【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ

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昴は保健室に琥珀を連れて行き、腫れた頬の手当てを始める。

タオルで保冷剤を包み込み、琥珀の正面に向かい合わせになるよう椅子を置いた。琥珀の頬にそっと当てると、琥珀は一粒の涙を流した。

突然泣き出した琥珀に、昴は先ほどまでの冷静沈着な様子とは違い、明らかに動揺した様子を見せた。驚いたように目を見開き、慌てて椅子から立ち上がると、琥珀のすぐ目の前に膝をつき、琥珀の顔を覗き込んだ。


「すいません! 琥珀くん、痛かったですよねっ!?
もっとそっと当てればよかったのに……初めて人の手当てをするので、加減がわからなかったんです……本当にすいません。」


必死に謝る昴の声には、焦りが滲んでいた。だが、琥珀はまるで緊張の糸が切れたかのように、大粒の涙をポロポロと流し始める。


「くっ……ううっ……」

「こ、琥珀くん!? すいません、俺がいるせいですかね? 今すぐ保健室から出て行った方がいいですか!?」


慌てふためく昴の問いかけに、琥珀は制服の袖で涙を拭いながら、無言で首を横に振った。


「っちがう……! 昴のせいじゃないっ!」

「では、なぜ琥珀くんは泣いているんですか?」


昴は困惑した様子のまま、胸ポケットから紺色のハンカチを取り出し、琥珀の涙を優しく拭う。

琥珀は男子生徒があまり持ち歩かないハンカチが平然と出てきたことに少し驚きつつ、目を伏せ、唇を震わせながら絞り出すように呟いた。


「俺……みんなに悪いことをしたんだっ……」

「悪いことって何ですか?」


昴は心を落ち着かせるように、優しい声色で問いかける。

琥珀は唇を噛みしめながら、悔しそうに目を閉じた。


「あの人があんなに怒るくらい……事故にあって死んで帰ってこなければいいって言われるくらい、嫌なことをした……」


その瞬間、昴の手が止まった。琥珀の頬を拭っていた手が硬直し、握りしめたハンカチが小さく震える。
次の瞬間、昴は琥珀の座っていた椅子の背もたれを掴み、力を込めた。ギチギチ、と椅子が悲鳴のような音を立てる。


「……あの女が、そんなことを?」

「あの女……?」


琥珀が不思議そうに首をかしげるが、昴はそれには答えず、静かに深呼吸をした。

「気にしないでください。で、あの人が…美沙さんがそんなことを言ったのですか?」


琥珀は静かに首を縦に振った。彼にとって、それは「告げ口」ではなく、「罪悪感の告白」だった。記憶をなくす前の自分が、本当に取り返しのつかないことをしてしまったのではないかという思いが胸を締めつける。

昴の表情が一瞬だけ鋭くなる。だが、すぐに表情を緩めると、優しく琥珀の頬を撫でた。


「……あいつ、やっぱり潰すか」


小さく呟いたその言葉は、琥珀の耳には届かなかった。

琥珀はただ、自分の胸の内を吐き出すように、声を震わせながら言葉を続けた。


「俺、すごく嫌なやつだった。みんなに迷惑ばかりかけて……」


昴はゆっくりと首を振る。


「琥珀くん、確かに記憶をなくす前の琥珀くんは、世間でいう『嫌な人』に近い部分があったかもしれません。
でも、本当に皆んなに迷惑をかけていたと言えますか?」


琥珀は、涙を流しながらぽかんと昴を見つめる。


「琥珀くんが事故に遭った後も、あなたの周りにはたくさんの友人がいたと思います。もし、本当に皆んなに迷惑をかけるただの嫌なやつだったなら……誰も琥珀くんの退院を祝ってくれなかったでしょうし、近寄ってもこなかったと思います。」


琥珀はその言葉を反芻するように、ゆっくりと目を瞬かせた。


「……」


昴は琥珀を落ち着かせるように、そっと琥珀の頭を撫でる。


「琥珀くんは、信じている人には優しく、純粋な愛情を持って接することできるとても素晴らしい人でしたよ」

「……俺は、昴の迷惑になってない?」

「迷惑なわけない。逆に俺が琥珀くんに擦り寄っているというのに。迷惑と言われるのは俺のほうでしょ?」


琥珀は首を横に振る。


「昴が迷惑なわけない。俺は逆に助けられてばかりだから。」

「では、お互い様ですね。俺も、琥珀くんの存在に助けられています。」


昴は琥珀と額を合わせる。涙を流し続ける琥珀と至近距離で視線を合わせた。


「……昴は、なんで俺のことそんなに知ってるの……?」
 
まるで小さな子供が大人に問いかけるような口調だった。

昴は、幸せそうに目を細めると、さらに額を押し付けた。


「なぜでしょうね。それは後で教えてあげます。」

「……なんで? 今がいい……」

「今はダメです。」

「なんで……」


2人はお互いの息がかかるような距離感で会話をする。

先ほどまで少し隙間のあった2人の唇の距離は、今にも触れそうなほどに近づいていた。

昴は琥珀の瞳をじっと見つめ、碧色の瞳で射抜くようにその瞳をとらえた。
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