【完結】それ以上近づかないでください。

ぽぽ

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それから数週間が経った。凪はいつも通り大学へ通い、授業を受け、課題をこなしていた。表面上は何も変わらない日常。しかし、心には大きな穴がぽっかりと開いたままだった。

大学の友人たちは凪の変化に気づいていた。どこか上の空で、話しかければ反応はするものの、それも上の空だった。誰かが「最近元気ないね」と言うたび、凪は曖昧に笑ってやり過ごした。

馨からの連絡は、結局一度もなかった。あの日、あの言葉を聞いた後、凪の中に残ったものは喪失と痛みだけだった。

連絡をしようとスマホを手に取ったこともあったが、画面を見つめるだけで何も打てなかった。送ったところで、結果は変わらないと考えてやめるというのを繰り返した。

(本当にこれで、終わりなんだ……)

あの瞬間を何度思い返しても、現実味がない。まるで夢の中の出来事のように、馨との時間がどんどん遠ざかっていく。でも、その記憶が薄れていくどころか、ますます鮮やかに胸に残り続けているのが、何よりつらかった。

一人でいるのが耐えられなくて、凪は週末を実家で過ごすことが増えた。母の志保は、特に何も聞いてこない。ただ、普段よりもやや口うるさくなったような気もする。それが逆に、凪にはありがたかった。

その日も、志保の作ったブルーベリーマフィンを頬張りながら、凪はソファに寝転がってテレビを眺めていた。どうでもいいバラエティ番組が流れていたが、内容はほとんど頭に入っていなかった。ただ、音が部屋に満ちていることが心を少しだけ落ち着かせた。

掃除機の音が止み、ふと視界が暗くなる。志保がテレビの前に立っていた。


「母さん、テレビが見えないんだけど……」

「なーちゃん、休みだからってだらだらしすぎじゃない?たまにはお勉強とかしたらどう?」

「平日たくさんやってるし……」

「じゃあ、こんなにいい天気なんだから、少しは外で歩いてきたらどう?ママと一緒にお散歩する?」

「ううん、大丈夫。今日は……家にいたい気分なんだ」


凪は視線を落として、静かに答えた。志保はその様子に気づいたのか、困ったように眉をひそめたあと、ふっと息をついて笑った。


「わかった。お家でゆっくりしたい日もあるもんねえ」


そう呟いて、再び掃除機をかけ始めた。けれど、すぐに何かを思い出したように手を止め、また凪の方を振り返った。


「あ、そうだ!なーちゃん、この前家に来たときに持ってたパーカー、あれ洗濯しといたよ?」


「えっ……?」


「ほら、なんかオレンジみたいな匂いがしたやつ。勝手に洗っちゃったけど、なーちゃんあんなパーカー持ってたっけなと思って。お友達の?」


その瞬間、凪の脳内にあのパーカーの映像が蘇った。馨に借りた、あの黒いパーカー。数週間前、自分の家の風呂に入った後、実家へ向かったその時に無意識抱えていたのを思い出す。


「……あっ!!」


思わず声を上げると、志保はびくっとして睨んだ。


「なに、突然大きな声出して!」

「……なんで洗ったときに言ってくれなかったの!」

「ママは言ったよ?なーちゃんがテレビ見ながらうとうとしてたじゃないの。ちゃんと聞いてなかっただけでしょ。それに、文句言うくらいならさっさと返してきな、借りた物なんだから」


志保は年甲斐もなく頬をぷくっと膨らました。


「……はい」


返す言葉もなく、凪は大人しく頷いた。確かに悪いのは自分だ。志保が何も間違っていないのもわかっている。でも、馨のパーカーを目にした瞬間、心の中にまた小さな痛みが生まれた。


(あの時、どうして返さなかったんだろう……)


今さら返すのも気が重い。馨の連絡先は削除してしまったし、家も知らない。返す方法は、大学に持っていくくらいしかない。


「あ……」


返す方法をひとつの方法を思いついた。でも、すぐにその考えを打ち消す。その人に迷惑をかけるのは申し訳ないし、下手をすれば馨に伝わってしまうかもしれない。


「うーん……」


唸っていると、志保がキッチンから顔を出した。


「なーちゃん、借りた物は早く返しなさいよ~。」


志保が笑いながらまた奥へ戻ると、凪はふぅと息をついて立ち上がった。パーカーを抱え、自室へと戻る。クローゼットからそれを取り出し、改めて見つめると、馨の姿が脳裏によみがえった。


「仕方ないか……」


ぽつりとつぶやいて、凪はスマホを手に取り、ある人物にメッセージを打ち始めた。
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