憧れと結婚〜田舎令嬢エマの幸福な事情〜

帆々

文字の大きさ
20 / 45

20、ベルの思惑

しおりを挟む
リュークがエヴィを連れて帰って行った。

 見送った後で、エマは館に入る。手紙を母に渡す時、妙な一通に気づいた。葉書で、宛名は彼女になっていた。裏面には何も書かれていない。筆跡は女性のものに思われた。

(何かしら?)

 彼女にはダイアナ以外から手紙が届いたことがない。外に知り合いがいないからだ。

 そこで、ふと胸にレオの影がよぎった。

(まさか)

 すぐに打ち消す。

(あり得ない)

 文字も何もなく、ただ彼女に届けられただけの葉書。そのどこにレオを指し示すものがあるのか。よく眺めてみるが、何も見出せなかった。

(彼の字とも違う)

 不可思議な葉書だった。しかし、捨てることも出来ず、彼女はそれを他の手紙と一緒に小箱にしまった。


 朝早く、スタイルズ家にリュークが訪れた。

 朝食の後で、姉妹は花を摘みに庭に出ていた。館の前で馬から降りた彼が、足早にエマの元にやって来る。

「用でシャロックまで行きます。何か要り用などありませんか?」

 シャロックはこの地域では一番近い都市だ。馬では一日の距離になる。

「ご親切に、ありがとうございます。母に聞いて来ます」

 ダイアナが礼を述べて、すぐに屋内に入った。二人の時間を作るために気を利かせたのがわかる。エマは気恥ずかしくなった。

 この日リュークは軍服に肩からのマントを重ねていた。剣も帯びているようだ。威儀を正した装いで、ひどく凛々しく颯爽としていた。

「軍の御用ですの?」

「ええ。部下の問題です。書面で済むと思ったが、それでは弱いようだ。急ぎで出向くことになりました」

 以前、彼が部下の懲罰に関わる手紙を受け取っていたことを思い出す。わずかに不快さを見せていたことも。部下の不始末が、上司の彼にも影響するのかもしれない。

「ご自身に及ぶことですの?」

 エマの問いに彼は首を振った。

「いえ、わたしは情状斟酌のための証人です」

「そうですか、それなら…」

「心配してくれるのですか?」

「それは、…そうですわ。懲罰とか審議とか、恐ろしい言葉を聞きましたもの」

 視線を感じ、エマは摘んだ花束を胸に顔を背けた。

「嬉しいな」

 呟くような声が聞こえた。

「美しい女性に見惚れる感性しか持たない普通の男が、一体何を釈明してやれるのか……」

「え」

 言葉の意図が読めず、彼女は顔を上げた。

 そこへダイアナが戻って来る。母は頼む用はないらしい。

「戻るのは明後日になります」

 リュークは騎馬し、姉妹に見送られて立って行った。

 午後は、仕上がった衣服を持って教誨師館に向かった。教誨師夫人のベルの依頼で縫った寄付用の衣装だ。母の分もあり、姉妹二人で大きなカゴに抱えて歩く。

「さすが、手が早くて助かるわ。出来た分から主人が届けてくれるそうなの。困っている人たちにはその方が都合がいいから」

 ベルの居間には、他の婦人の手による衣装も届いていた。それらを大きさや種類ごとに分け、箱に詰めた。

「お茶にしましょう。頂き物のケーキがあるの」

 お茶が振る舞われた。

「そう、今朝、主人が言っていたわ。馬で行くリュークさんを見かけたって。急いでいるようだったそうよ」

「ええ、シャロックへ行かれたの。軍のご用のようだったわ」

「あら、早い時間だったのに、よく知っているのね」

「朝食の後にいらしたのよ。シャロックに何か用がないか、聞いて下さったの」

「スタイルズ館に寄ったら、通りへ迂回することになるわ。お急ぎなのにご親切ね」

「お兄様のバートさんとうちの母が親しいから、気を遣って下さったのよ」

「バートさんとはうちの主人も親しいわ。領地から真っ直ぐの教誨師館には、ご親切のお声がなかったのだけれども。街への用をことづかるのは、よくあるご近所づき合いなのに」

「ベルったら、人が悪いわ」

 ダイアナがくすくすと笑う。エマにも気づいていた。ベルがリュークの親切を当てこすって面白がっているのだ。

「よく耳にするのよ、スタイルズ家の姉妹とリュークさんの話題は。子供たちも連れて、あなたたちまるで夫婦のようだと噂よ」

「夫婦のよう」には、エマもお茶が喉でむせかけた。

「教えて。あの素敵な将校さんは、スタイルズ家の姉妹を品定めして迷っているの?」

「まさか。おかしなことを言わないで」

 エマが否定すると、ダイアナがつなぐ。

「初め、リュークさんがわたしに話しかけたのは、儀礼よ。姉だからに過ぎないわ。会話も上の空でいらっしゃるのが、こちらにもわかったもの。わたしではないわ」

 初耳だった。

 リュークはダイアナの方を「何も返してくれない」と言った。余計な男には心を許すことがない用心深さを指摘していた。

 姉には、その彼こそ自分への気のなさを感じさせていたという。

(知らなかった)

 気に入った姉を脈なしと見て、次点の妹に鞍替えした訳ではないらしい。

 それはエマの中で、リュークへの印象をやや変えた。彼女を「知りたい」と言った彼の言葉に、今重みが増すのがわかる。

「紳士方の集いでもおっしゃっていたそうよ。「相手さえいれば、すぐにでも結婚したい」と。留守を守る奥方を求めるお気持ちは強そうね。お嬢さんのためにも」

「エヴィの側には、バートさんも家庭教師のミス・ハンナもいるわ」

「それは安心でしょうけれど、ご自身の家庭のことを言われたのではない?」

 ダイアナの言葉にベルも頷く。

「もう中佐まで上られたなら、この先のご出世も疑いがないわ。海軍は財産を築く方も珍しくないから、頼もしいわね。あの方、お幾つかしら?」

「次に三十三歳になるとおっしゃっていたわ」

「そう。ねえ、エマ、何かそれらしいお言葉を聞いていない? ダイアナでないなら、彼のお目当てはあなたよ」

 エマは首を振る。好意のかけらのようなものは、確かに感じる。

(でも、それだけ)

 仮に彼女を思ってくれていたとしても、出会って一月にも満たない。彼が何かを決断するには早過ぎるだろう。

「休暇のぎりぎりまでをこちらでお過ごしだそうよ。それまでが勝負ね。積極的になって気持ちを惹きつけるべきよ。彼から求婚の決め台詞を引っ張り出すために」

 ベルの言葉がおかしくて、姉妹で顔を見合わせて笑った。

「自分の気持ちもわからないのに、相手を予約するみたいなこと、無理よ」

「エマ、これは親友としても言っているの」

 と、ベルは彼女の手を取った。朗らかなベルに真剣な声音は珍しい。

「リュークさんほどの条件のいい方、もうなかなか現れてくれないと思うの。逃すのは、惜しいわ」

「だって、まだ何もないのに…」

「巧く彼の心を捕らえるのよ。もう網に引っかかっているの。後は簡単よ。そっと網をから外して、袋に入れるだけ」

 露骨な例え話に相槌も打てない。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

竜帝と番ではない妃

ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。 別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。 そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・ ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

婚約破棄された令嬢は、ざまぁの先で国を動かす ――元王太子の後悔が届かないほど、私は前へ進みます』

ふわふわ
恋愛
名門アーデン公爵家の令嬢ロザリーは、 王太子エドワードの婚約者として完璧に役目を果たしてきた――はずだった。 しかし彼女に返ってきたのは、 「聖女」と名乗る平民の少女に心酔した王太子からの一方的な婚約破棄。 感情論と神託に振り回され、 これまでロザリーが支えてきた国政はたちまち混乱していく。 けれど、ロザリーは泣かない。縋らない。復讐に溺れもしない。 「では、私は“必要な場所”へ行きますわ」 冷静に、淡々と、 彼女は“正しい判断”と“責任の取り方”だけで評価を積み上げ、 やがて王太子すら手を出せない国政の中枢へ――。 感情で選んだ王太子は静かに失墜し、 理性で積み上げた令嬢は、誰にも代替できない存在になる。 これは、 怒鳴らない、晒さない、断罪しない。 それでも確実に差がついていく、**強くて静かな「ざまぁ」**の物語。 婚約破棄の先に待っていたのは、 恋愛の勝利ではなく、 「私がいなくても国が回る」ほどの完成された未来だった。 ――ざまぁの、そのさらに先へ進む令嬢の物語。

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

処理中です...