君に不幸あれ。

ぽぽ

文字の大きさ
24 / 27

24

しおりを挟む


あるビルの前に立った静は、建物の影に身を潜め、通りを行き交う人々の流れを静かに眺めていた。

静は視線だけで腕時計を確認し、小さく息を吐く。もうすぐだ。

しばらくして、目的の人物が通りの向こう側から姿を現した。

タイミングを確認すると、静は建物の影から勢いよく歩き出した。
ヒールの音が、意識的に少しだけ大きくなるように歩幅を調整する。

前方から歩いてくるその人物は、すぐに静の存在に気づいたようだった。
一瞬、歩く速度が緩み、視線が逸れなくなる。
わかりやすい反応だ、と静は内心で思う。

静は、あくまで自然に、しかし確実に視線を絡めるように微笑みかけた。

相手はスーツ姿で、外見だけ見れば決して悪くない。
清潔感があり、好青年と言われてもおかしくない風貌だ。
だが、その内側にあるものを、静は誰よりもよく知っている。

静はわざと進路を少しだけずらし、相手の方へと歩み寄る。
そして、ほんの一瞬、足元を乱したような仕草を見せぶつかった。

カバンが傾き、中に入れていた物が地面に散らばる。


「あ!ごめんなさい!」


わざと少し慌てた声を出しながら、静はしゃがみ込む。
相手の男も慌てて立ち止まり、同じように地面に膝をついた。

落ちた物を拾うその男の横顔を、静は視界の端で捉える。

それは川島の姿だった。

かつて自分をいじめ続け、楽しげ笑っていた男。 


「こちらこそごめんなさい。ぼうっとしてしまって……」


川島は頬を赤く染め、目の前にしゃがむ静をちらちらと盗み見る。
その視線に、懐かしい嫌悪感が込み上げるが、表情には一切出さない。


「いえ、私がよそ見していたせいなんです」


静はそう言って、小さく首を振る。
柔らかく、当たり障りのない声色。

荷物を拾い終えると、静は軽く会釈をして足早にその場を離れた。
背後から、名残惜しそうな視線が突き刺さってくるのを感じながら。

そうして、その日の夜。

知らない番号から、スマートフォンが震えた。
静は少しだけ間を置いてから、通話ボタンを押す。


「……もしもし?」

「あ、すいません。突然電話してしまって。今日、あなたにぶつかってしまった者なんですけど、覚えてますか?」


聞き覚えのある声。
だが、昼間よりもどこか浮ついている。


「あ、あの昼間の?」

「そうです! 実は、あの時に名刺を落とされていたみたいで……そこに書いてある電話番号にかけさせてもらいました」


川島の声には、妙な期待が滲んでいた。


「そうだったんですね。ご迷惑おかけしてすみません。場所を指定していただければ、取りに行きますので……」


静がそう言った途端、間を置かず返事が返ってくる。


「……でしたら、よかったら今度、ご飯にでも行きませんか」


一瞬の沈黙。
どこかこわばった、しかし必死に取り繕った声。

静は無表情のまま、その言葉を受け止めた。
そして、電話口では見えないことをいいことに、口元に感情のない笑みを浮かべる。


「本当ですか? ぜひ行きたいです」


その一言で、川島の息が弾んだのがわかった。

静は通話を続けながら、心の中で次の段階へと進む準備を始めていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。

伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。 子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。 ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。 ――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか? 失望と涙の中で、千尋は気づく。 「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」 針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。 やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。 そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。 涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。 ※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。 ※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。

蒼い月の番

雪兎
BL
Ωであることを隠して生きる大学生・橘透。 ある日、同じゼミの代表であるα・鷹宮蓮に体調の異変を見抜かれてしまう。 本能が引き寄せ合う“番候補”の関係。 けれど透は、運命に縛られる人生を選びたくなかった。 「番になる前に、恋人から始めたい」 支配ではなく、選び合う未来を目指す二人の、やさしいオメガバースBL。

手の届かない元恋人

深夜
BL
昔、付き合っていた大好きな彼氏に振られた。 元彼は人気若手俳優になっていた。 諦めきれないこの恋がやっと終わると思ってた和弥だったが、仕事上の理由で元彼と会わないといけなくなり....

【本編完結】才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。

ホマレ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。 その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。 胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。 それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。 運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。

僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ

MITARASI_
BL
I 彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 Ⅱ 高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。  別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。  未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。  恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。  そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。  過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。  不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。  それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。  高校編のその先を描く大学生活編。  選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。 続編執筆中

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

処理中です...