しそう?」
いつものことだが、馨が近づいてくると、凪の心臓は妙に早くなる。その距離感。馨の香り。馨の声。すべてが、凪の心を撫でていく。
「キャラメルポップコーン……」
「他に欲しいものは?」
「飲み物とか……あったら、嬉しいなって」
「オッケー。買ってくるから、ちょっと待ってて」
「えっ、僕も買いに行くよ!」
思わず馨の服の裾を引いてしまった凪。その手に馨の視線が落ちる。
「あ……ご、ごめんなさいっ。服、引っ張っちゃって……」
すると馨は、凪の手に自分の手をそっと重ねて、優しく握った。
「いいよ。いくらでも引っ張って。凪が引っ張って伸びた服なら、俺、一生大事に取っておくから」
「もう、なにそれ……」
苦笑しながら呆れる凪の横で、馨は満足げに笑う。その笑顔はどこまでも無邪気で、どこか子供のようだった。
「……まじで可愛いな」
馨が凪に聞こえないほど小さく呟き、ふわりと髪を撫でる。
「凪、あそこのソファで待っててくれる? ちゃんと戻ってくるから」
馨が指さしたのは、近くのラウンジに置かれた柔らかなクッションのソファだった。凪は渋々頷く。本当は一緒に並びたかったという気持ちを隠し、ソファに腰をかけたその時。
「……なんでここにいんの?」
突然、頭上から声が降ってきた。
凪は驚いて顔を上げる。その声には、どこか聞き覚えがあった。
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