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しおりを挟む「なあ、昴?」
「ん?どうしました?」
図書室の窓際、琥珀と昴は勉強をしていた。静寂の中でカリカリと鉛筆を走らせる音が響き、二人だけの世界が広がっているようだった。
二人の距離はあの衝撃の告白から着実に近づいていた。琥珀は以前、人との距離感を詰めるのが得意ではなかったが、不思議と昴には心を許している。記憶をなくした後、慶也も親切に接してくれていたはずなのに、慶也の隣ではここまで心が軽くなることはなかった。その理由を考えようとしても答えは出ず、琥珀は深く考えるのをやめた。
そんな琥珀が唇を尖らせ、甘えように昴の肩にそっと頭を預ける。
「この問題、わかんねえ。教えて」
眉間に皺を寄せ、上目遣いで甘えるように頼むと、昴は蕩けそうな笑顔を浮かべた。
「お安いご用です。」
「やった」
琥珀が蜂蜜色の目を柔らかく細めると、昴は親指の甲で琥珀の頰をくすぐるように撫でる。
「日本に来てから目に入れても痛くないという言葉の意味がよく理解できなかったのですが、ようやく理解できました。」
昴が小さく呟くが、昴の日々繰り返される甘い言葉に「なに?」と聞き返す気力もなく、琥珀は昴の言葉を聞き流した。
記憶をなくす前、琥珀に勉強を教えていたのは慶也だった。しかし、今は昴がその役割を担っている。冗談半分で「勉強教えてくれ」と言った琥珀に対し、昴は快く「任せてください」と微笑んだのだ。
昴は琥珀よりも1学年下だが、その学力はずば抜けている。昴はイギリス人の父と日本人の母のハーフだ。
数ヶ月前まで英国の学校に通っており、飛び級するほどの優秀さを持っていた。長い期間の休みがあれば、母と共に日本の小学校へ短期で通うこともあったため、日本語は不自由ではない。
日本の高校の授業も難なく理解してしまう。だからこそ、琥珀がつまずいた箇所を簡単に解きほぐし、分かりやすく説明してくれる。
実際、昴に教わり始めてから、琥珀のテストの点数はぐんぐん上がっていた。
「最近さ、昴のおかげでテストの点が上がったんだよな。昴ってすげえ!絶対先生とか向いてると思う!でも顔が良すぎて女子生徒が集中できないかもな。」
琥珀が心の底からそう言うと、昴は照れたように微笑む。
「もったいないお言葉、ありがとうございます。でも、女子生徒の好感はいらないです。」
その控えめな態度が、さらに琥珀の胸をくすぐる。
琥珀はしばらく勉強に集中していたが、ふと机の上にあった昴の手が気になった。1本1本の指が細く長く、白い肌の色も相待って花がよく似合いそうな手だと感じた。そんな手に自分の手を重ねる。そして、ぎゅっと握ったり緩めたりを繰り返す。その仕草には特別な意味があるわけではない。
昴の体にもたれかかり、琥珀はさらに距離を詰める。昴の肩に頭を乗せるだけでは物足りなくなり、つい顎を昴の肩に乗せる。そして、甘えるように言った。
「なあ、昴ってさ、なんかいつもそんないい匂いすんの?これ、なんの匂い?」
そう言いながら、首筋に鼻を近づける。琥珀の行動に昴の心臓は早鐘のように鳴っていたが、平静を装って答えた。
「琥珀くんなら、何の匂いか当てられるかもしれませんね。もし当てられたら、ご褒美をあげましょうか?」
「えっ、ご褒美?なんだろ!」
琥珀はその一言で一気に目を輝かせた。嬉しそうに鼻をクンクンと鳴らしながら、昴の胸元近くまで顔を寄せる。その距離感に昴は心を落ち着けるのに必死だった。
だが、次の瞬間。
琥珀の肩が突然、後ろから誰かに掴まれた。そのまま引き離される勢いで、琥珀は重心を崩し、椅子ごと倒れそうになる。
「っ!」
宙に浮く感覚と、ふわりと浮き上がる心臓。恐怖で目をぎゅっと閉じた琥珀だったが、思ったような衝撃は訪れなかった。
恐る恐る目を開けると、目の前には昴の顔があった。
昴は片膝を床について、左腕で琥珀の背中を支え、右腕は琥珀の後頭部を庇っていた。その格好はまるでおとぎ話の王子様に支えられる姫のようだった。
琥珀は驚きと安堵で胸がいっぱいになる。
「怪我、ないですか?」
昴はいつもの柔らかな声で尋ねた。しかし、その表情はどこかぎこちなく、抑えきれない負の感情を隠そうとしているのが見て取れる。
「…大丈夫。ありがとう」
琥珀の前で必死に笑顔を繕おうとしているのがわかる。琥珀の体を起こして、一度だけ頭を撫でた後、目を細めて嫌悪の宿った瞳で目の前の人物を睨みつけた。
昴は見たことない鋭い表情を浮かべている。その表情に琥珀の身体はこわばらせた。いつもは優しい一面しか見ていなかったため、余計に怯えてしまう。
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