美食家悪役令嬢は超御多忙につき

蔵崎とら

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美食家悪役令嬢は超御多忙につき

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 詳細は割愛するが、私は悪役令嬢である。
 この私、エイニー・パートは将来断罪されて、おそらく死ぬ。
 はっきりと死ぬ描写はなかったけれど、悪役令嬢エイニーのラストシーンは意味深な断頭台だった。だからきっと死ぬのだろう。
 なんの因果か、物語の一員として生まれてしまったのだから私はこの役を受け入れて最後まで演じきる……わけねえだろ!
 ヒロインをいじめて殺されるなんてそんな無駄な人生送ってられるか!

「はぁ~! 美味しいわねぇ」
「美味しいですねぇお嬢様!」

 そんなわけで、私は今、フレイムベアのお肉を美味しくいただいている。
 一緒に食べているのは我が家の見習いシェフであるミューアだ。
 彼女は女がシェフになんかなれるわけがないと鼻で笑われていたので、強引に連れまわすことにした。あらゆる国の食を勉強して見返してやれ、と言って。
 よって私は人生を楽しむため、彼女は勉強のため、共にあちこちを回って色んな料理を食している。15歳の学生と22歳の見習いシェフの凸凹珍道中ってやつだ。

 悪役令嬢と言うポジションを受け入れないことにしたものの、万が一運命の強制力みたいなものが働いたら私はあと数年で死んでしまう。
 だから後悔のないように、目に付いた食べたい物を全て食べようと決めた。
 美味しそうなものからゲテモノまで、興味が湧いたもの全てを。
 なんせ前世の私は病弱で、食べたい物のほとんどを食べることが出来なかったから。可哀想でしょ、前世の私。食欲なんて人間の三大欲求の一つなんだよ?
 今はどんなに食べても腹は下さないし吐きもしない。病院の世話にもならないし誰にも迷惑をかけない。まぁ気を抜くとちょっと太るけど、それは一旦置いておくとして。
 だから、食べたい物は我慢せずに食べるのだ。お店が遠くても、長蛇の列でも構わないし気にしない。どんなに遠くても己の足でそこに行くし、どんなに長い列でも己の足で並ぶ。
 そうすることで、思いがけない出会いと巡り合えたりするものだ。

「あら、このパフェ美味しいわね」

 そう、このフレイムベアのおまけで付いてきたパフェのように。
 
「本当ですね! シンプルなチョコバナナパフェかと思えば、ねっとりバナナとさくさくバナナが入ってて」
「不思議ね」

 さくさくバナナのほうは焼いたり揚げたり、とにかく手を加えたりした様子はないのに、なぜかさくさくしている。
 ミューアとともに不思議だ不思議だと首を傾げながら食べていたら、ウェイトレスのお姉さんが教えてくれた。
 このバナナは他国には流通していないこの国特有のバナナなのだそうだ。
 こんなに美味しいのに流通していないのは、少しの衝撃でも割れてしまってダメになりやすく輸送には不向きだからなのだとか。

「船でここまで来た甲斐がありましたね、お嬢様!」
「そうね。思わぬ伏兵だったわ、バナナ」

 本来ならば私は今、学園で授業を受けているはずの学生である。
 しかし、現在は学園ではなく船で13時間程の距離にあるシジルアという国にいる。
 なぜなら、珍しいフレイムベアのお肉が食べられると聞いたから。そしてそれが食べられるお店の予約が取れたから。それだけ。本当にただそれだけの理由で学園をサボったのだ。
 前世では皆勤賞こそ正義でありサボりは悪だったが、この学園はそうでもない。休みたきゃ休めばいい。まぁ王侯貴族が通う学園だもの。ゆるゆるなのである。わがままな子も多いし。
 それにこの世界の学園はどちらかといえば勉強よりも社交重視だし、結婚相手探しの場でもあるからな。
 物語通りであれば、私はその中でヒロインと第二王子を奪い合う。第二王子に相応しいのはパート侯爵家の令嬢であるこの私だ、と豪語して。
 それでも明らかにヒロインに心惹かれていく第二王子を目の当たりにし、焦った私はヒロインに嫌がらせをする。そのうちそれが明るみに出て第二王子から消されるのだ。可哀想な悪役令嬢。
 しかしまぁ、人生を棒に振るレベルで男に惚れるってのも羨ましいといえば羨ましいけれど。今の私は色気より食い気だからね。

「お嬢様お嬢様、このさくさくバナナのように輸送に耐えられないという理由で他国に流通していないとろっっっとろの桃があるそうですよ!」
「なにそれ、どこかで食べられるのかしら?」
「市場にあるってさっきのお姉さんが教えてくれました!」
「行くわよミューア!」
「了解ですエイニーお嬢様!」

 ミューアとの旅は気楽でいいな。

「はぁぁ~! 最高に美味しかったわね、とろっっっとろの桃」
「美味しかったですねぇ~!」
「お肉目当てで来たけれど、果実もいいわね。今度は珍しい果実を調べてみようかしら」
「でもフレイムベアのお肉も美味しかったですよね。巨大熊と聞いて獣臭さを警戒していたけれど、思ったより臭みはないしクセもそれほどなくって。筋肉質だからちょっと硬いのが難点でしょうかね」
「まぁでもその硬さも野性味が強くて食べ応えがあって、私は好きだったわ」

 と、我々はお母様に頼まれた大量の布を抱えながら、そんな食べ物トークに花を咲かせている。
 お母様は侯爵夫人という身分を隠しながら服飾デザイナーをやっているのだ。
 私はそこでお針子の手伝いをしてお小遣いを稼ぎ、そのお金をこうして食につぎ込んでいる。
 今回は船賃が嵩んだので、布の買い付けを手伝うという条件でお母様から援助をしてもらった。
 それもこれもここシジルアの布はとても品質がいいからだ。手触りは柔らかくて気持ちいいし、色合いも美しい。その上とても軽い。ドレスは大量の布を使うので基本的に重いものだが、この布で作ればとっても軽いドレスが出来そう。
 そしてそのドレスが売れれば、もっと遠い国へ新たな食を探しに行けそうである。

「さてと、帰りの船の中で食べる物を買い漁りに行きましょうか」
「そうですね! あ、お嬢様、私ミル牛のチーズが食べてみたいのですが」
「あー! 私もそれ気になってたの!」

 大量の布を運送業者に預けて、私たちは次の食を求めて歩き出す。
 この近くにある牧場に美味しいと評判のチーズがあるらしいので、目指すは牧場だ。

「……食べ過ぎたわね」
「……ですね」

 チーズがあんまりにも美味しくて、我々は見事に食べ過ぎていた。
 チーズの種類があんなにも多種多様だとは思っていなかった。赤いチーズ、青いチーズ、黒いチーズに七色のチーズ、ほろほろのチーズやのびるチーズ、ぱりっぱりに焼かれたチーズも美味しかった。……結果、調子に乗って食べ過ぎた。
 しかし「うぅ苦しい」と呻りながらも船で食べる用のチーズサンドとチーズスナックはしっかりと確保してきている。

 そうして楽しい国外の旅を終えて、また13時間をかけて母国へと足を踏み入れた。
 チーズの食べ過ぎで苦しんでいた我々だったが、13時間もあればきれいさっぱり消化されているわけで。

「お腹が空いたわね」
「ここアルヴィエ領といえば特産品は海鮮とアルヴィエ牛ですよね」

 港町であるアルヴィエ領の海産物はとても美味しい。
 そして丹精込めて育てられたアルヴィエ牛は、それはそれは柔らかく上等な肉質で、世界中にファンがいる最高級のお肉なのである。
 海産物もアルヴィエ牛もどちらも食べたい……しかし時間を考えるとどちらか一方しか選べない。

「鬼エビのグラタン円盤ウニ乗せと、アルヴィエ牛のローストビーフ……どちらが食べたい?」
「両方食べたいですね」
「私だって両方食べたいけれど……でも両方食べるとなると時間がないわよ。あなたは明日用事があるのでしょう?」

 そう、ミューアは明日別の食材を手に入れるという大事な用事があるらしいのだ。

「明日用事があるのはあの山なんですよねぇ」

 と、ミューアが少し離れた場所に見える山を指した。

「近いわね。……ということは、ここに一泊して明日食材を入手して帰ったほうが」
「効率的ですね!」
「宿が取れたら一泊することにしましょ」

 だってグラタンもローストビーフもどっちも食べたいんだもん!
 善は急げというわけで、近くにいた女性に声をかけた。目星をつけているお店はあるのだが、今日行くつもりではなかったので地図を用意してきていなかった。だから場所がよくわからない。

「少しお尋ねしたいのですが、このお店とこのお店、ここから近いのはどちらでしょうか?」

 私はメモ帳を見せながら、女性に尋ねる。

「えっ、あっ、ええと、ここからでしたら海の見える丘食堂のほうです。この道を真っ直ぐ進むと小高い丘がありますので、そちらに」

 海の見える丘食堂ということは、ローストビーフが食べられるお店だ! と、嬉しさで顔がにやけそうになるのを堪えながらぺこりと頭を下げる。

「ありがとうございます」
「いいえ、あの、もしよろしければ馬車をご用意いたしましょうか?」
「いえいえ結構です。歩いて行きますので。ご親切にどうも」

 私は愛想笑いを浮かべて、女性の申し出を断った。
 なぜなら道中に良さそうなお店を見付けたらそこにも入らなければならないから。馬車に乗ると見逃してしまう。

「さっきの女性、お嬢様がパート侯爵家のご令嬢だって気付いてた気がしません? 挙動不審でしたし」
「侯爵家の人間だって分かるような物は何も持っていないわよ?」
「そうですけど。服の上質さとか顔立ちの美しさとかは隠せませんし?」
「あら美しいなんて言ってくれるのね。そんな優しいミューアには私秘蔵の飴玉をあげるわ」
「わー飴玉~!」
「……まぁでも美しいかどうかはともかく容姿でバレないこともないわね。確かアルヴィエ伯爵家のご子息はクラスメイトだったはずよ。多分……」
「クラスメイトの記憶が曖昧」
「興味が薄いのよ」

 確か入学当初、クラスメイトにアルヴィエ牛と同じ名前の人がいるなと思ったことがある気がする。顔までは覚えていない。
 まぁそんなことはどうでもいい。ずっと前から食べたいと思っていたアルヴィエ牛のローストビーフがついに食べられるのだから、学園のことなど考えている場合ではない。
 確か海の見える丘食堂の近くには海の見える丘公園があって、その周辺にいくつか宿があったはず。どこかで宿がとれればいいのだけれど。
 ……なんて考えながらローストビーフを楽しんだ後、いいお宿のいいお部屋がいともあっさりと確保出来た。
 あまりにもあっさり過ぎて何か裏でもあるのだろうかと勘繰ったけれど、特に何も起きやしない。
 さらにはその後食べた鬼エビのグラタン円盤ウニ乗せにはおまけの巨大ホタテのバター焼きまで付いてきた。めちゃくちゃ美味しかった。あと本当に巨大だった。
 やたらともてなされている感があったので、今度こそ何かあるのかと思ったわけだが、結局のところやっぱり何も起きやしなかった。
 おかしいなぁ、と首を傾げる私に、ミューアが「お嬢様が可愛いからですかねぇ」なんて言うので、調子に乗った私は彼女に秘蔵の飴玉を三つほどプレゼントしておいた。

 翌日、ミューアが仕入れたいと言っていた食材を求めて山へ向かう。
 そこには厳つい猟師さんがいて、怖い顔をしながら「ほら、持っていけ」とミューアに大きな袋を渡していた。
 怒っているのだろうかと彼の顔をそっと窺っていると、ふと目が合って、彼は小さく笑ってくれた。怒っているわけじゃなく、普通の顔がただ厳つくて怖いだけらしい。

「想定よりも重いのですが」

 と、不意にミューアが呟いた。とても訝し気な表情で。

「そんなことはない」
「いやいやありますって。頼んだ量より多いですよね?」
「いいやそんなことはない」

 ミューアと猟師さんの押し問答が始まった。しかしミューアはともかく彼はちょっと楽しそうなので、あれはきっとわざとおまけを入れてくれているに違いない。
 あれこそまさにミューアが可愛いからだろう。微笑ましいな。

「……頼まれたホワイトナックルと苔猪のほかに月夜鳥の肉が入ってる」

 観念した猟師さんがぽつりと零した。

「ほらやっぱり! お代を払います」
「いらない」
「月夜鳥なんて滅多にとれない高級食材ですよ!?」
「急にキャンセルが入って余っただけだ」

 ちなみにホワイトナックルはエグい岩のような角が特徴的な白い鹿、苔猪は苔しか食べないくせにやたらとデカい猪で、両方とも畑や庭園を荒らす害獣である。
 月夜鳥は満月の夜だけ活発に動くという中型の鳥で、お肉がとても美味しいらしい。食べてみたい。
 結局「払う」「貰わない」の押し問答に決着がついたのは、猟師さんの「次にまた鹿や猪の肉が必要になったら俺に頼んでくれ」という言葉に、ミューアが「じゃあ今後ともよろしくお願いします」と返して、契約が成立した時だった。
 だから要するにミューアが可愛いからまた会いたいってことでしょ? 微笑ましいな~。

「月夜鳥のお肉が傷む前に早く帰らなきゃですね」
「あぁ、氷竜の鱗が入ってるから痛むことはない」
「はぁ!? 鱗のお代はさすがに払いますー!」

 また押し問答が始まったわ。
 ちなみに氷竜は竜ではなく、洞窟などの暗くて涼しい水場に生息しているただの魚。体中骨だらけでお肉は食べられないけれど、鱗が保冷剤のような役割を担ってくれる便利なお魚なのである。全長2メートルくらいあって、鱗は手のひらサイズだったはず。
 そんなことよりどう見たって猟師さんからの貢物なんだからありがたく受け取っちゃえばいいのに。私はあの猟師さんの恋路を応援するわ。

 そんな楽しい旅から一ヵ月半が経過した頃のこと。
 事件は唐突に起こった。
 どうやら物語の、運命の強制力とは本当にあったらしい。
 なんか第二王子が騒ぎ出したなぁと思っていたら、突如として私が槍玉に挙げられた。私は一切何もやっていないのに、彼らの頭の中では私が悪事を働いたことになっているらしい。
 幻覚でも見えてんのか? と思ったけれど、どうやら私を嵌めるために裏で何か工作をしていたようだ。
 私自身が何もしなかったとしても、私の存在自体が邪魔なのだろう。
 ヒロインは男爵家の娘であり、私は侯爵家の娘。王侯貴族の結婚なんて親の画策で勝手に決まったりするものだ。
 そして他の高位貴族のお嬢さんたちは皆婚約者がいるのに、私だけ完全なフリー。消しておきたい気持ちも分からんでもない。迷惑だけど。

「お前は入学当初からこのケイリーンをいじめていたそうだな!」

 事実無根なんだけど、どうしたもんか。
 今ここで反論なんてしようものなら問答無用で断頭台まっしぐらなのだろうな。

「お前はことあるごとに騒ぎ立て、ケイリーンを悪者に仕立てあげようとした」

 それは今お前がやっていることでは?
 そもそも私はこの学園内で騒いだことなどない。美味しい物を目の前にしてテンションが上がることならあったけれど、それは学園外でのこと。
 私が黙っているのをいいことに、第二王子はあの行事の日にあれをしただの、この行事の日にこれをしただの、偽造資料と共に私の罪状とやらを並べ立てている。
 ちなみにどちらの行事の日も私は学園におらず、王都内のカフェで数量限定の激かわケーキを食べていたり季節限定の超豪華アフタヌーンティーセットを楽しんだりしていた。あの頃は限定品にハマっていたのだ。
 ケーキもアフタヌーンティーセットも猛烈な人気で、早朝から長蛇の列に並ばなければいけなかったから両日ともに学園には顔すら出していない。
 もう一度食べたいけれど、季節限定のほうは無理かもしれないな。この様子じゃあ次の季節が巡ってくる前に断頭台行き確定だもの。
 そっと視線だけで周囲を見渡してみたところ、私の味方は誰一人としていない。
 偽造資料に異を唱える者もいないし、それどころか皆同調している。おそらく発言の中心が第二王子で、その周囲には公爵家の兄弟だの侯爵家の双子だの辺境伯の息子だのと権力者が揃っているから疑問を抱いても下手に指摘出来ないのかもしれない。
 それか第二王子が周囲の人間を全て買収したか。ここにいる全員が私の敵かもしれない。何もしてないのに。怖い話だ。

「極め付きはこれだ!」

 第二王子は大声でそう言って、ヒロインの腕を指さした。
 ヒロインの手首から肘にかけてが包帯でぐるぐる巻きにされている。あれがなんだと言うんだ。

「一ヵ月半前、俺の剣術披露の会の日に学園内に暴漢を引き入れてケイリーンを襲わせたそうじゃないか! それだけでは飽き足らず、ケイリーンのドレスをずたずたに引き裂いたんだろう!」

 けんじゅつひろうのかい……? 何それ知らない。っていうか一ヵ月半も前の話をなぜ今になって? ……私があんまり学園にいないからかな……。

「なんだその顔は! とぼけたって無駄だ!」

 何それ知らないの顔です。まあなんかそんな行事があったのだろう。
 一ヵ月半前ってことは私が学園に、というかこの国にいない間にそんなことをやってたのかな? 第二王子の剣術になんかこれっぽっちも興味がないから全然分かんないんだけど。

「恐れながら王子殿下、発言の許可をいただけますでしょうか」

 何それ知らないの顔を我慢しようとしていたところ、私の後ろのほうから声がした。
 誰の声だか知らないが、まだ私の罪を作り上げようとしているのだろうか。めんどくさいな。

「なんだ! 誰だお前は!」
「バークスナイト・アルヴィエと申します」

 ……アルヴィエかぁ。あぁ、最後にもう一回アルヴィエ牛が食べたかったなぁ。あのときはローストビーフだったから、今度は豪華にステーキが良かった。
 シジルアで買った布で作ったドレスが沢山売れればステーキにも手が届くんじゃないかと思ってたんだけどなぁ。

「その日、エイニー嬢は学園にいなかったのではないかと思われるのですが」
「なんだと!? 俺が嘘をついていると言うのか!」

 いや嘘ばっか言ってるじゃん。アンタの発言は最初から全部嘘っぱちだよ。

「そうではなく、エイニー嬢はその日うちの領にいらっしゃいました、という事実を述べているだけです」

 確かに、一ヵ月半前はアルヴィエ牛を食べていた。……が、まさか第二王子に向かって反論する奴がいるとは。

「しょ、証拠はどこにある!?」

 第二王子が動揺しながら、なぜかこちらに向けて証拠を出せと言い出した。

「アルヴィエ領の港から出ているシジルア行きの乗船券の半券ならありますが」
「シジルア……? お、お前まさか、俺の剣術披露の会に来なかったというのか……?」
「はい。フレイムベアのお肉が入荷されたのが、丁度一ヵ月半ほど前でしたので」
「ふれいむべあ……? い、いや、そんなものが証拠になるものか!」
「フレイムベアを食べるためのお店は完全予約制ですので、お店に確認していただければ証拠にはなるかと。それにアルヴィエ領では宿にも泊っておりますので、宿のほうにも確認していただければ。あと猟師からホワイトナックルと苔猪、満月の日にしか捕獲出来ないという月夜鳥のお肉も買いましたので……」

 聞かれたから答えただけだが、肉ばっか食ってるなって我ながらちょっと恥ずかしくなった。お魚も食べておけば良かった。

「エイニー嬢が我が領で宿に泊まった証拠でしたらすぐにご用意出来ます。それにあの日は確かに満月でした」

 アルヴィエ伯爵家のご子息がなぜか援護射撃をしてくれている。第二王子は彼を買収し損ねていたのかもしれない。ありがとうアルヴィエ牛。

「お前、俺の剣術よりもフレイムベアを選んだというのか……?」
「……そうですね、以前から食べてみたかったもので」
「俺の、俺……だぞ……?」

 え、この人まさか全世界の女が皆俺のことを好きだと勘違いしてる系のやつ? やだ怖い。

「お前は、俺と結婚したくないのか……?」
「結婚したいなどと思ったことは一度もございませんので、そちらのご令嬢とどうぞお幸せに」

 私の言葉に、第二王子もヒロインも、その周辺にいた高位貴族の人たちも、皆唖然としていた。
 そしてこの騒動を聞きつけて集まってきていた野次馬の中からはちらほらと失笑の声が漏れ聞こえている。
 まさか彼らがとんだ笑いものになったせいで、その罪的なものを被せられて断頭台へ!? と思っていたら、とことことアルヴィエ伯爵家の子息が近付いてきた。

「初めましてエイニー・パート様。バークスナイト・アルヴィエです。俺は、我が領を代表してあなたにお礼がしたいとずっと思っていたのです」
「お礼?」
「はい。我が領にあのエイニー・パート様がいらっしゃったと評判になりまして、そのお陰で海の見える丘食堂は連日大盛況、鬼エビのグラタンもここ一ヵ月は午前中で売り切れてしまうほど。さらにあの宿は3年先まで予約で埋まってしまいました」

 あのエイニー・パートって何!? 私なんか噂にでもなってるの!?

「ただの田舎だと言われていたアルヴィエ領が、あなたのおかげで今や有名観光地のような大盛況ぶりです」
「わ、私が行っただけでそんなことに……?」
「ご存知ないのですか? エイニー嬢が来てくださるお店は大繁盛するのですよ」
「え、え、なぜ」
「エイニー嬢が美味しいと言って食べた物は間違いなく美味しいので、皆同じものをこぞって食べに行くから、ですね」

 いつの間にそんなことに!? と混乱していると、アルヴィエ伯爵家の子息ことバークスナイト・アルヴィエがくすくすと笑う。

「エイニー嬢が知らなくても無理はありません。評判になっているのは平民たちの間で、ですから」
「平民……?」
「エイニー嬢は平民が細々と経営している小さな店にも出没しているでしょう?」

 美味しい物があるところなら誰がどう経営していても知ったこっちゃない。

「ここからは相談、というか商談に近い話なのですが……あ、殿下、お話は終わりましたでしょうか?」

 エイニー嬢をお借りしたいのですが、と低姿勢ながらも有無を言わせぬ圧を放っている。

「お、終わっていない! お前は、お前は……その」
「第二王子殿下、ご心配なさらずとも私はあなたと結婚するつもりなど一切ございません。一筆必要でしたら我が父に頼んでおきますので」
「お前は、俺が好きなんじゃない、のか?」
「どこでどう勘違いされたのか、ちょっと分からないのですが、そのような事実はございませんね」

 とりあえず適当な愛想笑いを浮かべながらそう述べていたら、集まった野次馬の中から小さな声で「フレイムベア以下」という言葉が聞こえてきて死ぬほど笑いそうになった。あぶねー。
 しかも別にフレイムベアと比べたこともない。だってまず剣術披露の会とか知らんかったし。

「じゃあ、じゃあなぜ誰とも婚約していないんだ……?」
「え? ええと、そういう機会がなかったから……ですかね? 別にどなたからも声が掛からなかったので」

 どこからも声が掛からない上にこちらからも声を掛けていないので婚約する相手がいないだけ。端的に言えば、モテない。ただそれだけ。
 なんでこんな大勢の前でモテないという事実を晒されなければならないのか……。

「俺と結婚するために全ての縁談を断っていた……わけじゃ……」
「いえ、そもそも縁談など来ておりません」
「な、ぜ?」
「知りませんが、私に価値がないからですかね?」

 どこからも声が掛からなかったってことは、そういうことじゃない?

「え、じゃあ今から声を掛ければ俺にも可能性が?」

 ふとバークスナイトさんから声を掛けられた。

「そうですね。そちらが誰とも婚約していらっしゃらないのであれば。まぁ一度父に話を通す必要はありますけど」
「うちの領は田舎なので、今のところ来てくれるご令嬢がいらっしゃらなくて」

 バークスナイトさんはそう言って笑うけれど、アルヴィエ領はとてもいいところだった。
 アルヴィエ牛は美味しかったし鬼エビも巨大ホタテも美味しかった。
 さらには大きな船が出入りする港があるから他国とも繋がれる。
 あと普通にバークスナイトさんの顔もいい。結婚相手にするなら結構な優良物件に見えるけど。

「うちに嫁いできてもらえれば、アルヴィエ牛は定期的に食べられます。海産物は季節に応じて旬があるので、多種多様な料理を飽きることなく楽しめます」
「なんて魅力的」
「さらに最近は豚の飼育にも成功したところです」
「本当ですか!」
「こちらもアルヴィエ牛のようにブランド化出来たらと思っております。先日試食したのですが、とても美味しかったです」

 試食出来るなんて羨ましい、と言う気持ちが顔に出ていたのかもしれない。

「ちなみに試食はアルヴィエ家の仕事の一環ですので、俺の妻となれば必ず試食が出来ます」

 と、追加情報を重ねられた。なんてプレゼン上手。

「……と、まぁ結婚の話は一旦保留にするとして、相談したいことというのがその豚のことなのです」
「豚、ですか」
「エイニー嬢は様々な料理を食していると思うのでお尋ねしたいのですが、豚の美味しい調理法を何かご存知ですか?」
「そういうことであれば私と一緒に行動している見習いシェフが考えてくれると思います。彼女はホワイトナックルも苔猪も月夜鳥も美味しく調理してくれましたので」

 私が食べたい豚料理と言えば、今のところしゃぶしゃぶかなぁ。

「ぜひその見習いシェフのかたも交えて相談させていただけませんか? アルヴィエ牛のステーキを含むフルコースをご用意させていただきますので」
「喜んで!」

 フルコースだなんてとっても楽しみだしきっとミューアも喜ぶわ!

「それでは第二王子殿下、失礼いたします。あ、その私がやったという悪事の件は事実無根であるという証拠を全て揃えて後日お届けいたしますね、一応」

 私とバークスナイトさんは揃って彼らに頭を下げ、その場から立ち去ったのだった。


 それから数ヵ月。
 私とバークスナイトは本当に結婚した。完全に胃袋を掴まれたのである。私が。
 結婚する前の期間中に、第二王子殿下から「やっぱりお前と結婚したかった」といった旨の手紙を頂いたが、バークスナイトとの結婚の手続きが進んでいたし、我が父が「いくら王族とはいえ無実の罪を着せようとしたのに、それをなかったことにはできますまい」と王家の人たちを黙らせていた。
 別にヒロインがいるんだからそっちとくっつけばいいじゃんと思ったのだが、どうやらヒロインの身分が低いことがネックになっているらしい。噂では王妃様がヒロインのことをめちゃくちゃ嫌がっているって話だった。
 ま、そんなこと私にはまったくもって関係ないんだけどね。

「ただいまエイニー」
「おかえりなさい、バークスナイト」
「ほらこれ、お土産だよ。ミューアの新店舗開店のお祝いも兼ねて」

 そう言ってバークスナイトが取り出したのは、ガーネットベリーのジュースと何かの肉だ。

「こっちはスパークアリゲーターの肉……」
「ワニ肉! 嬉しいわ、食べてみたかったの!」
「食べられるの、これ……。あ、こっちは音速鳥のもも肉だって」
「あの月夜鳥に負けずとも劣らないという音速鳥!? ミューア!」

 ちなみに音速鳥とは音速と見紛うほどの猛スピードで飛ぶ鳥で、そんな速度で飛んでるくせにもも肉には適度な脂肪分が乗っていてめちゃくちゃ美味しいと噂の鳥である。胸肉は筋肉質過ぎてあんまり美味しくないらしい。
 さらにちなみに、ミューアはめでたくあの猟師さんと結婚した。そして今、このアルヴィエ領内に自分のお店を開店させたのである。

「よし! 今夜は皆でお祝いのバーベキューよ!」


 美食家元悪役令嬢の日々は、こうして超御多忙なまま過ぎていく。




 
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