【完結】それ以上近づかないでください。

ぽぽ

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凪は馨に連れられるがまま、出店へと案内された。その後ろに宗介がついてきているかどうか、気になって何度も後ろを振り返る。宗介は特別身長が高いため、こういうときは見つけやすい。背後に視線をやるたび、ぽつんと頭ひとつ飛び抜けた影が見えるたびに、どこか安心した気持ちになるのだった。


「ここ」


馨が立ち止まり、出店のカウンターで忙しそうに接客している同級生に声をかける。香ばしい肉のような香りと、ほんのりアルコールの香りが混じって鼻腔をくすぐった。凪は少し目を細めながら馨を見つめる。


「凪、なんでも好きなの頼んでいいよ。それと、後ろの友達の分もね。ただの友達ってことで合ってるでしょ?」


“ただの”という言葉を妙に強調して言われ、凪は一瞬戸惑ったように馨の顔を見たが、結局こくんと小さく頷いた。

だが、どうしても気になることがある。


「本当に?お金は……?」

「ん?なに?」


馨がわざとらしく問い返し、凪へと顔をぐっと近づける。間近で見る馨の顔は整っていて、どこか色気すら感じさせる。その視線に凪は思わず目を逸らし、頬を赤く染める。


「お金、いらないの……?」

「ん?お金?」


またもとぼけた返事。わざと聞き返しているのは明らかだった。どうせ受け取ってくれないのだと悟りつつ、凪はあることを思い出す。


「あ、馨くん。そういえば、これ……」


凪は紙袋を差し出した。馨が不思議そうに受け取って中を覗くと、驚いたように目を見開いた。

中に入っていたのは、週末に凪が実家で焼いてきたクッキー。バレンタインに渡したときと同じ箱、同じ飾りつけ。あのときの馨の反応を思い出して、また作ってみようと思ったのだ。


「この、クッキーって……」

「あの時のレシピと、同じように作ったつもりだけど……」


凪は照れくさそうに頬を指でかいて、馨を見上げた。


「……嘘……めちゃくちゃ嬉しい……」


馨は感嘆したように呟く。

馨はクッキーの入った紙袋を抱きしめるように胸に押し当て、突然その場にしゃがみ込んだ。周囲の視線が一気に集まり、凪は慌てて隣にしゃがみ込む。


「か、馨くん?!大丈夫!?」


凪が心配そうにのぞき込むと、馨は顔を上げて凪の視線をしっかりと受け止めた。その視線が、なぜか妙に艶めいていて、凪は胸がドキリと跳ねるのを感じた。


「凪……俺、もう我慢するのやめていい?」


低く掠れた声で耳元に囁かれ、続けざまに馨の指先が凪の横髪をかけた後、耳の淵をそっとなぞる。


「あっ……」


反射的に漏れた声が思いのほか艶っぽく、自分でも驚いて慌てて口を手で塞ぐ。その瞬間、近くにいた男子学生たちが一斉にこちらを見て、顔を赤らめた。

それを見た馨の視線が鋭く光り、男たちを睨みつける。


「凪、ちょっとこっちおいで」


今度はささやきというより、命令に近い口調だった。耳元で囁かれるたび、凪の顔はどんどん赤く染まっていく。そんな凪の反応に満足したように、馨は一瞬だけ唇を近づけて、凪の耳にやわらかい感触を残す。


「んんっ……な、なに……今の……」


凪は頬を赤らめたまま馨を見るも、すぐに視線を逸らす。首筋までじんわりと赤くなっているのが、自分でもわかるほどだった。


「凪ってさ、可愛いくせして、なんでそんな……」


馨は何か言いかけて黙り込むと、ぐっと勢いをつけて立ち上がった。前髪をかき上げ、深く息をついてから、凪へと手を差し伸べる。


「凪、立てる?」

「た、立てるよ……」

「もちろん、“立てない”って言ってくれてもいいよ。その代わり……俺が抱っこしたいんだけど、いい?」

「だ、抱っこなんて恥ずかしい……!」

「そっか。俺は大歓迎なんだけどな。むしろ、させてほしいんだけど? ダメ?」


凪はぶんぶんと勢いよく首を振る。その姿を見て、馨は肩を震わせて笑った。

おろおろと立ち上がった凪の腰に手を添え、馨は周囲の視線を避けるように木陰へと誘導する。熱くなった体を冷ますためだと察した凪は、ホッと息をついてTシャツの襟をぱたぱたと仰ぎ始めた。

馨はその姿を横目で見て、静かに言う。


「無防備なんですけど」

「え?」


凪は首をかしげながら馨のほうを見た。そのとき、まだ襟を軽く引っ張っていたのに気づいて、あわてて手を下ろす。


「俺のこと、意識してくれてないの?」

「えっと……それは、どういう……」

「お前のことを好きな男がすぐ近くにいるってのに、そんな姿見せられたら、理性とか煽られるって思わない?」


意味を飲み込めずに困惑する凪に、馨はため息をつきつつ、すっと距離を詰める。もともと近かった距離がさらに縮まり、凪は息を呑んだ。

馨の手が凪の頬に触れる。その手は熱を帯びていて、鼓動がますます早くなる。次の瞬間、頬にやわらかいものが押し当てられた。

さっきと同じ、馨のくちびるだった。


「こんなに好きな人前にしてさ、我慢できるわけないじゃん。クッキー貰えて、嬉しさで叫びそうだったよ。抑えた俺、偉くない?」


馨が冗談まじりに言うと、凪は口元をおさえながら笑ってしまう。


「じゃあ、次も……作ってくるね」


その言葉に馨は目を見開き、すぐに目尻を下げて穏やかな笑みを浮かべた。そして、額を寄せて凪のおでこと自分のおでこを合わせる。


「馨くん、近い……」

「うん、だって近づきたいんだもん。凪のこと、もっと至近距離で見たいから」

「また揶揄ってる……」

「揶揄ってないよ。あと、Tシャツで仰ぐの、やめてね?」


馨は凪の襟元を整えると、ふと周囲を見回した。


「たぶんね、りりが探してると思うんだよ」


その言葉と同時に、「かおるーん! 小鳥ちゃーん! どこどこ~!?」とりりの声が遠くから聞こえてきて、凪は思わず笑ってしまった。
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