39 / 56
39
しおりを挟む昴は保健室に琥珀を連れて行き、腫れた頬の手当てを始める。
タオルで保冷剤を包み込み、琥珀の正面に向かい合わせになるよう椅子を置いた。琥珀の頬にそっと当てると、琥珀は一粒の涙を流した。
突然泣き出した琥珀に、昴は先ほどまでの冷静沈着な様子とは違い、明らかに動揺した様子を見せた。驚いたように目を見開き、慌てて椅子から立ち上がると、琥珀のすぐ目の前に膝をつき、琥珀の顔を覗き込んだ。
「すいません! 琥珀くん、痛かったですよねっ!?
もっとそっと当てればよかったのに……初めて人の手当てをするので、加減がわからなかったんです……本当にすいません。」
必死に謝る昴の声には、焦りが滲んでいた。だが、琥珀はまるで緊張の糸が切れたかのように、大粒の涙をポロポロと流し始める。
「くっ……ううっ……」
「こ、琥珀くん!? すいません、俺がいるせいですかね? 今すぐ保健室から出て行った方がいいですか!?」
慌てふためく昴の問いかけに、琥珀は制服の袖で涙を拭いながら、無言で首を横に振った。
「っちがう……! 昴のせいじゃないっ!」
「では、なぜ琥珀くんは泣いているんですか?」
昴は困惑した様子のまま、胸ポケットから紺色のハンカチを取り出し、琥珀の涙を優しく拭う。
琥珀は男子生徒があまり持ち歩かないハンカチが平然と出てきたことに少し驚きつつ、目を伏せ、唇を震わせながら絞り出すように呟いた。
「俺……みんなに悪いことをしたんだっ……」
「悪いことって何ですか?」
昴は心を落ち着かせるように、優しい声色で問いかける。
琥珀は唇を噛みしめながら、悔しそうに目を閉じた。
「あの人があんなに怒るくらい……事故にあって死んで帰ってこなければいいって言われるくらい、嫌なことをした……」
その瞬間、昴の手が止まった。琥珀の頬を拭っていた手が硬直し、握りしめたハンカチが小さく震える。
次の瞬間、昴は琥珀の座っていた椅子の背もたれを掴み、力を込めた。ギチギチ、と椅子が悲鳴のような音を立てる。
「……あの女が、そんなことを?」
「あの女……?」
琥珀が不思議そうに首をかしげるが、昴はそれには答えず、静かに深呼吸をした。
「気にしないでください。で、あの人が…美沙さんがそんなことを言ったのですか?」
琥珀は静かに首を縦に振った。彼にとって、それは「告げ口」ではなく、「罪悪感の告白」だった。記憶をなくす前の自分が、本当に取り返しのつかないことをしてしまったのではないかという思いが胸を締めつける。
昴の表情が一瞬だけ鋭くなる。だが、すぐに表情を緩めると、優しく琥珀の頬を撫でた。
「……あいつ、やっぱり潰すか」
小さく呟いたその言葉は、琥珀の耳には届かなかった。
琥珀はただ、自分の胸の内を吐き出すように、声を震わせながら言葉を続けた。
「俺、すごく嫌なやつだった。みんなに迷惑ばかりかけて……」
昴はゆっくりと首を振る。
「琥珀くん、確かに記憶をなくす前の琥珀くんは、世間でいう『嫌な人』に近い部分があったかもしれません。
でも、本当に皆んなに迷惑をかけていたと言えますか?」
琥珀は、涙を流しながらぽかんと昴を見つめる。
「琥珀くんが事故に遭った後も、あなたの周りにはたくさんの友人がいたと思います。もし、本当に皆んなに迷惑をかけるただの嫌なやつだったなら……誰も琥珀くんの退院を祝ってくれなかったでしょうし、近寄ってもこなかったと思います。」
琥珀はその言葉を反芻するように、ゆっくりと目を瞬かせた。
「……」
昴は琥珀を落ち着かせるように、そっと琥珀の頭を撫でる。
「琥珀くんは、信じている人には優しく、純粋な愛情を持って接することできるとても素晴らしい人でしたよ」
「……俺は、昴の迷惑になってない?」
「迷惑なわけない。逆に俺が琥珀くんに擦り寄っているというのに。迷惑と言われるのは俺のほうでしょ?」
琥珀は首を横に振る。
「昴が迷惑なわけない。俺は逆に助けられてばかりだから。」
「では、お互い様ですね。俺も、琥珀くんの存在に助けられています。」
昴は琥珀と額を合わせる。涙を流し続ける琥珀と至近距離で視線を合わせた。
「……昴は、なんで俺のことそんなに知ってるの……?」
まるで小さな子供が大人に問いかけるような口調だった。
昴は、幸せそうに目を細めると、さらに額を押し付けた。
「なぜでしょうね。それは後で教えてあげます。」
「……なんで? 今がいい……」
「今はダメです。」
「なんで……」
2人はお互いの息がかかるような距離感で会話をする。
先ほどまで少し隙間のあった2人の唇の距離は、今にも触れそうなほどに近づいていた。
昴は琥珀の瞳をじっと見つめ、碧色の瞳で射抜くようにその瞳をとらえた。
2,066
あなたにおすすめの小説
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/01/23 19:00 アルファポリス版限定SS公開予定
累計で6300♡いいねと累計ポイント285000突破の御礼SSになります
君に不幸あれ。
ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」
学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。
生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。
静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。
静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。
しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。
「好きになられるからあいつには近づかない方がいいよ。」
玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。
それから十年後。
静は玲に復讐するために近づくが…
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
【完結】好きな人の待ち受け画像は僕ではありませんでした
鳥居之イチ
BL
————————————————————
受:久遠 酵汰《くおん こうた》
攻:金城 桜花《かねしろ おうか》
————————————————————
あることがきっかけで好きな人である金城の待ち受け画像を見てしまった久遠。
その待ち受け画像は久遠ではなく、クラスの別の男子でした。
上北学園高等学校では、今SNSを中心に広がっているお呪いがある。
それは消しゴムに好きな人の前を書いて、使い切ると両想いになれるというお呪いの現代版。
お呪いのルールはたったの二つ。
■待ち受けを好きな人の写真にして3ヶ月間好きな人にそのことをバレてはいけないこと。
■待ち受けにする写真は自分しか持っていない写真であること。
つまりそれは、金城は久遠ではなく、そのクラスの別の男子のことが好きであることを意味していた。
久遠は落ち込むも、金城のためにできることを考えた結果、
金城が金城の待ち受けと付き合えるように、協力を持ちかけることになるが…
————————————————————
この作品は他サイトでも投稿しております。
目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?
綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。
湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。
そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。
その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる