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しおりを挟む琥珀は両耳を強く塞ぎながら震えていた。その目には涙が溜まり、今にもあふれそうになっている。
「2人とも喧嘩すんな…!」
掠れた声でそう言う琥珀の様子に、慶也と昴は慌てて言葉を失った。昴はすぐに琥珀の耳に添えた手をそっと外し、琥珀の正面に移動して片膝をつく。琥珀の涙で揺れる瞳を見て、昴は困ったように眉を曲げる。
「琥珀くん、すいません。何か嫌な話が聞こえてきちゃいましたか?」
昴の問いに琥珀は一瞬だけ視線を逸らし、首を横に振る。
「違うっ……! 2人が喧嘩してるから……そのうち殴り合いとかするんじゃないかって……」
小さな声ながら、琥珀の不安がそのまま伝わる言葉だった。涙声の混じるその一言に、昴は柔らかく笑みをこぼす。
「殴り合いなんて、琥珀くんの前でそんな危ないことはしませんよ。」
優しくそう言いながらも、昴は背後にいる慶也に向かって冷たい目を向ける。慶也はその視線に気づきつつも、無言で立ち尽くしていた。
「笑うなぁ! 心配したのに……!」
琥珀は涙をこぼしながら、目の前で膝をつく昴の頭を軽く叩いた。その力は全く強くないが、琥珀なりの精一杯の抵抗だった。だが、昴の表情から笑みが消えることはなかった。
「すいません、琥珀くん。次からは、琥珀くんの前で喧嘩はしません。極力ですが。」
昴は冗談めかした口調でそう言うと、再び慶也に冷ややかな視線を向ける。それを感じ取った慶也は、小さくため息をつくと琥珀の前に近づいた。そして乱暴な手つきで、琥珀の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「琥珀が喧嘩とか嫌いなのに、俺が昴くんに手を出しそうになったから怖かったんだろ? ごめんな。」
その低い声に込められた真剣な謝罪に、琥珀は静かに頷いた。
「……うん。」
慶也の手が頭に触れる感触に、どこか懐かしい気持ちが湧き上がる。記憶を失う前のことはほとんど覚えていないはずなのに、不思議と慶也の手には安心感を覚えた。それに気づいたのか、慶也はふっと表情を緩める。
いつの間にか琥珀の目元からは涙が引いていた。ただ、泣いた後の名残で目元はまだ赤いままだったが、頰には僅かに血色が戻りつつあった。
「俺がいるとまた空気が悪くなるだろうし、一旦教室出るわ。琥珀、ごめんな。」
そう言って立ち上がる慶也に、琥珀は少し拗ねたように顔を逸らす。
「慶也のハゲ。」
軽く頰を膨らませた琥珀の表情には、記憶を失う前の面影が見えた。その姿に、慶也は思わず笑みを浮かべそうになるが、また琥珀が不機嫌になることを予測してなんとか堪える。
慶也が教室を出ると、扉の向こうから女の声が慶也を呼び止める。
「慶也」
その声を聞いた瞬間、昴の眉がわずかに動いた。琥珀はその変化に気づかず、ただ扉の方をぼんやりと見つめる。
教室には気まずい空気が一瞬漂うものの、昴はそれを払拭するように琥珀に向かって微笑む。
「琥珀くん。不快な思いをさせてしまったお詫びに何か甘いものでもご馳走させてくれませんか?」
その優しい声に、琥珀は少し驚いたように顔を上げる。そして、短く頷いた。
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