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番外編
名もなき愛の行方・3「魔導公との契約」
しおりを挟む書物と書類に囲まれた、青白い光に満たされた部屋で、セディウスはトウルムント公と対峙した。
ゼス・トウルムントと対面するのは、これが初めてだ。
十代の子どものように小柄な体と、ローブからのぞく枯れ枝のように細い手首。肌色は皇国人の多くとは違い、色味が薄く不健康なほどに白かった。
短く切り揃えられた銀灰色の髪に縁どられた顔立ちは凡庸で、魔導公という皇国最高位の爵位を持ち畏れ敬われている人物とは、とても結び付かない老翁だった。
……ただ、公の放つ空気は異質だ。
同じ空間にいるだけで、神経をじわじわと蝕まれていくような得体の知れない気配を放っている。気を抜くとそれに侵されて自己を見失うのではないのかと、恐れを抱いてしまうほどに。
この恐ろしい老翁から、果たして自分は許しを得られるのだろうか。
無意識のうちに、セディウスは拳を強く握りしめていた。
緊張の面持ちで立ち尽くしているセディウスに対して、机に向かい凄まじい速さでペンを走らせていた公は、その鉄色の瞳で彼を一瞥することもなく、「発言を許す」と無感情な声で言った。
低く、それほど大きな声ではなかったが、その音には聞く者を惹き付ける鋭さがあった。
セディウスは、握りしめていた拳の力をさらに強めながら深く息を吸い込んで口を開く。
「……トウルムント公、貴方の派遣した騎士……ネウクレアを、私の養子として引き取りたい。彼を、実験体としてではなく、一人の人間として、私は慈しみたい」
愛情に裏打ちされた、想いの込められた言葉。
それを受けても、公の視線は紙面から離れない。
「全面的に許可する」
無機質な……だが、明瞭な声が響いた。
「ネウクレアが貴殿からの『指導』を望む限り、ネウクレアは貴殿の『所有』とする」
カツンと、ペンが紙面を叩いた。
「貴殿は、『枷』であり、『引き金』だ」
謎めいた言葉。
「私が期待した以上の『成果』を貴殿は上げた。引き続き、ネウクレアを貴殿が『指導』することを命令する。その都合上、貴殿がネウクレアを『所有』することに対して、異存はない」
そして、不愉快な言葉の羅列。
目の前にいる老翁は、本当に血の通った人間なのだろうか。人間らしい温もりなど欠片も感じない。
再びペンが紙の上を走り始める。
「……その、『所有』、という言葉は……いささか配慮に欠ける」
セディウスは眉を顰めて、公の言葉に異を唱えた。
「彼は……、物ではない。訂正を願いたい」
「状態に違いはない。訂正する必要性は無い」
ネウクレアの口調に似た、それでいてあまりにも冷徹で無慈悲な返答だった。
ゼスの視線は、相変わらずセディウスに向けられない。
「『所有』の『形式』は問わない。貴殿がネウクレアと共に在り、『指導』し続けることが重要だ。研究機関からネウクレアへの命令は、今この時をもって無期限停止とする」
訂正されることなく吐き出される単語が、セディウスの感情を踏みにじりながら室内に響いていく。
……何たる傲慢。
さすが人格破綻者と噂されるだけのことはある。
ネウクレアの人生に大きく関わる事項であるからこそ、書面などでは済ませずに直参したというのに。
この老翁は、その機微を汲み取る気はないのだ。
苦々しい思いがしたが、その反面であっさりと許しを得られたことに心が躍った。これでもう、ネウクレアとの未来を憂えずに済むのだ。
「但し、監視用の魔導術式を付与した装身具を、ネウクレアに装着させる。これは決定事項だ。貴殿に拒否権はない」
個人の感情などまるで考慮されていない、血の通わない言葉に苛立ちを覚えた。
「……承知した」
腹の底からふつふつと沸き上がるものを堪え、平坦な声音で応える。
「その条件さえ飲めば、実質ネウクレアは……貴方から自由となれるのだな」
否と跳ねのけたところで、魔導の化身のような公の監視を逃れることなど不可能だろう。うすら寒いほどの不安が残るが、割り切るべきだ。
「自由の定義をどこに置くか、それは貴殿の主観の問題だ。私が判断する必要はない」
カツ、カツ、と二度、ペンが紙面に打ち付けられた。
「手続きを実行する」
光を帯びた紙が天井へと舞い上がり、セディウスの手元に緩やかな速さで降りてくる。
「成約書だ。魔力による署名を要求する」
そう促され、セディウスは術式文様で埋め尽くされた紙面に魔力を込めた指先で触れた。
――キィンッ!
甲高い音とともに光が弾け飛び、成約が完成する。
それは、ネウクレアの肌に施された入れ墨を彷彿とさせる精緻さだった。公自身の人外じみた不気味な異質さとは裏腹に、人を酷く惹き付ける美しさがある。
公の手によって作成されたこの美しい成約書は、これ以上ない絶対の証となるだろう。
「以上で会話を終了とする」
その言葉を最後に、彼は沈黙した。
ペンを紙に走らせる音だけが、室内に響く。
「……では、私はこれで失礼する。時間を取らせて頂き、感謝する」
返事はない。
セディウスは眉を顰め、形ばかりの礼をトウルムント公へと向けてから踵を返した。そして、冷たく青白い空間から逃げるように。足早に執務室を後にしたのだった。
ネウクレアをセディウスの養子にするという構図は、不自然ではない。
公爵家の継嗣という立場は降りたが、セディウスは伯爵位を持っている。後ろ盾として矛盾するところが全く見つからない。個人的な思惑など塗り隠してしまえるほどに、あばたがないのだ。
何年先になるか……駐屯地がもう少し落ち着いた状態になった頃に、騎士の役目を辞してネウクレアと領地で暮らすことも可能だ。
研究機関育ちの彼が、幼い頃に出来なかったであろう経験を、たくさんさせてやりたい。
家族として、彼をもっと自由な環境で慈しむことができるのだ。信頼のおける部下たちや、忠実な公爵家の使用人を引き入れてもいいだろう。
彼が何を憂うこともなく、伸び伸びと生きられるように……。
未来への希望に胸を膨らませながら、セディウスは駐屯地への帰路を急いだ。
「父上」
「……っ!(衝撃を受けた)ち、父上……か……(何故か落ち込んでいる)」
「自分が貴方を父上と呼ぶのは、不快か(無表情だがちょっと不安そうな雰囲気)」
「いっ、いや、違う。そうではないが……その、父であるという自覚はない……」
「貴方の養子になったということは、そういうことではないのか。リュディードが言っていた」
「書面上は確かにそういうことだが、その、私とお前の関係は、父と子のそれとは……やや異なる」
「(じっと見つめる)……貴方と近しい関係になったと認識したのだが」
「近しい……確かにそういう関係になったのは間違いない。ずっと、一緒にいられるぞ」
「そうか。それならば何ら問題はない(ギュっと抱き付く)」
「(か、可愛いっ! 抱き締め返して髪に口づける)今まで通り、セディウスと呼んでくれ。……これからは、お前は私の家族だ」
「ん……了解した。セディウス、もっと口づけしてほしい」
「(ぶわっと顔が赤くなった)あ、ああ……(頭を撫でながらまた口付ける)」
※父と息子という感じではないですね……!
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