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しおりを挟む桜に連れてこられたのは、小さなカフェだった。駅前から少し外れた場所にあり、こぢんまりとして落ち着いた雰囲気が漂っている。
席に案内されるやいなや、桜はメニューも見ずに店員を呼んで言った。
「アイスコーヒー、ふたつ」
店員が頷いて去っていくと、桜は凪に向き直ってふてぶてしく言い放った。
「あんた、鈍臭そうだから先に頼んでおいた」
その言葉に凪は思わず眉をひそめたが、反論の言葉は喉の奥でつかえて出てこなかった。テーブル越しに向かい合った桜の視線に緊張してしまい、自然と身体がこわばる。
中学生のときの記憶がよみがえる。桜に、勝手に「私のこと好きなんでしょ」と言いがかりをつけられ、理不尽にいじめられた日々。あの頃の記憶は、今でも凪の中で消えることのない傷になっている。
そんな凪の様子などお構いなしに、桜は突然話を切り出した。
「で、話だけど、馨からアメリカに行くって聞いた?」
唐突に出てきたその名前。凪の身体がびくりと小さく震える。
「近々、バスケのために海外に行くって聞いたけど…」
「ふぅん。じゃあ、あんたも知ってたんだ」
桜は、ちょうど運ばれてきたアイスコーヒーに口をつけながら言う。軽く聞こえるその言葉とは裏腹に、視線は鋭く凪を見つめていた。
「……君は、馨くんがアメリカに行くことになって、寂しくないの?」
思わず出た疑問に、桜は一瞬だけ目を見開き、それからすぐに鼻で笑った。
「は?なんで私が寂しがるのよ?」
凪は戸惑った。恋人であれば、離れ離れになることに少なからず寂しさを感じるはずだと思ったからだ。
「え、だって……付き合ってるんじゃ……」
桜は不機嫌そうに顔をしかめ、ため息をついた。
「はあ?そんなの別れたけど?」
「え……っ」
驚きのあまり、凪は思わず大きな声を上げてしまい、慌てて口を押さえる。心臓の鼓動が速くなっていた。
「元をたどれば、私が馨に条件を突きつけて付き合わせたの。私と付き合わなかったらあんたの昔のデブス写真、大学中にばら撒くって言ったら、あいつ、しぶしぶOKしただけ」
「……なんでそんなことを……」
凪は声を震わせた。あの頃の写真。髪も整え方を知らず、太っていて、まるで別人のようだった。そんな自分を笑うような声が、今でも耳の奥にこびりついている。見た目を変えても、過去の傷は癒えていない。
「馨のこと、中学の頃からずっと気になってたからさ。一度くらい付き合ってみたくなっただけ。そしたら、苦しそうな顔しながらも、2、3日後にはOKしてきたよ」
桜は悪びれることもなく笑った。その無神経な笑みに、凪の胸の奥がざわついた。
「馨はさ、あんたと私を関わらせないように、わざとあんたを避けてたんだって。どんなに一緒にいても、あいつずっと上の空だったし、話しかけても全然反応しないの。ムカついたから、私の方から別れてやった。つまんない男、こっちから願い下げよ」
その言葉が、凪の胸に鋭く突き刺さった。ずっと好きだった人が、そんなふうに扱われていたという現実。その冷たい言葉の裏に、馨がどれほど苦しんでいたのかが透けて見えて、胸が締めつけられるようだった。
「なんで……今になってそんなこと、僕に言うの……?」
凪はなんとか絞り出すように聞いた。
「別に。もう新しい彼氏いるし。たまたまあんたを見かけたから、ちょっと気まぐれで言ってあげただけ。もう時効でしょ?」
桜はアイスコーヒーを一口飲みながら、鼻で笑った。
「散々人のこと振り回しておいて、時効なんてよく言えるね」
凪の声は震えながらも桜をまっすぐと見つめて伝えた。
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