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本編
与えたいもの
しおりを挟む――戦線の炎は消え、平原に静寂が訪れた。
騎士団長として成すべきことを終え、ようやくネウクレアの安否をリュディードから伝え聞いたとき、セディウスは激しい悔恨の念を抱いた。
装備も解かず駆け付けた天幕の中で見たのは、彼の華奢な体で耐え切れたのが不思議なほどの凄惨な姿だった。
両肩に浮かび上がった大きくどす黒い鬱血痕と、肌を切り裂く無数の激しい裂傷。肩や腕に複数ある骨折と、魔力の急激な消費反動による吐血。
白い肌は更に白く、まるで死人のように青ざめていた。
リュディードの迅速な判断による応急処置で出血は最小限に抑えられ、魔力枯渇も早期に回復した。その後、縫合など適切な処置を受けて肉体的には持ち直している。
しかし、目を覚ます気配がない。ベッドの上で、身じろぎもせず昏々と眠り続けているのだ。
――『皇国を守り、貴方を守りたい』
彼が胸に抱いた、健気な想いが眩しかった。自らの意志で戦うのならば、そこには違う未来が開けるのだと信じたかった。だが、現実はあまりにも残酷だった。
「……私のせいだ。私が、彼をそうさせたのだ……」
軍略会議の夜にネウクレアの想いを確かめることなどしなければ……、命令に背き、限界を超えて自滅するように弾丸を放たなかったのではないか。
――どれほど悔いても、過去には戻れない。
終戦から十日を過ぎても、彼はまだ眠っている。皇国を救った英雄であるネウクレアの時だけが、止まったまま進んでいないのだ。
人が人を殺めた以上、戦は終われども憎しみや哀しみが薄められることはない。まだなにかしらの争いは続くだろう。だが、それでも、皇国の魔導騎士団はこれまでのような手段を選べない激しい戦いに、身を投じなくともよくなる。
ネウクレアに、もっと愛情を注いでやれる時代がきたというのに。
血の気の失せた頬を撫でるが、心地よさそうに吐息をつくこともなければ、漆黒の瞳に喜色を浮かべることもない。閉ざされた瞼が、開かない。
純白の長い睫毛が、目元に影を落としている。あどけなさよりも、痛々しさが目立つ。まるで死んだように眠る姿に、このまま目覚めないのではないかという恐怖が湧き上がり、どうしようもなく慟哭してしまいたくなる。
彼が眠る天幕の中は、静けさが満ちていた。室温は調整されているはずだというのに、なぜか空気が冷え切っているように感じる。触れている頬の冷たさが、そうさせるのか。
すべてが、冷たい。
細い体を抱き締め、温めてやりたいが、それすらも今の状態では叶わない。ベッドの横に置いた椅子に座り、両手で彼の華奢な手を包み込んで温めてやるのが精々だ。
「早く目覚めてくれ……ネウクレア」
彼の涼やかな声を聞きたい。漆黒の瞳に見詰められたい。たっぷり頭を撫でて抱きしめて甘やかしたい。美味しいと言って夢中になっていた砂糖菓子を、食べさせてやりたい。
いつものように一緒に眠ろう。
朝には目覚めの挨拶をして、また頭を撫でて甘やかして……それから、誰よりもネウクレアを愛していることを、彼がその意味を理解するまで、何度でも伝えよう。
成果を上げずとも、ただ生きているだけで与えられる愛があることを、彼に教えたい。
「お前に、与えたいものが……たくさんある。まだ、与え足りないのだからな」
――低く穏やかな声で囁き、純白の髪に覆われた頭をそっと撫でた。
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