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本編
決戦の日
しおりを挟む――瞬く間に時が過ぎていき、ついに決戦の日は訪れた。
帝国軍をおびき寄せ決着をつけるべく、皇国はあえて彼らの行軍の妨害をしなかった。平原に布陣を開始する帝国軍は、全てを飲み込まんとする黒い波のように見えた。
軍勢を真っ先に受け止めるのは、第一騎士団の団長であるセディウスを将とし、各騎士団から選りすぐった前線部隊の騎士による混成大隊だ。
魔導公ゼス・トウルムントの提案――皇国議会にて可決された――によるネウクレアの長距離射撃攻撃が、こちらの初手だ。そして、五発の弾丸発射完了が全騎士団の戦闘開始の合図になる。
砲撃部隊の過半数を殲滅できると想定されているが、皇国魔導騎士団はたった一人の騎士に戦局の行く末を託すつもりはない。
あえて防壁の一部の石積みを薄くすることで脆くし、砲撃の振動で崩れるようにしておいた。それを餌として敵兵を意図的に誘導しながら戦う。
簡単に国境は突破させない。さらに内側に数か所の防壁と堀を設けて、その対策はしている。
そして、最終的には平原の東西に潜伏している別動隊が、背後から敵軍を切り裂き粉砕する作戦だ。
――戦の準備が整い緊迫した独特の空気が漂う駐屯地にて、ネウクレアは開戦を前にセディウスたちとの最後の言葉を交わしていた。
「ネウクレア……任せたぞ。結局、お前に頼ることになってしまったのが歯がゆいが……」
「この選択に誤りはないと判断する。貴方の無事な帰還を要求する」
「ああ、必ず戻る。待っていてくれ」
ネウクレアの真っすぐな言葉に、セディウスは微笑して彼の肩を軽く叩いた。
「おいおい団長だけずるいぞ! 俺にも帰還を要求してくれよ」
飛び跳ねて騒ぐファイスに、リュディードが思わずと言った感じで吹き出した。
「おや、やきもちですか? 大人げないですね」
「悪いか!」
騒がしいファイスに対して、ネウクレアは律儀に視線を向けて「……ファイス、貴方との手合わせがまだ完了していない。帰還を要求する」と、淡々としながらもファイスが喜ぶことが間違いのない要求をした。
「へへっ、おうよ! 帰ったら手合わせしてくれよ、くじ引きなしでな!」
実は、ファイスはくじ引きが始まって以来ずっと負け続けていて、まだ手合わせをしていないのだ。くじ運がつくづく悪い男である。
「了解した。最優先で受け付ける」
「よーし、絶対だぞ!」
ファイスがぐっと拳を突き出すと、それに対してネウクレアが少しぎこちなく拳を合わせた。
こうしたやり取りにいまだ慣れず、なんとなく真似しているといったふうだが……それなりに良い関係を築いているのだろう。ファイスが引っ張り、ネウクレアがそれに引きずられているという形ではあるが。
微笑ましいそれを目にしたセディウスとリュディードは、思わず苦笑いをした。
「団長、ネウクレアのことは任せてください。もしものときは、私がすぐに対応します」
「ああ、頼んだぞ」
リュディードの腕を軽く叩き、セディウスは防壁へと視線を向ける。装備を固めた騎士たちが、士気を漲らせながら開戦の時が訪れるのを思い思いに待っている姿を見て、彼は深い青をした目を細めた。
「……この戦いで必ず終止符を打って見せる。では、配置に着く。行くぞファイス」
「了解! さて、派手にぶっとばすか!」
「切り込み過ぎて、自分がぶっとばされないようになさい。気をつけるんですよ」
「そんなヘマしないって! こっちに帝国は絶対入らせないからな!」
拳を振り回して叫びながら、ファイスが走っていく。
「はは。まったく、いつも元気だな」
あっと言う間に小さくなっていく彼の背中を追って、セディウスは穏やかに笑いながら防壁の方へゆっくりと歩いていった。
ネウクレアはしばしその姿をじっと見送った後、リュディードに見守られながら駐屯地にそびえ立つ塔の階段を登り始めた。
防壁から数百レト離れた位置にある白い石造りの塔は、魔導銃による狙撃のために急遽、建造されたものだ。急いだとは思えないほど堅牢な造りで、どっしりと大地に座す姿は圧巻だ。
防壁を越えた高みにある塔屋上の射撃台へと出ると、はるか向こうにヴァイド軍が蠢いているのが見えた。じきに砲撃部隊が射程距離に到達するだろう。それが、戦いの火蓋が切って落とされるときだ。
眼下ではセディウスが居並ぶ騎士たちに向けて迎撃態勢を取るように指示し、ファイスが激を飛ばしている。
ファイスはともかくとして、いつもは穏やかなセディウスの声も、今日ばかりは厳しさを多分に含んでいるように聞こえた。
彼らの姿を一瞥した後、「……射撃準備に入る」と、ネウクレアは弾丸を砲身に装填し、魔導銃を構えた。
――それから暫くして、ついに帝国軍の砲撃が皇国の防壁に炸裂した。
それを合図に、ネウクレアは砲撃部隊目掛けて一発目の弾丸を放った。鉄の塊を大地に叩き付けるような、力強く鈍い轟音が響き、塔が揺れた。
初撃の砲弾を撃った敵部隊から火柱をともなう爆発が巻き起こり、次いで周辺の大砲までもが爆発し、次々と黒煙が立ち上っていく。
爆発した場所から、一斉に兵士たちが離れて輪ができあがる。凄まじい威力に倒れ伏した兵士の姿もあった。防壁越しにも分かる爆発の威力に、下方から騎士たちの咆哮のような歓声が響いてくるのを耳にしながら、無言で次の弾丸を装填した。
「……うっ、く……」
腕を動かすたびに肩に鋭い痛みが走るが、まだ耐えられる。
ゼスが言った五発が限界だというのは妥当だと感じた。全身鎧が衝撃を吸収しているが、これを五発以上撃ったとしたら、肩の骨が持たないだろう。
痛みに動きを鈍らせることもなく、防壁に炸裂する砲弾の轟音を聞きながら、素早く狙いを定めた。
二発目の弾丸が戦場の空を切り裂いて、次なる砲撃部隊へと牙を剥く。
再び上がる黒煙と、炎。
砲撃の音が減ったが、まだ止まらない。
撃つことを中断することはできない。震える手で三発目を装填。そして発射した瞬間に肩から激痛が走ったが、まだ撃てる。右肩へと銃身を後部を当て直して、四発目を撃った。
襲いくる激しい痛みにぎしりと奥歯を食いしばり、勝手に喉から飛び出そうとしてくる絶叫を殺す。
そして、五発目。
「――うあっ……!」
ついに姿勢を保っていられなくなったネウクレアは、発射と同時に体をぐらつかせた。手から離れた魔導銃が、乾いた音を立てて転がっていく。
「ぐっ!」
床に倒れ込み強かに打ちつけられ、呼吸が一瞬止まる。
「あっ、はぁっ、はぁっ……」
胸を大きく上下させ、喘ぐようにして息を吸い込む。全身が痛い。特に両肩から腕にかけて激しい痺れと激痛があり、指先ひとつ動かせなくなっていた。
「全弾、射出完了……」
ネウクレアは、微かな声で任務の完了を誰にともなく告げた。
――五発目の着弾を確認した直後、セディウスは破れた壁へ向けて手を振り下ろした。
「総員、戦闘開始だ!」
砲撃は止んでいないが、怒涛の勢いで撃たれていたのに比べれば、まるで効いていないと思えるほどだ。ここで怯んでいるわけにはいかない。
「ネウがやってくれた! 行くぞお前ら!」
魔導防壁をまとったファイスが、叫びながら真っ先に突撃していく。
「最低限の防壁を体に張っておけ! 前に出過ぎるな!」
セディウスがそれを追い、攻撃と防壁の魔導術式を同時展開しながら叫ぶ。
すでに壁側からは帝国兵による銃撃が始められている。防御を固めていなければ、こちらが一方的に仕留められる側になってしまうだろう。
崩れた石積みの狭間から入り込んできた敵兵に、ファイスの展開した複数の爆発術式が発動した。
「吹っ飛べ!」
足元に小規模の爆発を起こされ、悲鳴を上げる間もなく壁の外側へと吹き飛ばされていく。それを皮切りにセディウスを含むほかの騎士たちも、それぞれ術式による一斉総攻撃を開始した。
防壁周辺は凄まじい数の爆発音と悲鳴、怒号が入り混じる戦場へと早変わりしていった。
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