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しおりを挟む映画を見終わったあと。
余韻に浸りながら、二人はショッピングセンターの中を並んで歩いていた。先ほどまで警戒していた沢木の姿は見当たらず、それだけで凪は少し肩の力が抜けるのを感じた。心の奥に澱のように残っていた不安も、馨の隣にいる今は少しずつ溶けていくような気がしていた。
「凪、腹減ってる?」
不意に馨の声が耳に届き、凪は足を止めて小さく瞬いた。
「え?」
映画館の中で食べたキャラメルポップコーンがまだ甘く喉の奥に残っていたが、それでも凪の腹は空いていた。
最初からあの程度で満たされるわけがなかった。もともと人より食べることが好きで、それが太っていた理由の一つでもある。だからこそ、今、お腹が空いているなんて口に出すのは恥ずかしかった。
「ちなみに俺は腹減ってる。」
「…そう…なの??」
馨の口からそんな言葉が出て、凪は意外だった。細身の馨が空腹を訴えるとは思わなかった。だが、普段から運動もしているため、人より基礎代謝が高いとおもうと納得できた。
それがどこか嬉しく、自分だけじゃないのだと思えることが、少し安心感につながっていた。
「僕もお腹空いてる!」
凪は弾けるようにそう口にした。
「そう?じゃあ、ここからだと飲食店も遠いし、ここで済まそっか」
「うん!」
レストラン街に向かうと、どの店の前にも美味しそうな食品サンプルが並んでいて、凪は無意識のうちに腹の虫が鳴るのを感じた。
中でもひときわ目を引いたのが、あるハンバーガー店だった。分厚いパティに、みずみずしいレタスとトマト、それにとろけたチーズがたっぷりと挟まれたボリューム満点のハンバーガー。ガラスケース越しにサンプルが飾られており、見ているだけで口の中に唾液が溢れてくる。
映画のチケットは馨が事前に取ってくれていたため、そのお礼としてご飯は凪が奢る約束になっていた。
だが思わず凪は息を呑んだ。ハンバーガーのセットが想像以上に高かった。想定よりもずっと高かった。ショッピングセンターのフードコートの延長のような感覚でいたが、完全に見誤っていた。二人分となればそれなりの金額がする。決して出せない額ではなかったが、胸の内には妙な焦りと躊躇が湧いてくる。
そんな中、馨が静かに口を開く。
「凪、俺が食べたいものリクエストしていい?」
「うん!いいよ!」
凪は即答した。けれど次の瞬間
「これ、食べよ」
馨が指差したのは、まさにさっき凪が高すぎて躊躇したハンバーガー店だった。
目を瞬かせる凪に、断るという選択肢はなかった。自分が奢ると約束してしまった手前、それを今さら覆すことなどできない。心の中で財布の中身を再計算しながら、凪は静かに頷いた。
店内はアメリカンな雰囲気で、木目調の壁や家具にどこか異国の匂いが漂っていた。焼けた肉とベーコンの香ばしい匂いに包まれ、凪の食欲は一気に高まる。
「なんかこのお店、見てるだけで楽しいね」
「そうだね」
メニューを決めて注文を終えると、20分ほどして料理が運ばれてきた。
凪の目の前に置かれたバーガーは想像以上に分厚く、口に入れるには顎を限界まで開かなければならなかった。小さな手で持ち上げると、湯気と一緒に肉の香りが立ち上る。思わず涎がこぼれそうになり、凪は慌てて唾を飲み込んだ。
だが、不思議なことに馨はまだ手を付けようとしない。じっと、凪のことだけを見ている。
その視線に戸惑いながらも、凪は覚悟を決めて大きな口で一口かじった。
肉汁が口いっぱいに広がり、シャキシャキとしたレタスの食感と、チーズのコクが一体となって押し寄せる。
「凪、美味しい?」
その問いに、凪は夢中で何度も頷いた。そして、無意識に幸せそうな笑みを浮かべる。
言葉にならないほどの満足感だった。
「凪の表情めちゃくちゃいいんだけど、写真撮っていい?」
「やめてよ!」
必死に首を振る凪に、馨は楽しげに笑う。
そんなやり取りの中で、凪の胸の奥がじんわりと温かくなる。
沢木に言われたひどい言葉や、過去の劣等感も、この一瞬だけは霞んで消えてしまうようだった。
「馨くん、僕ちょっとトイレ行ってくるね」
「ん、行ってらっしゃい」
立ち上がるとき、凪はそっとテーブルの伝票を手に取ろうとした…が、見当たらない。
最初からなかったのか、自分が見落としていたのかもわからず、凪は不安になりながらレジへと向かった。
「えっと…お会計をしたくて、あそこのテーブルなんですけど」
身を低くして店員に告げると、レジの女性が柔らかく微笑んで言った。
「承知しました。あちらの卓のお会計ですね…えっと…すでに支払われてますが…」
「え?!」
凪の目が丸くなる。
「10分ほど前に、会計を済ませていただいたようで」
胸の奥がきゅっとなる。そういえば、馨は食べることもなく、ずっと自分のことを見ていた。
その間に、どこかのタイミングで会計まで済ませていたのだ。
「……もう、ずるいなあ」
頬を少し膨らませながら、凪はゆっくりとテーブルに戻っていった。
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