【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ

文字の大きさ
29 / 56

29

しおりを挟む



「なあ、昴?」

「ん?どうしました?」


図書室の窓際、琥珀と昴は勉強をしていた。静寂の中でカリカリと鉛筆を走らせる音が響き、二人だけの世界が広がっているようだった。

二人の距離はあの衝撃の告白から着実に近づいていた。琥珀は以前、人との距離感を詰めるのが得意ではなかったが、不思議と昴には心を許している。記憶をなくした後、慶也も親切に接してくれていたはずなのに、慶也の隣ではここまで心が軽くなることはなかった。その理由を考えようとしても答えは出ず、琥珀は深く考えるのをやめた。

そんな琥珀が唇を尖らせ、甘えように昴の肩にそっと頭を預ける。


「この問題、わかんねえ。教えて」


眉間に皺を寄せ、上目遣いで甘えるように頼むと、昴は蕩けそうな笑顔を浮かべた。


「お安いご用です。」

「やった」


琥珀が蜂蜜色の目を柔らかく細めると、昴は親指の甲で琥珀の頰をくすぐるように撫でる。


「日本に来てから目に入れても痛くないという言葉の意味がよく理解できなかったのですが、ようやく理解できました。」


昴が小さく呟くが、昴の日々繰り返される甘い言葉に「なに?」と聞き返す気力もなく、琥珀は昴の言葉を聞き流した。

記憶をなくす前、琥珀に勉強を教えていたのは慶也だった。しかし、今は昴がその役割を担っている。冗談半分で「勉強教えてくれ」と言った琥珀に対し、昴は快く「任せてください」と微笑んだのだ。

昴は琥珀よりも1学年下だが、その学力はずば抜けている。昴はイギリス人の父と日本人の母のハーフだ。
数ヶ月前まで英国の学校に通っており、飛び級するほどの優秀さを持っていた。長い期間の休みがあれば、母と共に日本の小学校へ短期で通うこともあったため、日本語は不自由ではない。

日本の高校の授業も難なく理解してしまう。だからこそ、琥珀がつまずいた箇所を簡単に解きほぐし、分かりやすく説明してくれる。

実際、昴に教わり始めてから、琥珀のテストの点数はぐんぐん上がっていた。


「最近さ、昴のおかげでテストの点が上がったんだよな。昴ってすげえ!絶対先生とか向いてると思う!でも顔が良すぎて女子生徒が集中できないかもな。」


琥珀が心の底からそう言うと、昴は照れたように微笑む。


「もったいないお言葉、ありがとうございます。でも、女子生徒の好感はいらないです。」


その控えめな態度が、さらに琥珀の胸をくすぐる。

琥珀はしばらく勉強に集中していたが、ふと机の上にあった昴の手が気になった。1本1本の指が細く長く、白い肌の色も相待って花がよく似合いそうな手だと感じた。そんな手に自分の手を重ねる。そして、ぎゅっと握ったり緩めたりを繰り返す。その仕草には特別な意味があるわけではない。

昴の体にもたれかかり、琥珀はさらに距離を詰める。昴の肩に頭を乗せるだけでは物足りなくなり、つい顎を昴の肩に乗せる。そして、甘えるように言った。


「なあ、昴ってさ、なんかいつもそんないい匂いすんの?これ、なんの匂い?」


そう言いながら、首筋に鼻を近づける。琥珀の行動に昴の心臓は早鐘のように鳴っていたが、平静を装って答えた。


「琥珀くんなら、何の匂いか当てられるかもしれませんね。もし当てられたら、ご褒美をあげましょうか?」

「えっ、ご褒美?なんだろ!」


琥珀はその一言で一気に目を輝かせた。嬉しそうに鼻をクンクンと鳴らしながら、昴の胸元近くまで顔を寄せる。その距離感に昴は心を落ち着けるのに必死だった。


だが、次の瞬間。


琥珀の肩が突然、後ろから誰かに掴まれた。そのまま引き離される勢いで、琥珀は重心を崩し、椅子ごと倒れそうになる。


「っ!」


宙に浮く感覚と、ふわりと浮き上がる心臓。恐怖で目をぎゅっと閉じた琥珀だったが、思ったような衝撃は訪れなかった。
恐る恐る目を開けると、目の前には昴の顔があった。

昴は片膝を床について、左腕で琥珀の背中を支え、右腕は琥珀の後頭部を庇っていた。その格好はまるでおとぎ話の王子様に支えられる姫のようだった。

琥珀は驚きと安堵で胸がいっぱいになる。


「怪我、ないですか?」


昴はいつもの柔らかな声で尋ねた。しかし、その表情はどこかぎこちなく、抑えきれない負の感情を隠そうとしているのが見て取れる。


「…大丈夫。ありがとう」


琥珀の前で必死に笑顔を繕おうとしているのがわかる。琥珀の体を起こして、一度だけ頭を撫でた後、目を細めて嫌悪の宿った瞳で目の前の人物を睨みつけた。
昴は見たことない鋭い表情を浮かべている。その表情に琥珀の身体はこわばらせた。いつもは優しい一面しか見ていなかったため、余計に怯えてしまう。

しおりを挟む
感想 112

あなたにおすすめの小説

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/01/23 19:00 アルファポリス版限定SS公開予定  累計で6300♡いいねと累計ポイント285000突破の御礼SSになります

君に不幸あれ。

ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」 学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。 生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。 静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。 静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。 しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。 「好きになられるからあいつには近づかない方がいいよ。」 玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。 それから十年後。 静は玲に復讐するために近づくが…

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

【完結】好きな人の待ち受け画像は僕ではありませんでした

鳥居之イチ
BL
———————————————————— 受:久遠 酵汰《くおん こうた》 攻:金城 桜花《かねしろ おうか》 ———————————————————— あることがきっかけで好きな人である金城の待ち受け画像を見てしまった久遠。 その待ち受け画像は久遠ではなく、クラスの別の男子でした。 上北学園高等学校では、今SNSを中心に広がっているお呪いがある。 それは消しゴムに好きな人の前を書いて、使い切ると両想いになれるというお呪いの現代版。 お呪いのルールはたったの二つ。  ■待ち受けを好きな人の写真にして3ヶ月間好きな人にそのことをバレてはいけないこと。  ■待ち受けにする写真は自分しか持っていない写真であること。 つまりそれは、金城は久遠ではなく、そのクラスの別の男子のことが好きであることを意味していた。 久遠は落ち込むも、金城のためにできることを考えた結果、 金城が金城の待ち受けと付き合えるように、協力を持ちかけることになるが… ———————————————————— この作品は他サイトでも投稿しております。

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

処理中です...