56 / 124
57
しおりを挟む「凪、帰るぞ」
「え? なんで……??」
凪が戸惑いの表情を浮かべて宗介を見上げると、彼は顔色ひとつ変えずに淡々と告げた。
「さっき状況見てきたけど、あの女、全然落ち着かねえ感じだった。とてもじゃないけど、今は帰れる状況じゃないんだとよ。だから悪いけど、先に帰ってくれって。……あと、これ」
そう言って宗介は凪の頭の上に何かを被せた。
視界が一瞬、真っ暗になる。思わず手を伸ばし、それを手に取ると、ふわりと漂ってくる懐かしい香りに凪は目を見開いた。
馨の香りだった。
被せられたものの正体を確かめようと凪が両手で広げてみると、それは黒のパーカーだった。ゆったりとしたサイズ感で馨が普段愛用しているものだと勘づく。
「これって、馨くんの……?」
「そうだとよ。お前が風邪引くと困るから着て帰れってさ。それと——返さなくていいってよ」
「……返さなくていい?」
凪は思わず聞き返した。なぜ? 大切なものじゃないのか? そんな疑問が胸に浮かんで離れない。それでも、手の中のパーカーは馨の温もりを宿しているようで、凪はそれをぎゅっと胸元に抱きしめた。
「……はあ。そういうの見るの、しんど……」
宗介が苦々しい表情を浮かべて、自分の髪を乱暴にかきあげながらつぶやいた。その表情には悔しさのような複雑な感情が滲んでいた。凪にはその理由がわからず、ただ俯くしかなかった。
「帰るぞ」
「……うん、わかった」
その返事を聞いた宗介は、ほんの一瞬だけ目を丸くした。
「抵抗するかと思ったけど聞き分けいいな」
「馨くんのこと、信じてるから。……僕は、帰ることを選ぶ」
凪の声はわずかに震えていたが、そこには確かな覚悟が感じられた。だが、その瞳には涙の膜がうっすらと張り、今にもこぼれそうだった。
「これが“信じる”っていうことなら、僕はそうするよ」
視線を横に向けると、そこにはりりがいた。凪の言葉を聞いた彼女は、最初こそ驚いたように目を見開いたが、すぐに優しく微笑み、こくりと頷いた。
「うん、大丈夫だよ。……信じてあげよ」
その一言に背中を押されるようにして、凪は宗介に連れられて大学をあとにした。
帰りの車内では、ふたりともほとんど口を利かなかった。凪は窓の外をぼんやりと眺めながら、馨のことを考え続けていた。帰ってきてしまったことを後悔しているわけではないが心は落ち着かなかった。
自宅に着いた凪はすぐにシャワーを浴び、その後、何度か馨にメッセージを送ってみた。短い文をいくつも書いては消し、ようやく送信ボタンを押す。しかし、いくら待っても、馨からの返事は届かなかった。
気を紛らわそうとしても落ち着かず、凪は思い切って実家へと向かった。
実家に着くと、母の志保が凪を喜んで出迎えた。
「今日はなーちゃんの好きなシチュー作ってあげる」といって台所へ向かう母の背を見送った凪は、少しだけ笑みを浮かべたが、やはり食欲は湧かず、自室のある2階へと足を運んだ。
自室に入ると1階から聞こえてくる、食器がぶつかり合う乾いた音。リビングから聞こえるテレビの音。それらの音が妙に温かく感じた。
(今頃、馨くんはどうしてるんだろう……大丈夫かな……)
そう思っても、連絡がない不安は拭えなかった。
気持ちを切り替えようと、凪は絵を描こうと机の引き出しを開けた。愛用のスケッチブックとペンが無造作に入っている。けれど、その手がふと止まる。
視線の先にあったのは封筒だ。
転校する直前に、馨から渡されたものだった。
存在を忘れたかったわけじゃない。ただ、見るのが怖かった。だから引き出しの奥にそっと隠していたのだ。
凪はためらいながらも封筒を手に取った。指先がかすかに震える。深呼吸をひとつして、封を開けた。
そして、ゆっくりと中身を覗き込んだ。
1,171
あなたにおすすめの小説
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話
さんかく
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話
基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想
からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定
(pixivにて同じ設定のちょっと違う話を公開中です「不憫受けがとことん愛される話」)
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる