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番外編
胸の奥を焦がすもの
しおりを挟むセディウスが魔導研究機関トウルムントから帰還して、数週間が過ぎた。
これまでと変わらず夜ごとネウクレアを愛でて、共に眠る幸せを噛み締めていた。その満ち足りた幸せに水を注したのは、他ならぬ研究機関から届いた小包だった。
無論、忘れていたわけではない。
監視用の魔導術式を付与した装身具を、ネウクレアに装着させること――ゼス・トウルムントから提示されたそれが――これから彼が一人の人間として自由に生きるための条件だということを。
「これが……公の言っていた装身具か」
装身具は全部で四つ。銀と金を組み合わせて作られた文様で形成された管状のそれは、どうやって作り出したのか見当もつかないほど精緻だ。
あの老翁の悍ましいまでの存在感とは結び付かない、美しい装身具。偏見なく評するならば、非常に洗練されていて侵し難い神聖さすら感じさせた。
ネウクレアの四肢に装着させろという、走り書きの命令文が添えられていた。
監視用という事実を知っているだけに、いかに美しかろうとも鎖の付いていない拘束具にしか見えない。このような物を、ネウクレアに着けさせないといけないのか。
そう思うと、気持ちが酷く落ち込んだ。
装身具が届いてから、数日後の夜。
セディウスは、ようやくネウクレアに装身具を渡すに至った。拘束具じみたそれを着けさせることをためらい、結果として日を遅らせてしまっていたのだ。
「……トウルムント公からの命令だ。この監視用の装身具を、身に着けるように」
「了解した」
ネウクレアは装身具のひとつを取ると、ためらいなく手首に当てた。
「形状変化、術式展開」
涼やかな声に反応し装身具が布のように広がったかと思うと、手首に巻き付いて肌に密着した。
驚きに目を見開くセディウスの前で、次々と装身具が装着されていく。
「装着、完了した」
四つの装身具は、驚いたことにネウクレアの肢体によく映えた。肌に施された術式文様の入れ墨とも調和し、引き込まれるような美しさだ。
セディウスは、じりじりと胸の奥が焦がすような想いを感じた。
認めたくはないが、これは嫉妬だ。
人の心など感じさせない魔導公が創り出したのであろうそれが、何よりも愛しく大切な存在にまとわり付いているだけでなく、その美しさを引き立てている。
このような光景に嫉妬せずにいられる男が、いるだろうか。
今すぐ取り外させて、粉々に砕いてしまいたい衝動に駆られた。
「……ネウクレア、それは外してはならないぞ。これから先、お前が私と共にいるためには必要な物だ」
ネウクレアは表情を変えることもなく「了解した」と、短く答えた。
「不快ではないのか?」
「不快さは、感じられない。許容範囲」
手首にはめられた装身具に白く華奢な手で触れながら、無感情な声音で彼は言った。
ネウクレアは、この装身具を不快だとは思っていないのか。
新しい全身鎧のときもそうだったが、トウルムント公の与える物に関して不満を訴えたことはない。固形食や飲料液についても然りだ。
そこに思い至ると、胸を焦がすような想いがより強く燃え上がった気がした。
あの老翁の影が、振り払えない。
「……セディウス、撫でて」
激しい嫉妬と懊悩の深みに沈んでいたセディウスの耳に涼やかな声が響き、胸元に柔らかく寄り添う温もりを感じた。
「ネウクレア……」
曇りのない美しい漆黒の瞳で胸元からじっと見上げてくるネウクレアを、セディウスはしっかりと抱き締めて頭を撫でてやった。
純白の髪の手触りと仄かな甘い香りが、胸の奥で燻る炎めいた感情を鎮めてくれた。
「ん……セディウス、もっと撫でてほしい」
「ああ……」
腕の中の温もりが、愛しくて仕方がない。
こうしてネウクレアを抱き締めて愛でていれば、胸を焦がすような嫉妬はたちまち薄れていく。幸福は、今この腕の中に在るのだ。
振り払えない影に惑わされて、一番大切なものを見失ってはならない。
セディウスは、逞しい腕の中にネウクレアを閉じ込めながら、強くそう思うのだった。
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