憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜

帆々

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16、ウェリントン領地での晩餐

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バート氏の弟のリュークが滞在して数日ののち、スタイルズ家に晩餐の招待があった。

 その晩のリュークは士官の軍服を着ていて、エマの目に颯爽と凛々しく映った。アシェルも物珍しそうに眺めている。

「艦を下りた兄がすっかり穏やかになっていて、ひどく驚きました」

「おいおい、余計なことを言うなよ」

 バート氏が弟の言葉に応じた。

「北面第三艦隊のバート提督と言えば、乗員は震え上がったものですよ。規律の厳しさといったら他に類を見ない。わたしは弟で、配下に着くことはなかったですが、兄にしごかれた先輩に随分いびられた」

「だから、海軍に入るなと言っただろう」

「海軍以外は儲からないとも言っていたじゃないか。どうせ軍はどこも厳しい。同じ苦労なら、財を成す機会が豊富な方がいい」

「お前のような欲にくらんだ輩ばかりが集まるから、規律をより厳しく締め上げる必要があるんだ」

 磊落な掛け合いが微笑ましい。

 海軍は平時には海賊の取り締まりを行っている。横行するそれらには、商船からの略奪品が積まれていることが多かった。その船を拿捕する際、積荷も押収する。幾らかは荷主に返還されるが、戦利品として海軍が接収する規定になっていた。

 拿捕した船の多寡で乗員の報酬も違う。当世は力量に運が味方すれば、財を成して海軍を辞すことは十分にあり得た。

「海賊は簡単に投降しますの?」

 母の問いにバート氏が答えた。

「場合によりますな。略奪品が少なければ、こちらの呼びかけに降りやすい。しかし、船倉にたんまり積み込んでいるとなれば、死ぬ気で抵抗してくる輩もありますよ」

「どうなさいますの?」

 ダイアナの問いに、次はリュークが返した。

「敵の船が沈まない程度に砲撃を仕掛け、投降を待ちます。それでも応じない時は接近し、乗り込んで制圧します」

「戦うの?」

 アシェルが声を出した。

「そうだよ」

「下の者に突撃させることはありません。艦長、副長ともなれば別だが、まず将校が剣を引っ提げ突っ込んでいく。これが海軍のしきたりです。それを見て下士官も奮い、従う。だから何はともあれ、剣術だけは怠れない」

 女性たちは顔を見合わせた。生々しい海軍の話を耳にしたのは初めてだ。剣を持ち、実際に海賊と戦うなど、話を聞くだけで震えるようだ。

「その勇敢さに守られているから、国の輸出入が盛んなのですものね。国が富むのも、海賊から守って下さる方々のお陰だと、よくわかりましたわ」

「しかし、実のところ艦の装備はこちらが数段上です。船の強さで絶対に敵わない。大砲を打てば、多くがすぐに白旗を揚げ投降します。制圧に向かうなど、年に一度あるか、ですよ」

「その分、敵の逃げ足は速くなって、追いかけるのが手間でしてな」

 晩餐の後で居間に移った。子供たちはエヴィの家庭教師ミス・ハンナがゲームの相手をして遊ばせてくれている。
 女性にはお茶が出され、バート氏とリュークは酒のグラスを手にしていた。

 母がバート氏にこの邸内の絵について質問を受けていた。廊下や各部屋に掛かる絵画は誰の手によるものか、だ。

「確か……、前にお住まいのミセス・グリーの弟さんではなかったかしら。ねえ、エマ、あなた覚えていて?」

「そうね。王都からたまにいらして、この辺りを写生なさっていたわ」

 答えて、実際のその風景画を眺めて気づく。ダイアナとリュークが絵の前で話していた。エマから見て、彼の方があれこれと問いを重ねているようだった。

 姉は穏やかな笑みを浮かべ、受け身でいる。

(ダイアナはいつだって男性に興味を持たれるわ)

 リュークは凛々しく素敵な軍人だ。大人びた上級将校でもある。こんな二人を目にしたら、姉に好意を隠さないキースはどう思うだろう。そして、その機会はおそらくある。

(しかも、お似合いね)

 帰りはバート氏が馬車で送り届けてくれた。車内では、アシェルが母にもたれて眠ってしまっていた。

「リュークさんは快活な方ね。お兄様とお年も離れているから、親子のようにも感じられるわね」

母の言葉を受けて、ダイアナがつないだ。

「バートさんのすぐ下に、女のごきょうだいがいらっしゃるようよ。ご両親はリュークさんが幼い頃に亡くなって、そのお姉様がお母様代わりにお世話をして下さったとか」

「まあ、そう。バートさんはその頃には海軍にお入りで、家を出ていらっしゃるものね」

 館に帰ってから、姉妹は二人で話した。

 エマは姉にリュークの印象を問う。

 夜着に着替え、髪をとくダイアナが返す。

「素敵な方ね」

「それだけ?」

「何を期待しているの?」

「だって、あなたに熱心に話しかけていたから」

「嫌ね、熱心だなんて。バートさんからわたしが家庭教師をしていると聞いて、それについて少しご質問があっただけよ」

 ダイアナはブラシを置き首を振る。

「海軍士官の方はどの催しでもきっと人気でしょう。裕福な令嬢の多い中、働くわたしが珍しいの」

「また近くお会いするわ。きっとダイアナに話しかけて来るから」

「おかしなことを言うわ。お近づきになっても、わたしはじきハープ州に戻るじゃない」

「そんな。一生家庭教師を続ける訳でもないのに」

 ダイアナにはいい人と出会い恋をして、幸せな結婚をしてもらいたい。そして自分よりよほど実現の可能性は高いと、エマは信じる。

「エヴィの家庭教師のミス・ハンナは、わたしよりずっとお年上よね。前の家庭に長くお勤めしたからのようなの。それだけお子さんに向き合ったということよ。一年二年で簡単に辞められる仕事ではないわ。頻繁に家庭教師が変わるのは、可哀想よ」

 ダイアナの仕事への責任感はわかる。子供達への影響も考え、勤めていることも。

(でもそれじゃ、ダイアナが婚期を逃してしまうわ)

 エマの方が焦ったく感じてしまうのだった。
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