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番外編
名もなき愛の行方・2「交錯する過去と現在」
しおりを挟む何年かぶりの皇都。
大平原に面し自然に囲まれた国境沿いとは違い、洗練された街並みによって織りなされる景色は華やかだ。馬車の中から見るその景色は、セディウスの瞳には……どこか別世界のように見えた。
「……懐かしいとすら思えないとは……。どうやら駐屯地が我が家になってしまったか」
小さく苦笑を漏らしながら、景色を眺め続けた。
長年離れていた家族との再会を考えないでもなかったが、それよりも一刻も早く直参を終えて、ネウクレアのもとへと戻りたい気持ちの方が強かった。
十五年前、侵略戦争のあと。
セディウスは継嗣の立場を弟に譲り、騎士として駐屯地へと赴任した。
公爵家の長子が、そこまでする必要はないという声が皇室や派閥の貴族からは上がっていた。
一方で、王家の血を色濃く受け継いでいる彼が最前線に立つことは、強い影響力を持つとも考えられていた。
何より、セディウス自身がそれを強く望んだのだ。
戦火に晒された皇都の痛ましい記憶が、彼を戦場へと駆り立てていた。古き魔導の血を受け継いだ力ある者である己が、戦わずしてどうするのか。
もう二度と、見慣れた街並みから上がる火の手や、路上に倒れ伏す民の姿など見たくはない。
そして、婚約者すら得ず帝国からの侵略を退けるために騎士たちを率いて戦い、今日に至ったのだ。
国に尽くし続けた半生。
ネウクレアとの運命的な出会いは、ひと筋の光のようにセディウスの頭上に射し込んできた幸福だった。
国を守るため、家族を守るため……。
すべてを捨てるようにして騎士となり、守護者の道を歩んできたセディウスが、何を置いてもこの温もりだけは手放したくないと欲したのが彼なのだ。
魔導研究機関のあるエルトラン山脈は、夏季でも気温が低い。
寒さに強い馬を手配し、防寒具に身を包んで向かう。城の回廊のように見事な舗装がされた山道ではあるが、日によっては吹雪が襲い来るほどの厳しい寒さは十分な脅威だ。
早朝に麓の宿を出発し、馬を時折休ませながら登り続けて研究機関の入口にたどり着いたのは、太陽が天高く昇った頃。体は凍え、馬もセディウスも薄っすらと雪を纏っている有様だった。
眼前には黒い岩で造られた巨大な門が、セディウスを睥睨するように眼前に鎮座している。
扉に付与された文様に触れて魔力を注ぐと、音もなく扉が左右に開いていく。
青白い光に包まれた、長大な広間が眼前に広がる。
とても山脈の中腹にあるとは思えない光景だ。
馬を引き入れ、体に付いた雪を軽く落としてやり鼻づらを撫でて労をねぎらっていると、いつの間にか現れた全身鎧の騎士が近づいてきた。
「セディウス・アーリル・レゲンスヴァルトだ。トウルムント公に目通り願いたく、直参した次第。案内を頼めるか」
騎士は小さく頷いた。
声はない。
どことなくネウクレアを思わせる姿だが、彼よりも気配が希薄だ。黒い鎧の下には、彼のような白い髪や漆黒の瞳があるのだろうか。
騎士はおもむろに馬の手綱を引いて、広間の片隅にある厩へと引き入れた。
「……ああ、すまない。ありがとう」
セディウスが礼を言うも返事はなく、そのまま踵を返して奥の通路へと進んでいく。
付いて来いということなのだろう。
気付けば凍えていたはずの体はすっかりと温かくなり、防寒着に付いた雪も消えていた。
騎士のあとを追い、灰色の石で造られた、継ぎ目の分からない不思議な通路を進んでいく。
天井に据え付けられた丸い皿状の物体から、青白い光が放たれて空間を照らしている。
いくつかの扉や通路を通り過ぎたが、目印らしい目印のないこの屋内では、騎士の案内がなければ外に出ることはままならないのではないだろうか。
いくつかの通路を進み、やがて騎士はひとつの扉の前で立ち止まった。
「ここにトウルムント公がいるのか」
騎士は沈黙を貫き、ただ扉の横で直立不動の姿勢を取る。
「また帰りも、案内を頼めるだろうか」
今度は小さくうなずいた。
……この騎士も、ネウクレアと同じく『実験体』なのだろうか。
胸の奥が微かに締め付けられたが、この騎士の心に自分が触れることは許されないだろう。
余計な行動は、しない方がいい。
後ろ髪を引かれるような思いを振り切りながら、セディウスは扉に手をかけた。
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