38 / 59
番外編
固形食と飲料液
しおりを挟む――これはリュディードがネウクレアの素顔を知る前のこと。彼が、ネウクレアに砂糖菓子の差し入れをするに至るまでの物語である。
魔導研究機関トウルムントから派遣された、魔導騎士ネウクレアは、リュディードが見てきた中でもっとも癖の強い騎士である。
騎士団着任から今日まで、団長のセディウス以外は、彼が鎧を外したところを見たことがない。最近では、全身鎧そのものがネウクレアというのが団員たちの共通認識だ。
語彙がことごとく論理的で、社交辞令どころか皮肉のひとつも言わない。枯れた低い声と厳めしい鎧姿。そんな特徴があるのにも関わらず、配属された前線部隊ではファイスどころかほかの騎士たちにまで、いつの間にか弟分として可愛がられている。
――むさ苦しい部隊らしく、荒っぽい模擬戦や手合わせという名の遊びで。
そのむさ苦しさに、ネウクレアはすっかり染まっている。
『最初の模擬戦から皆に容赦がなかった』と、団長のセディウスが言っていたので、彼は元々そちら側の素養があったようだ。魔導に精通した彼には、戦闘狂のような一面があるらしい。
ファイス経由で聞いたところによると、ネウクレアは自分が何歳でどこで生まれたかも知らないらしい。気がついたときにはトウルムント公の元で過ごしていたそうだ。
幼少期の誰でも覚えているような子供らしい思い出はなく、魔導の実験と訓練ばかりしていたのだとか。精鋭ぞろいの前線部隊をして、一目置かせるほどの卓越した魔導術式の使い手だ。幼少期からの過酷な教育状況が、その能力の高さの根底にあるのだと見て間違いない。
魔導の天才……いや、奇人と名高い魔導公の英才教育だったのだと言えば聞こえはいいが、訓練と実験しか思い出がないというのは極端すぎる。人格破綻者ともっぱらの噂のある魔導公らしいといえば、らしいのか。
それであのような、論理的で淡泊な人間に育ったのか。
リュディードがファイスからそういった情報を得ているのは、主に昼の食堂だ。副団長同士の情報交換を兼ねて、毎日二人で昼食を取るようにしている。
――今日も今日とてリュディードは同僚のファイスと差し向かいで食事をしていた。
「ネウは食堂で飯食べてないんだけど、どこでなに食べてるんだろな。リュデ、知ってるか?」
「……そういえば、姿を見ませんね。知りません。貴方、誘ったりしていないんですか」
「ん? いや、いっぺん誘ったけどさ、ネウは人前で兜外さないからな。一人で食べるって言ってた」
「そうですか……。気になりますね」
「食堂からなんか持ってくとこ、見たことないしな。謎だぞ!」
肉と野菜とチーズのたっぷり挟まれた薄切りパンを頬張って、モグモグと幸せそうに頬を膨らませるファイス。じつに美味そうにものを食べる男だ。
「ふむ、本人に聞いてみましょうか」
リュディードは、食欲旺盛なファイスの食べっぷりに目を細めながら、焼き立てパンをひと口大に千切って食べた。風味を楽しみながらじっくりと噛み締め、温かいシチューを飲む。
コクのあるシチューには大きな野菜と肉がたっぷりと入っていて、しっかりと煮込まれたそれは口の中でほろりと解けていく。
こうして美味しい食事を楽しむことで、毎日の活力が養えるのだ。そう思うと、ネウクレアの食生活が急に心配になってきた。一体、なにを食べているのだろうか彼は。非常に怪しい。
「――んぐ、それがいいと思うぞ。俺も気になる」
「ファイス、もう少しゆっくり食べなさい。胃に悪いですよ」
「リュデがゆっくり過ぎるんだ。俺はこれじゃないと食べた気がしないぞ!」
同僚の小言もどこへやら。ファイスは豪快に食事を続ける。
「まあ、それで支障がないのなら……いいですけれど。いつもながらよく食べますね。貴方みたいな食べ方をしていたら、私は胃が持ちませんよ」
「そうかぁ。まあ、俺は俺で、お前はお前だよな。お代わり取ってくる!」
「はい。いってらっしゃい」
すっ飛んでいく小柄な体を見送った後。
「私の倍以上食べているのに、平気な貴方の胃袋も謎ですよ」
そう呟きながら、リュディードは苦笑した。
「――ネウクレア、貴方と話をしたいのですが宜しいですか」
翌日、ファイスたちとの訓練が終わった後のネウクレアに、リュディードは話しかけた。
「可能だ」
「そうですか。では時間を頂きますよ。……ちょっとした質問です。貴方、食事はどうしていますか。食堂では取らないですよね。天幕で取っているんですか」
「天幕で固形食と飲料液を摂取している」
「固形食と飲料液ですか……」
耳慣れない単語が出てきた。意味合いは分かるのだが。
「そうだ」
……確か、魔導研究機関から木箱がネウクレア宛てに送られていた。あれの中にそれらが入っていたのだろう。煮炊きする必要のない食料を、支給されているということか。
「……あの、差し支えなければ、私にそれをひとつ提供してもらえませんか」
どんなものを食べているのか、ますます気になった。
体調を崩している様子がないところからして、問題のない食品類なのだろうと思うが……なにやら得体が知れない感じを受ける。
「支障はない。提供可能」
「そうですか。よかったです。では、後日でいいですから、ひとつずつ提供をお願いします」
「了解した」
――こうして、ネウクレアから彼がいつも食べている固形食と飲料液を手に入れた。
「……なにか、不思議な食糧ですね」
油紙に包まれた棒状の固形食は、薄緑色の乾いたパンのようだ。回復薬と同仕様の広口の瓶に入れられた飲料液は薄い青色だった。リュディードは、それらを食堂でファイスと共に試食することにした。
「少しずつにしましょう。どんな味と素材なのかも分かりませんから」
「毒じゃないだろ。そんなびくびくしなくていいと思うぞ」
「そういうつもりではないんですが、ちょっと見た目が……。得体が知れません」
「美味そうじゃないな」
厨房の方からカップと皿を借りてきて、それぞれ少しずつ分けた。
「では、食べてみましょう」
「おう」
二人は同時に固形食をかじる。
そして、無言でしばし咀嚼してから、顔をしかめて飲み込んだ。
「……こっ、これは、なかなかに個性的で複雑な味ですね。の、飲み込めないかと思いましたよ」
なんというか、不味い。
砂と薬草を練り固めたような味だ。カビの生えたパンのほうがまだましだろう。どこをどうしたら、こんな物体ができあがるのか。
「ぶっは! まっずい! 不味いってことを難しく言うの上手いなリュデ!」
「褒めないでください。それにしても凄い味ですね。栄養はありそうですが」
「こっちも凄いのか? 飲んでみるぞ!」
複雑極まりない固形食の味にめげずに、ファイスが液体を飲んでみる。
「うぉ、めちゃくちゃな味がする! これを毎日飲んでるのか! すごいな!」
「感心するところじゃありませんよ」
「だよな! ちょっとどうかと思う!」
リュディードも意を決して液体を飲んでみたが、これまたなんとも複雑な味だった。
どぎつい薬品のような香りが鼻へ抜けていくし、舌の上にえぐみというか……表現のできない苦みが残る。
しかし、やはりこれでは人間らしい食事としての観点からしてあまりにも不十分すぎる。
もっとまともな、温かく味の良いものを食べた方が、ネウクレアの心身のためだ。
「食堂の料理を食べるよう勧めたほうが、いいかもしれませんね」
「えっ、ネウがいいと思って食べてるんだったら、このままでもいいんじゃないのか」
「そうとも言えますが、しかし、この酷さは研究機関での環境が異常だったからでしょうし……」
――本人がいいとしていても、過酷の一言に尽きる。
その境遇を想像すると、食事が喉を通らなくなりそうだ。
「彼が気兼ねなく食べられるように、仕切りを設けるなどして場所を作りましょうか」
「うーん、そうだなぁ。まず聞いてみろよ。食べる気があるんなら場所作ろうな」
「はい。そうしましょうか。ネウクレア次第ですね」
ネウクレアの選択に任せる方向で、副団長二人の意見が一致した。
――その後。
リュディードによるネウクレアの食生活改善のための『説得』が繰り広げられた。
「温かいものを食べた方が体に良いですよ」
「なぜだ」
ネウクレアはじつに淡泊に疑問を口にした。
「貴方の食事は、栄養価は高いとしても味が酷すぎます。貴方は平気なのですか」
「問題はない。身体機能になんら問題はない。消化吸収も良好だ。短時間で摂取できる」
確かにそうだ。だが、それだけでは味気ないと思わないのだろうか。
「いや、そういうことだけでは、なくてですね」
「温度と味にどのような利点があるのか、理解不能」
この辺りまでのやり取りでリュディードはネウクレアが本当に、研究機関でまともな食生活を送ってこなかったのだと明確に気付いた。
そして、これはぜひとも真っ当な食生活を送ってほしいと思った。
ファイスも彼が食堂で食べるようになれば……ともに卓を囲まないまでも、きっと喜ぶだろう。
ここが正念場だ。
気合を入れて押しにかかる。
「……あの、食堂に仕切りを作りますから、そこで兜を外していつもとは違う食事を食べてみてはいかがでしょうか。利点が理解できるかもしれませんよ」
「緊急的な必要性を感じない」
頑固だ。そして隙がない。どうしてこうなるのか。
「そ、そうですか……。もし、食事を変えたくなったら、いつでも言ってください」
「了解した」
だが、ネウクレアが実際に食堂を訪れることはなく、食生活を改善する気が本人にまるでないのだと、リュディードが思い知らされただけだった。
そうしたやり取りの後に、リュディードは、ネウクレアへの感謝や気遣いなどを込めて団長のセディウス経由で砂糖菓子を差し入れるに至った。
少しでも食に興味を抱いてほしい……という、思いも込めて。
――しばらくして、ネウクレアはリュディードに礼を言いに来た。
「リュディード……差し入れ、感謝する」
職務上では会話を交わすことはあっても、こんなふうに個人的に礼を言われることがなかった。実に素直な言葉に、リュディ-ドは驚いて書類を落としそうになった。
「えっ、あ、はい。気に入って貰えましたか」
「甘くて美味しい」
感想も、これまた素直で……どことなくあどけない。割れ鐘のような声ではあるが、なにやら可愛げまで感じるのが不思議だった。
「……そうですか。それはよかったです」
セディウスがいつぞやに言っていた『素直で、可愛げがある』とは、こういうことだったのか。これは、確かに癒されるかもしれないと、納得してしまった。
こうして、ネウクウレアの反応に気を良くしたリュディードは、皇都で有名な美しい砂糖菓子や、果物の砂糖漬けなどを取り寄せては、時折彼に差し入れるようになったのだった。
――しかし、まさか夜な夜なネウクレアがあどけなく「あ」と、口を開けてセディウスに甘味をねだっているなどとは……、リュディードは知る由もないのであった。
※本編「朝の風景」「副官の好奇心」「砂糖菓子の夜」辺りの省略した部分の話です。
127
あなたにおすすめの小説
猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした
水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。
そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。
倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。
そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。
体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。
2026.1.5〜
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
天涯孤独になった少年は、元軍人の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
※2025/11 プロローグを追加しました
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元軍人の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【連載版あり】「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩
ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。
※加筆修正が加えられています。投稿初日とは誤差があります。ご了承ください。
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる