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しおりを挟むあるビルの前に立った静は、建物の影に身を潜め、通りを行き交う人々の流れを静かに眺めていた。
静は視線だけで腕時計を確認し、小さく息を吐く。もうすぐだ。
しばらくして、目的の人物が通りの向こう側から姿を現した。
タイミングを確認すると、静は建物の影から勢いよく歩き出した。
ヒールの音が、意識的に少しだけ大きくなるように歩幅を調整する。
前方から歩いてくるその人物は、すぐに静の存在に気づいたようだった。
一瞬、歩く速度が緩み、視線が逸れなくなる。
わかりやすい反応だ、と静は内心で思う。
静は、あくまで自然に、しかし確実に視線を絡めるように微笑みかけた。
相手はスーツ姿で、外見だけ見れば決して悪くない。
清潔感があり、好青年と言われてもおかしくない風貌だ。
だが、その内側にあるものを、静は誰よりもよく知っている。
静はわざと進路を少しだけずらし、相手の方へと歩み寄る。
そして、ほんの一瞬、足元を乱したような仕草を見せぶつかった。
カバンが傾き、中に入れていた物が地面に散らばる。
「あ!ごめんなさい!」
わざと少し慌てた声を出しながら、静はしゃがみ込む。
相手の男も慌てて立ち止まり、同じように地面に膝をついた。
落ちた物を拾うその男の横顔を、静は視界の端で捉える。
それは川島の姿だった。
かつて自分をいじめ続け、楽しげ笑っていた男。
「こちらこそごめんなさい。ぼうっとしてしまって……」
川島は頬を赤く染め、目の前にしゃがむ静をちらちらと盗み見る。
その視線に、懐かしい嫌悪感が込み上げるが、表情には一切出さない。
「いえ、私がよそ見していたせいなんです」
静はそう言って、小さく首を振る。
柔らかく、当たり障りのない声色。
荷物を拾い終えると、静は軽く会釈をして足早にその場を離れた。
背後から、名残惜しそうな視線が突き刺さってくるのを感じながら。
そうして、その日の夜。
知らない番号から、スマートフォンが震えた。
静は少しだけ間を置いてから、通話ボタンを押す。
「……もしもし?」
「あ、すいません。突然電話してしまって。今日、あなたにぶつかってしまった者なんですけど、覚えてますか?」
聞き覚えのある声。
だが、昼間よりもどこか浮ついている。
「あ、あの昼間の?」
「そうです! 実は、あの時に名刺を落とされていたみたいで……そこに書いてある電話番号にかけさせてもらいました」
川島の声には、妙な期待が滲んでいた。
「そうだったんですね。ご迷惑おかけしてすみません。場所を指定していただければ、取りに行きますので……」
静がそう言った途端、間を置かず返事が返ってくる。
「……でしたら、よかったら今度、ご飯にでも行きませんか」
一瞬の沈黙。
どこかこわばった、しかし必死に取り繕った声。
静は無表情のまま、その言葉を受け止めた。
そして、電話口では見えないことをいいことに、口元に感情のない笑みを浮かべる。
「本当ですか? ぜひ行きたいです」
その一言で、川島の息が弾んだのがわかった。
静は通話を続けながら、心の中で次の段階へと進む準備を始めていた。
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