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しおりを挟む凪は馨の冷めた表情を見た瞬間、咄嗟に顔を逸らした。
「何って、べ、別に学校の中に入ってるわけじゃないし…」
言葉を選ぶ余裕もなく、喉の奥から絞り出した声は震えていた。自分でも情けなくなるほど頼りなかった。
「男漁りでもしてんの?それとも俺に会いたかったから?」
馨は凪を射抜くような視線を向け、口角だけを吊り上げて意地悪く笑った。その目には、弱っている相手を楽しむような冷たさが宿っていた。
「違う!」
凪は反射的に叫んだ。けれど否定の声も、馨の胸には届いていないようだった。
「二度と関わらないって言ったくせに、そうやって自分から絡んでこようとしてんじゃん。それにこの人誰?」
馨は顎をしゃくって、凪の隣にいる男を指した。さっき声をかけてきたナンパ男に向ける視線は、あからさまな挑発だった。
凪は空気に耐えきれず、助けを求めるようにナンパ男へ視線を向けた。その目を見た彼はなぜか頬を赤らめた。だがその直後、凪の腕が不意に強く掴まれ引き寄せられる。
「お前、どこ見てんの」
低い声が耳元に響き、至近距離に馨の顔が近づいた。凪の全身がこわばる。その声音には怒りが混ざっており、凪の背筋を冷たい恐怖が這い上がる。馨はそのまま凪の手首を引き、どこかへ連れて行こうとする。
「やめて、嫌!」
凪は反対方向に体重をかけて必死に抵抗した。手首が痛い。けれどそれ以上に馨の感情が怖かった。
「ちょっと、何やってんすか」
ナンパ男がようやく間に割って入った。軽い調子で話しかけてきた彼が、今は少しだけ真剣な表情を浮かべている。
「悪いけど邪魔しないでもらっていいすか?俺たちの問題なんで」
馨は穏やかな口調でそう言った。けれどその目はまったく笑っていなかった。鋭く冷たい光が宿り、その言葉には強い圧があった。ナンパ男は目を逸らし、一歩引いた。
凪はその様子を見て、この場を穏やかに終わらせるには自分が引くしかないと悟った。来たこと自体が間違いだった。少しでも何か変わればと思った自分の甘さが情けなかった。
「ごめんね、馨くん。僕が悪かった。別に馨くんに用があったわけじゃないんだ。勘違いさせたならごめんなさい」
凪は目を伏せ、絞るように言った。
「もう金輪際、この学校の近くにも来ないから。安心して」
その瞬間、馨の表情が揺れた。唇をきつく噛み、そこから赤い血が滲んだ。凪は見ていられなくなり、くるりと背を向けた。
これで終わり。もう二度と会わない。傷つけることも、傷つくこともない。
そう言い聞かせながら歩き出したが、胸がひどく痛んだ。息が詰まり、涙が溢れそうになる。手の甲で拭っても、あとからあとから溢れて止まらない。
その背に声が飛んできた。
「待て」
立ち止まって振り返ると、馨がこちらを見ていた。まっすぐな視線。凪は思わず両手で顔を覆う。こんな顔を見られたくなかった。
けれど馨は近づいてきて、その手を強引にどかす。
泣き腫らした顔が露わになり、凪は目を伏せた。きっと醜いに違いない。馨は凪の顔を見て一瞬目を丸くしたが、すぐにぎこちない笑みへと変わった。
「その顔は酷すぎ。さすがに見てらんない」
想像通りの言葉だった。いや、あの頃と何も変わらない言葉。中学のときと同じ。こうしてまた傷つけられる。
でも、今の凪はあの頃とは違っていた。
あの頃のように黙って傷つくだけじゃない。言い返したい、今だけは。どうせもう会わないなら、言いたいことを言ってしまえばいい。
酷い顔だと言ったくせに凪の顎を掴み、覗き込むため、凪はその手を払い顔を逸らそうとするもまた顎を掴まれた。
「見ないでっ!」
凪は乱暴な口調でいい、馨の手首を掴むもびくともしなかった。
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