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しおりを挟む桜が一方的に話し続ける中、凪の視線はずっと馨の横顔に向けられていた。何か言ってくれるはず。そんな期待が、心の奥で微かに灯っていた。
「……あのさ」
馨がようやく口を開いた時だった。机に両腕を乗せて顔を上げた馨の鋭い視線が凪を捉える。その瞬間、胸が跳ねた。やっぱり彼は違う。今までの言葉は、きっと何かの誤解で、そう否定してくれる。凪はそう信じていた。
だが、次に発せられた言葉は、全てを打ち砕いた。
「俺がさ、お前のこと好きになると思った?」
耳に届いたその一言で、凪の世界は音を立てて崩れた。
「……っ」
呼吸が止まるほどの衝撃に、凪は唇を強く噛んだ。痛みも、何もかも感じない。ただ馨との時間が、想いが、すべて嘘だったのだと、告げられたような気がした。
「お前みたいなやつ、好きになるわけないじゃん。“可愛い”とかって言ったらどんな反応するのか見たかっただけ。……もし俺がお前のこと好きになってるって勘違いさせてたなら、それは悪かった。謝る」
馨は淡々と、まるで他人事のように言った。その唇の端には薄い笑みが浮かんでいて、アメリカーノを飲む仕草さえも冷たく見えた。
凪の視界はじんわりと滲み、涙がこぼれそうになる。それでも彼は必死に堪える。ここで泣いてしまえば、完全に彼らの思う壺だ。そう思ったから。
「馨もこう言ってるし、もう関わらないでもらっていい?」と、桜が嘲るように言った。
凪は答えられなかった。言葉が見つからなかった。体温が指先から逃げていくような感覚だけが残った。
「なんか言ったらどうなの?」
桜の苛立った声が追い打ちをかける中、凪はようやく口を開いた。
「馨くん……本当なの?何でいきなりそんなことに…」
祈るような声だった。あんなに優しくしてくれた彼が、こんなふうに平然と突き放すはずがない。何か事情があるんじゃないかと、思わずにはいられなかった。
「本当以外に何があるの?俺が冗談言ってるように見える?」
凪はその瞳を見返した。だけど、そこにはいつか自分に向けてくれた優しさの色はなかった。感情の読めない、冷たい色がそこにあった。
凪の中で、何かが崩れていく。
「もし、馨くんが本当にそう思っているなら……僕はもう…」
声が震え、言葉が途中で詰まった。喉の奥が痛い。呼吸が苦しい。けれど、涙だけはまだ堪えようと必死だった。
「もう君とは関わらない。馨くんとは二度と……これでいい?」
最後の力を振り絞ってそう言った凪に、馨は驚いたように目を見開いた。
その反応に、凪の心がほんの一瞬だけ揺れた。今、彼の中に戸惑いがあった。それを見逃さなかった。なら、さっきの言葉は嘘じゃなかったのか。迷いが、確かにそこにあったのに。
馨が立ち上がり、凪に手を伸ばす。だけど、桜がその腕を掴んだ。
「馨、やめて。暴力でも振るおうとしてるの?」
「暴力なんて振るわない。ただ……こいつが“二度と関わらない”なんて言うから……」
その声は震えていた。怒りのようでも、哀しみのようでもあった。だがそのどちらも、凪にはもう信じられなかった。
「気持ちはわかるけど、いいじゃん。向こうがそう言ってるんだから。嬉しいでしょ? 中学の頃からあんなに嫌ってたんだから」
桜の言葉に、馨の顔が歪む。その表情に嘘がないのだとしたら、なぜ、こんなことを言ったのだろう?
「…じゃあね。今までありがとう」
凪は最後の挨拶をして、静かにその場を去った。
店を出て、夕暮れの街を歩き出す。頬を伝う涙は止まらず、通りすがる人たちが振り返る。その視線にまた心が傷ついて、足取りは重くなった。
「振られたのかな」という囁きが耳に入るたびに、胸の奥に何かが刺さった。
こんなに簡単に終わるなんて思ってなかった。恋だと気づいたのはつい最近なのに――こんなに苦しいなんて、思ってなかった。
帰宅後、凪は部屋の扉を閉め、ベッドに倒れ込んだ。声もなく、ひたすらに泣き続けた。
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