憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜

帆々

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17、ガーデンパーティーでのこと

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バート氏が地域の人々を招き、ガーデンパーティーを開いた。

 各所に敷物が延べられ、皆思い思いの場に座る。天幕の下に軽食や菓子、飲み物がふんだんに用意された。ケーキが飾られたテーブルには子供たちが集まった。

 エマは珍しくオリヴィアに手を引かれ、その側に座った。誰かが勧める菓子を頬張ったところだ。

「あの方、どういった方?」

 オリヴィアが扇子を彼方へ向ける。その先には人と談笑するリュークの姿があった。やはり軍服姿で、颯爽とした様子が一際目を引く。

 兄のバート氏が催しには弟を伴うから、ウェリントン領地に滞在しているのは周知だ。

(リュークさんへの興味でわたしを呼んだのね)

 オリヴィアの魂胆はすぐに読めた。スタイルズ家がウェリントン領地と親しく行き来しているのも知られている。

「バートさんの弟さんよ」

「それは知っているわ」

 エマは菓子をハンカチを広げた膝に置いた。

「海軍に所属は、軍服でわかるわね。中佐でいらっしゃるそう。うちのアシェルと一緒にいる少女、エヴィの父親よ」

 オリヴィアの声が明らかに沈む。扇子を膝に落とした。

「つまらない、既婚者なのね」

「違うわ。奥様を亡くされているの。だから軍務の間、エヴィはバートさんが養育なさっているのよ」

「そうなの。早く言ってよ」

 オリヴィアはすっと立ち上がった。友人を一人連れ、エマを置いてどこかへ向かう。その先にリュークの群青の軍服が見えた。彼女は可笑しさに微笑んだ。

(あの積極性がダイアナにも欲しいところね)

 昼食はごく軽めで、空腹だった。サンドイッチをつまみ、お茶を飲んだ。近くの人と言葉を交わしていると、声がかかる。

 そちらへ向くと、キースだった。

「ねえ、エマ、ちょっといいかい?」

「ええ。何かしら?」

 キースは顎をちょっと動かし、彼女に何かを示した。

(え?)

 わからず、彼を見る。その視線の先を辿れば、リュークがいる。その相手をしているのはダイアナだった。オリヴィアではないことが意外で、彼女は目を瞬いた。

「随分親しそうにしているけど……」

「親しいかは…。でも、リュークさんには何度かお会いしているから」

 リュークに促され、二人は木立へ連れ立って歩き出した。似合いの二人だ。しかし、姉は彼に対して特別な感情を持っていないのは知っている。

「軍人は狡い。軍服を着ているだけで、女性の目を奪う。本当に狡いよ」

 リュークが女性の目を惹くのは、軍服のご利益ばかりではないだろう。精悍で端正な容姿も大きい。立場からか物腰も落ち着いているし、余裕ある大人の男性という印象を与える。

「来月催す舞踏会にも、あの彼はダイアナを離さないよ、きっと」

 ため息を吐きながらぼやくキースが気の毒で、ついもらした。

「ダイアナはリュークさんのことは何も言っていないわ。今の家庭教師の勤めを大事に思っているから、男性のことは考えていないみたい」

「そう? そうなの? きちんとしたダイアナらしいな」

 キースは喜色を浮かべた。

 嘘ではないし、誇張もない。ただ、姉が考えていない「男性のこと」には、キース自身も含まれることは気づかないようだ。

 オリヴィアは、結局兄のキースの友人たちと賑やかに話し合っている。陽気なオリヴィアではなく、落ち着いて思慮深いダイアナに執心するリュークの気持ちが、エマには何となくわかる。

 リュークと姉がもし結婚となれば、ダイアナはエヴィの母親にもなる。その考えがあるから、リュークは娘の母親に相応しい女性を求めるのだと思う。

 あちらで教誨師夫人のベルが手を振っている。エマは手を振りかえし、そちらへ急いだ。

「あの二人、いい雰囲気ね」

 遠くのリュークとダイアナを見て、ベルが言う。

「そうね」

「ねえ、エマ……」

 ベルが口ごもった。さっぱりした人で、何かを言いよどむのは珍しい。少し胸が騒いだ。

「言わない方がいいのかもしれない。でも、わたしがあなたなら、知りたいと思うから話すわね」

「なあに?」

 ベルはやや声を落とした。

「主人が、国教会の仕事でシュタットへ出掛けたの。その時の話よ」

 シュタットは王都から南の位置にある都市だ。エマは地図上の位置と名しか知らない。大聖堂があったはず、と人伝の土地柄を思い浮かべる。

「そこで、主人がレオに会ったの」

「え」

 彼女は絶句し、こちらを見るベルを見つめた。

(レオ)

 久しぶりに音として耳にすると、やはり鮮烈な響きがある。同時に、喪失の痛みがつきんと胸を刺した。

(まだ、こんなに痛むのだわ)

 癒えたとはいえないが、思うことも減った。なのに、と自分が驚いている。

 ベルは彼女を見つめながら、話を続ける。

「ちょうど、僧院を出るところだったそうよ。まだ日の高くない頃で、昨晩は僧院に泊まったのだろうと主人は言っていたわ」

「僧院って、教誨師様でなくても宿泊できるの? 聖堂の施設なのに」

 驚きにぼんやりしてしまい、自分でもどうでもいいことを聞いているとわかっていた。

「伝手があれば大丈夫。もちろん女性は駄目よ。レオなら、名家だからどうとでもなるわ」

「そう」

「主人は挨拶したの。知らない仲ではないし。レオの方も気づいて、挨拶を返したわ。「皆さんはお変わりないですか?」と。主人がそれに返すと、すぐに馬車に乗り込んでしまったそうだけど」

 返事のしようがない話だった。彼女は俯き、唇を噛んだ。

「同行者もなく、やや痩せて疲れて見えたとのことよ。どういった所用で滞在したのかは知れないけど、急いでいた風でもあるって」

 黙ったままのエマの顔をベルがのぞく。

「こちらの安否を尋ねるくらいだから、関心はあるのよ。でなければ、挨拶だけしてさっと行き過ぎてしまうわ」

「社交辞令よ。それ以外、言いようがないのじゃなくて?」

「そんなに愛想のいい方だったかしら?」

 エマが口ごもった。レオは関心のないことには冷淡な素振りも見せた。

(確かにそうだけれど)

 ベルは彼女の手を取り、握った。

「安請け合いはしたくないけれど、またこちらに来ることもあるのじゃないかしら? そうだわ。主人に直接話を聞いてみる? その時の印象とか、もっと聞き出せるかも」

「ううん。いいわ。ありがとう」

 他愛のない話だ。この土地の人間が、別な土地でレオに会った。それだけのことだ。

 一人だったこと。疲れていたようだったこと。気にかかることはあるが、それらを深く捉える意味もないだろう。

 知己の多いはずのレオが、誰かの快適な邸ではなく国教会関係者のための僧院に泊まるのも妙な気がした。しかし、男性の単身の旅ではその方が気楽なのかもしれない。

(何の旅なのかしら?)

 ふと、考えは遥か遠い彼の元へ飛んでいる。

 話題が移った。それに微笑んで応じながら、気持ちは虚ろだった。

 失恋は心の傷なのだと思う。

(わたしはまだその傷を負っている)
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