【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ

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52 (最終話)

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慶也ははっきりとした口調で告げる。


「ずっと、好きだった」

「小さい頃から今になるまでずっと。」

「…今になるまで?」

「うん。」


慶也は小さく頷いた。
琥珀はこの状況に頭が追いつかないまま聞き返した。


「でも、彼女を作ってたし、俺のこともただの男友達だって…」

「……俺と付き合ったら、琥珀が不幸になってしまう気がして、どうしても一緒になるべきじゃないと思ってた。でも、もうそんなこと関係ないって思えるくらい、お前のことが好きなんだ。」


そう言って、慶也は琥珀を強く抱きしめた。
記憶をなくす前、何度も感じた慶也の香りが鼻をくすぐり、押し込めていた思い出が一気に溢れ出す。頬を涙の粒がつたった。

ずっと夢見ていた慶也の「好き」。
本当なら心の底から嬉しいはずなのに。
以前の自分だったら、素直に「俺も好きだ」と言えていたはずなのに琥珀の口からは同じ返事が返せなかった。


「慶也、今日伝えにきたことがあるんだ。」

「…うん」

「俺、大切な人ができたんだ。」


その瞬間、慶也が息を飲む音が聞こえた。


「…それって、琥珀のそばにいた、あの男の子?」

「うん。」

「……そっか。」


絞り出すような声だった。
どこかでその答えを予感していたのか、慶也は困ったように微笑んだ。しかし、口元は今にも泣きそうに歪んでいて、抱きしめる手が小さく震えている。


「……あの子は、琥珀に優しくしてくれる?」

「優しくしてくれるよ。すごく。」

「じゃあ、琥珀のわがままも聞いてくれる?」

「慶也?」


質問の意図がわからず、琥珀は戸惑いながら慶也の表情を覗き込もうとした。だが、慶也は後頭部に手を回し、視線を交わさぬようにしながら「いいから、答えて」と低く呟いた。


「……うん、どんなわがままでも聞いてくれるよ。俺の独占欲にだって応えてくれる。本人はなぜか嬉しそうだけど。」


昴の姿を思い出し、琥珀の口元に自然と笑みが浮かぶ。


「……っじゃあ次。どんな辛いことがあっても、悲しいことがあっても、お前の傍にいてくれる人?」


慶也の声が、問いかけるたびに震えていく。


「うん。昴なら、どんな時もそばにいてくれると思う。悲しい時も、辛い時も、そして楽しい時も嬉しい時も、俺が一緒にいたいと思える人だから。」

「……これで最後。琥珀のことを、幸せにしてくれる人?」

「うん。『絶対』なんて言葉は信じてこなかったけど、昴ならきっと、絶対に幸せにしてくれると思う。」

「……なら、よかった。本当によかったっ…。」


慶也はなんとか声を絞り出し、琥珀の肩に手を添え、そっと体を離した。


「え?」


琥珀は思わず聞き返してしまう。


「俺には叶えられなかったことを、全部叶えてくれる人だから……よかった。」


慶也の瞳に涙が浮かぶ。
それでも琥珀を真っ直ぐに見つめ、しっかりと言葉を紡いだ。


「琥珀、今まで本当にありがとう。
こんな俺を好きでいてくれて、嬉しかった。……自分の気持ちを誤魔化してばかりで、お前の心を傷つけて、ごめん。」

「……慶也。」

「どんな時も琥珀の存在が唯一の支えだった。琥珀の人生の一部になりたいとも思った。でも、これからは琥珀の幸せを見守る幼馴染でありたい。」


慶也は深く呼吸をして決心したように告げる。


「琥珀、幸せになれ。」


そう言って、琥珀の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。


「ありがとう……慶也。」


琥珀の瞳から、再び涙がこぼれた。
慶也はその涙を拭おうと手を伸ばしたが、触れる直前で止めた。


「……ほら、あの子のところに行くんだろ?
涙は、あの子に拭いてもらえよ。」


優しく背中を押され、琥珀は静かに頷く。
袖で涙を拭い、昴の元へと走り出した。

慶也はその背中を見つめながら、そっと呟く。

「……琥珀、ありがとう。ずっと好きだったよ」


慶也とは琥珀は息を切らしながら、廊下を走り屋上へと向かった。
屋上の扉を開くと、白金色の髪を風で揺らし、フェンス越しに遠くを眺める男の姿があった。
男の広く逞しい背中はその体格と反して、悲哀に満ちていた。

琥珀は乱れた息を整えながらゆっくりと男の方へと歩みを進めた。


「何やってんの?授業サボっちゃダメだろ」


男の体は大きく揺れ、ゆっくりと振り返る。


「…こは…くくん?なぜここに…」

「慶也に俺の思い伝えてきたよ」


昴は琥珀の姿を視界に入れた途端、苦い表情を浮かべ、声を震えさせた。


「なんでここにいるんですか?
慶也さんと一緒にいるはずじゃ…?」

「昴がここにいるかなって思ったから来た」


昴は戸惑いながら視線を彷徨わせた。
そして、自身の顔を手で覆った。


「…俺に対する同情でも向けに来ましたか?
俺はあなたの幸せを願ったとしても、心の狭い男ですから祝ったりまではできないですよ」


昴は自嘲する様に笑った。
昴の顔は見えないものの、辛い表情を浮かべているであろうことは琥珀にも伝わった。


「違う。」

「…では、慰めですか?」

「違う。
なんでそうなるんだよ」


琥珀は昴の背中に抱きつき、頬を寄せた。
慶也とはまた違う香りだけど、それが心を落ち着かせる。昴は琥珀に抱きつかれて体を強張らせた。


「俺、慶也に伝えてきたよ
今までありがとうって。」

「そこから2人が付き合うことになったのでは…?」


昴が緊張の面持ちで琥珀に問いかけるが、琥珀は首を横に振った。


「俺には大切な人がいて、もうその人と一緒にいるって決心が決まったとも伝えてきた。例え記憶が戻ってもその意思は全く変わらなかった。」

「琥珀くん、その大切な人って…」


琥珀は昴の腕を引き、正面から抱きしめた。


「大好きだよ。昴。
甘えてばかりでごめん。でも、これからもずっと甘えさせてほしいし、守ってもほしい。幸せにしてくれるのを昴だけだと思ってる。
俺のお願い叶えてくれる?」


昴は胸の奥から込み上げてくるものを抑える様に拳を握りしめ、小さく息をついた。
そして、琥珀の背中を包み込む様に体全体で抱きしめる。


「…はい、もちろんです。
俺にその願いを叶える大役を任せてくれますか。」


昴の声は少し震えていた。
顔を上げた昴の顔には微笑みが浮かんでいて、目元は少し赤くなっていた。


「うん、2人で幸せになろう」

「はい、2人で…」


互いの思いを通じ合わせるように額を合わした後、2人は口づけを交わした。
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