32 / 56
32
しおりを挟む琥珀は両耳を強く塞ぎながら震えていた。その目には涙が溜まり、今にもあふれそうになっている。
「2人とも喧嘩すんな…!」
掠れた声でそう言う琥珀の様子に、慶也と昴は慌てて言葉を失った。昴はすぐに琥珀の耳に添えた手をそっと外し、琥珀の正面に移動して片膝をつく。琥珀の涙で揺れる瞳を見て、昴は困ったように眉を曲げる。
「琥珀くん、すいません。何か嫌な話が聞こえてきちゃいましたか?」
昴の問いに琥珀は一瞬だけ視線を逸らし、首を横に振る。
「違うっ……! 2人が喧嘩してるから……そのうち殴り合いとかするんじゃないかって……」
小さな声ながら、琥珀の不安がそのまま伝わる言葉だった。涙声の混じるその一言に、昴は柔らかく笑みをこぼす。
「殴り合いなんて、琥珀くんの前でそんな危ないことはしませんよ。」
優しくそう言いながらも、昴は背後にいる慶也に向かって冷たい目を向ける。慶也はその視線に気づきつつも、無言で立ち尽くしていた。
「笑うなぁ! 心配したのに……!」
琥珀は涙をこぼしながら、目の前で膝をつく昴の頭を軽く叩いた。その力は全く強くないが、琥珀なりの精一杯の抵抗だった。だが、昴の表情から笑みが消えることはなかった。
「すいません、琥珀くん。次からは、琥珀くんの前で喧嘩はしません。極力ですが。」
昴は冗談めかした口調でそう言うと、再び慶也に冷ややかな視線を向ける。それを感じ取った慶也は、小さくため息をつくと琥珀の前に近づいた。そして乱暴な手つきで、琥珀の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「琥珀が喧嘩とか嫌いなのに、俺が昴くんに手を出しそうになったから怖かったんだろ? ごめんな。」
その低い声に込められた真剣な謝罪に、琥珀は静かに頷いた。
「……うん。」
慶也の手が頭に触れる感触に、どこか懐かしい気持ちが湧き上がる。記憶を失う前のことはほとんど覚えていないはずなのに、不思議と慶也の手には安心感を覚えた。それに気づいたのか、慶也はふっと表情を緩める。
いつの間にか琥珀の目元からは涙が引いていた。ただ、泣いた後の名残で目元はまだ赤いままだったが、頰には僅かに血色が戻りつつあった。
「俺がいるとまた空気が悪くなるだろうし、一旦教室出るわ。琥珀、ごめんな。」
そう言って立ち上がる慶也に、琥珀は少し拗ねたように顔を逸らす。
「慶也のハゲ。」
軽く頰を膨らませた琥珀の表情には、記憶を失う前の面影が見えた。その姿に、慶也は思わず笑みを浮かべそうになるが、また琥珀が不機嫌になることを予測してなんとか堪える。
慶也が教室を出ると、扉の向こうから女の声が慶也を呼び止める。
「慶也」
その声を聞いた瞬間、昴の眉がわずかに動いた。琥珀はその変化に気づかず、ただ扉の方をぼんやりと見つめる。
教室には気まずい空気が一瞬漂うものの、昴はそれを払拭するように琥珀に向かって微笑む。
「琥珀くん。不快な思いをさせてしまったお詫びに何か甘いものでもご馳走させてくれませんか?」
その優しい声に、琥珀は少し驚いたように顔を上げる。そして、短く頷いた。
2,022
あなたにおすすめの小説
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/01/23 19:00 アルファポリス版限定SS公開予定
累計で6300♡いいねと累計ポイント285000突破の御礼SSになります
君に不幸あれ。
ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」
学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。
生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。
静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。
静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。
しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。
「好きになられるからあいつには近づかない方がいいよ。」
玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。
それから十年後。
静は玲に復讐するために近づくが…
【完結】好きな人の待ち受け画像は僕ではありませんでした
鳥居之イチ
BL
————————————————————
受:久遠 酵汰《くおん こうた》
攻:金城 桜花《かねしろ おうか》
————————————————————
あることがきっかけで好きな人である金城の待ち受け画像を見てしまった久遠。
その待ち受け画像は久遠ではなく、クラスの別の男子でした。
上北学園高等学校では、今SNSを中心に広がっているお呪いがある。
それは消しゴムに好きな人の前を書いて、使い切ると両想いになれるというお呪いの現代版。
お呪いのルールはたったの二つ。
■待ち受けを好きな人の写真にして3ヶ月間好きな人にそのことをバレてはいけないこと。
■待ち受けにする写真は自分しか持っていない写真であること。
つまりそれは、金城は久遠ではなく、そのクラスの別の男子のことが好きであることを意味していた。
久遠は落ち込むも、金城のためにできることを考えた結果、
金城が金城の待ち受けと付き合えるように、協力を持ちかけることになるが…
————————————————————
この作品は他サイトでも投稿しております。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?
綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。
湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。
そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。
その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる