【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり

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番外編 

酒宴騒動

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 ――年を越してから、やっと駐屯地周辺の治安と環境は落ち着いてきた。

 敗走兵もほぼ帰国し、戦によって荒れた平原は穏やかな景色を取り戻しつつある。


「そろそろ宴会でもどうですかヴァルミア副団長」

「羽目を外す時間も必要だな! よーし、やろう!」

「おおっ! ぱーっと飲みましょうや!」


 ――とまあ、そんなファイスや前線部隊の発案により、とある日に酒宴が開かれた。

 場所は鍛錬場だ。天上からはどこから持ってきたのか洒落た灯りがいくつも吊り下げられて、夜の酒場じみた雰囲気を醸し出している。

 古びた椅子と卓が適当に配置されて、そこに個人的に持ち寄られた酒や珍味、食堂から分けてもらったまかない料理などが、これでもかと言わんばかりに雑多に並べられていた。

 なんとも男らしいというか、猛者ぞろいの騎士たちらしい荒くれ感のある酒宴の光景だ。

 相変わらず部下から慕われ過ぎている騎士団長のセディウスは、ファイスをはじめとした隊員たちに寄ってたかって酒を勧められて『もう飲めないぞ。後はお前たちで楽しむといい』と、穏やかに笑いながら一刻ほどで退散している。

 帝国との戦いで大いに戦果を挙げた英雄ネウクレアに至っては、『酒精は禁じられている』の一点張りで最初から参加すらしていない。

 今頃は、天幕で眠っているだろう。


 ――酒の席に残っている主役格は、二人の副団長のみである。

「フェイリス副団長、さあ、もっと飲んでくださいよ。団長の分まで!」

「無理を言わないで下さい。飲めますけどね。ふぅ、美味しい……最近は控えていましたから、沁みますね」

「おお、いける口ですなぁ」

 品のある所作ながらも、いい飲みっぷりを披露したリュディードはすでに相当に出来上がっていた。

 怜悧さを垣間見せる顔は薄く上気し、常は厳しく引き締まっている目元が気持ち緩んでいる。

「そういえば、壁なし時代を知ってる先輩から聞いたんですが、フェイリス副団長は凄い剣術使いだったそうですね、今も強いんですか?」

 若い騎士が、好奇心を丸出しにした顔つきで、リュディードに問い掛ける。

「えっ? ああ、壁なし……久しぶりに聞きましたよその呼び名。防壁が整備されていなかった頃ですね……。まだ帝国側で銃が使われ始めるまでは、前線部隊にいました。もう十年以上前ですけれどね」

 懐かしそうに笑う顔は穏やかで、語り口も上品で柔らかい。

「リュデが前線にいたなんて聞いてないぞ!」

 とんっと、椅子の上に立ってファイスが騒ぐ。

「言ってませんからね。貴方、十年前なんてまだ騎士団に配属されてなかったでしょう」

「だな! 駐屯地には来てなかったぞ!」

「十年きっかりとしても十五歳……お子様でしたね」

「なんか腹立つぞ! 十五のときはもう見習いしてた!」

「おや、立派ですね」

 騒ぐファイスを微笑ましそうに見て、リュディードは「きっともっと小さかったんでしょうね……」と、楽し気に笑った。

「小さい言うな! でっかいくせに!」

 椅子の上で腕を組んで意味の分からないことを言うファイス、そこそこ顔が赤い。

「貴方、酔ってますね」

「お前もだぞ!」

 彼らおなじみのじゃれ合いに、皆がどっと笑う。

「あの! フェイリス副団長! 俺と手合わせお願いします!」

 その笑い声に負けず劣らずな大声が、鍛錬場に響く。先ほど質問をしてきた若い騎士だ。顔を赤くして、まるで一世一代の告白のような勢いだった。

 その勢いに虚を突かれた顔をしたリュディードだったが、すぐに頬を緩めてとろりと微笑んだ。

 婦人が顔を赤らめてしまうような、なんとも艶やかな魅力のある表情に「おお……」と、謎のどよめきが周囲から起こる。

「いいですけれど……。手加減、できませんよ。少し酔っていますし、手元が狂うかもしれません」

「念のために防壁使います。遠慮はいりませんから! お願いしますっ!」

「防壁ですか……私は使えませんが……」

 リュディードは一瞬だけ小さく苦みを帯びた笑みを浮かべ、長身を椅子からゆらりと立ち上がらせた。

「……それなら、手加減は要りませんね。遠慮なく剣を振るいますよ」

 そう言いながら、危なげない足取りで鍛錬場の片隅へと向かう。

「木剣でいいですね?」

「はいっ!」

 騎士は嬉しそうに返事をして、武器の収納棚から木剣を取り出したリュディードに駆け寄り「ありがとうございます!」と、言いながら恭しい態度で剣を受け取った。

「それじゃ、俺が審判するぞ!」

 ファイスが叫んで、椅子からぽんと軽やかに飛び降り一目散に鍛錬場の中央へと走っていく。



「――よーし! 二人とも早く位置につけ!」

「はい。わかりましたよ」

「了解です!」


 ――そして、手合わせは始まった。


「始めっ!」


  
「……ふっ!」


 短い吐息と同時に、リュディードの長躯が揺らめいたかと思うと、次の瞬間には間合いが詰められて騎士の構えた剣を遠くへ叩き飛ばしていた。

「ひえぇっ!」

 剣を失った騎士は、間の抜けた声を上げてへたり込でしまった。

「速いな! 凄いぞリュデっ! リュデの勝ちだぞっ!」

 ファイスが興奮した声を上げて、飛び跳ねながら判定を下す。

 つまみや杯を片手に眺めていた年配の騎士たちが、「早すぎるぞ!」「腰抜かしてんじゃねぇぞ若造!」などと、若い騎士にヤジを飛ばした。

 起き上がれないでいる騎士に向けて、リュディードが「油断していましたね。もう一度、仕切り直しますか?」と、微笑みながら手を差し出す。

「いっ、いえ! とんでもない! す、すごいです。見えなかった……」

 感嘆の声を上げ差し出された手を両手でしっかりと握りながら、若い騎士は起き上がった。

「あっ、ありがとうございました。俺、剣術でもっと強くなります」

 顔が赤いのは酒のせいだけではないだろう。尊敬と憧れに染まった瞳でリュディードを見上げて言った。

「そうですか。頑張りなさい。その分だけ、体は応えてくれますからね」

「はいっ!」

 騎士は握った手を放さずに、「フェイリス副団長を目標にします! またいつか手合わせしてください!」と、大きな声で叫んだ。
 
「はい。待っていますよ。私が引退する前までに、また手合わせしましょうね」

 リュディードがにっこりと笑うと「ぜ、絶対にそうします!」と、また叫んだ。

「リュデ! 俺も! 俺も手合わせ!」

 繋がっている二人の手の上に乗っかるようにして、ファイスも叫んだ。

「うるさいですよ」

「コイツばっかりずるいぞ!」

「あっ、す、すみません!」

 若い騎士は慌てながら手を放して、略式の礼をして逃げるように卓へ戻って行った。

 彼は仲間から「お前やったな!」「何してんだよ! 羨ましいことしてんなよ!」などと、囲まれて軽く殴られた。


「リュデ―! 手合わせ! 手合わせしよう!」

「騒ぐんじゃありません」

「手合わせしてくれるまで騒ぐぞ!」

 腕にしがみついて騒がれると、非常に耳が痛い。

 だが、いつもにも増して騒がしいファイスに、珍しく怒るでもなくリュディードは楽しそうにくすくすと笑った。酔いが進んだのか、先ほどよりも顔つきが緩くなっている。

「ああもう、わかりましたよ。手合わせしましょう。口を閉じなさい」

 ぴたりと黙るファイスに、リュディードはまたおかしそうに笑った。

「よし、やるぞ! 副隊長、審判してくれ!」

「了解!」

 部下に声をかけたファイスは腕からぱっと離れて、鍛錬場の片隅に飛ばされていた木剣を素早く回収した。そして「勝負だ!」と、リュディ―ドに切っ先を向けて叫んだ。

「では両者、向かい合ってください!」

 これまた酒で顔が赤くなっている巨漢の副隊長が、杯を片手に審判をする。

「俺が勝ったら拳骨十回免除な!」

「バカですか貴方」

「――始めっ!」


 くだらないやり取りが挟まれつつも、手合わせは始まった。


 ――ガンッ!

「ひゅうっ! 重たいな!」

 木剣が砕けんばかりの速度で打ちおろされたリュディードからの一撃を、ファイスは見事に受け止めた。

「ふむ、支え方が上手いですね。さすが……」

「てりゃっ!」

 全身を使って受け止めた剣を跳ね上げながら懐に飛び込むファイスを、リュディードの蹴りが襲う。

「ぬあっ!」

「甘いですよ」

「ひゃ!」

 さらに剣の柄で打ち据えられそうになり、転がるようにして間合いを取る。

「退避の動きに無駄がありますね」

「うああ!」

 それを追って間合いを詰められ、剣を突き立てられるも俊敏に跳ね起きて躱したファイスが、低い姿勢から切っ先をリュディードの脛へと叩き込む。

「やりますねっ!」 

 僅かな動きで躱したところへ、再びファイスが突っ込んでいく。

「とりゃあ!」

「ふっ!」

 ファイスの怒涛の打ち込みを、リュディ―ドが踊るように繊細な剣捌きで丁寧にいなしてく。

「ぶは! リュデ、お前凄く強いな!」

「貴方もね。ふふ、これは、楽しいです」

 体術を織り交ぜた軽妙な競り合いが続き、演習場の盛り上がりは最高潮に達した。

「ひとつ、聞きたいことがあります」

「ん? なんだっ!」

「勝ったら十回拳骨免除と、貴方、言いましたね。本気ですか」

「本気だぞ!」

 ファイスは斬り結びながら元気よく答えた。

「却下です」
 
 そのわずかな隙をついて放たれたリュディード蹴り上げにより、彼の手から剣が弾け飛んだ。

「駄目に決まっているでしょうが」

 呆れた声とともに振り下ろされた拳が、銀髪頭の天辺に炸裂した。


「……いっ、てええええええ!」


 絶叫が鍛錬場に同時に響き渡った。
 
「ぶっ、ははははは! こいつはいい! 勝者、フェイリス副団長! お見事おっ!」

 腹を抱えて笑いながらも、副隊長が判定を下す。

「ひい、ぶはっ! もう駄目だ、あはははは! おかしい! くっ、はははっ!」

「フェイリス副団長の拳が最強だな!」

「こっ、拳で一撃とか! すげぇ! くくっ、あははは!」

 団員たちの爆笑が止まらない。ファイスは体を小さく丸めて頭を抱え込み、「うう、いてぇ……酷い……」と呻いている。

「あのですね、拳骨は罰なんですよ。その免除を希望すること自体が不届きなことです。まったく、貴方ときたら……ろくな考えをもっていませんね。やはり、座学をみっちり受けさせて性根から叩き直しましょうか」

 リュディードの長い小言が、ファイスの頭上に降りそそぐ。

「嫌だ……座学、嫌いだ……」

「そういうところですよ」

「うう、リュデ、剣より拳が強いぞ……」

 やっと痛みが薄れたのか、丸めていた体を伸ばしてよろよろと立ち上がったファイスは、すっかり涙目になっている。

 愛嬌のある緑色の瞳が、今日はいつもにも増して潤んでいて叱られてしょげた犬のようだった。

「次は勝つからな。そしたらちょっと拳骨優しくしてくれ」

「懲りていませんね……まったく、つくづく駄犬だ……」

 リュディ―ドの駄犬という発言に、団員たちがぎょっとした顔で騒ぐのを止めた。

「ふふ……涙目になって……可愛いですよ」

 しんと静まり返る鍛錬場。

「ファイス、頭が痛いでしょう? 撫でてあげますよ……」

 薄く笑みを浮かべながら目を細めると、ファイスの頭を撫で始めた。

「ぬあ! おい! 駄犬ってなんだよ! 撫でるな! 俺は可愛くないぞ!」

 焦った顔をしてファイスが逃げようとするが、襟首を掴んで引き戻されて、抱え込まれてしまう。

「わあ! 放せ! 撫でるなバカ! おいっ! みんな助けろ!」

 じたばたともがくファイスだが、リュディ―ドの腕から逃れられない。

 動揺していることもあるのか、まるで大人と子供のようにされるがままに頭を撫でられて「やめろー!」と、声を上げるばかりだ。

「お、おい、あれ、どうすんだ」

「フェイリス副団長、完全に酔ってるな。目が座ってるぞ……」

「た、助けるって、どうするんだよ」

 遠巻きに見守るばかりで助けられない団員たちの前で、ファイスを抱え込んで床に座ったリュディードは、微笑みながら彼の頭を撫で続けている。

 見様によっては微笑ましいが、普段の彼らからすると違和感しかない光景だ。

「おい、リュデ! もう痛くないからやめろよ! お前ら! 見てないで早く助けろよ!」



 ――そんなファイスの叫び声が、夜の駐屯地に響くのだった。


 



















































































「……うっ、少し頭が痛いですね。昨日は飲み過ぎたようです。私としたことが」

「ほんとにな!」

「ああ、ファイス……おはようございます。貴方に拳骨を落とした辺りから記憶がありません。貴方、夕べのことはどこまで覚えていますか」

「お前、俺の頭を撫でまくってたぞ!」

「はっ? なっ、なんですかそれは。どういう状況ですか!(物凄く動揺した顔)」

「自分で思い出すといいぞ! 大変だったんだからな!(言い捨てて鍛錬場の方へ走っていく)」

「まっ、待ってください。ファイス! 待ちなさいっ!(あっという間に遠ざかる追いかけていく)」





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