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第38話 王弟殿下のお屋敷
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私は王弟殿下のお住まいにしばらく滞在できることになった。
家から飛び出したのは私だが、結果、とんでもないことになった。
これではタダ飯食らいである。いたたまれない。
アーネスティン様はお友達としてここに居ればいいわとおっしゃられたが、私はビクビクして侍女頭のピエール夫人のところにあいさつに行った。
「ハワード伯爵家の三女のエレクトラと申します。誠に身に余ることながら、アーネスティン様のお招きでしばらくお世話になることとなりました。不行き届きなところが多々あると存じます。ご遠慮なくお教えいただけましたら幸いでございます」
ピエール夫人と言うのは、アーネスティン様付きの侍女頭だった。気難しい顔をした年配の婦人で、元は乳母だったらしい。
ピエール夫人の顔が怖いのと、王弟殿下のお家なんて宮廷と変わるところがないので、伯爵家などとはだいぶ作法も違うはず。私がへまをしたら、招いてくれたアーネスティン様に申し訳ない。
下手に出ておいて本当によかった。
私がお友達気分でないことは、夫人に伝わったらしい。ビシバシ教えてくれた。その方が持って回ったいい方よりよく伝わる。
一日、二日経つうちに、ピエール夫人から及第点が出た。
「全くなっていませんが、教わろうと言う気持ちだけはよろしいでしょう。精進するのですよ」
「はいっ。ピエール夫人!」
「今日はアーネスティン様が婚約者のオーウェン様を訪問なさっていてお留守ですから、その間に覚えなさい」
私は他の侍女たちに混ざって、せっせと働いたし、ピエール夫人の手が空いたときは作法を教わった。ピエール夫人はよく見ていて、細かくダメ出しをしてきた。
忙しすぎて、セバスがどう思ったか、義母が何を考えたか、考える余裕がなかった。
王弟殿下のお屋敷は、滞在するだけで大変だ。吹けば飛ぶような伯爵家の娘は、ここでは何の意味もない。親戚でもないからだ。
おそらく出自は私が一番高いと思うが、そんなことは関係ない。働いて結果を出さないと、必ず虐められると思う。学園にもいかなくてはならないので、他の侍女たちのように成果を出す時間がなかった。
私はアーネスティン様のお屋敷にいる間に、どんどん痩せてしまっていた。
アーネスティン様はひどくそれを気にして、侍女の真似事をするために来てもらったのではないからとおっしゃったが、私は気にしないでくださいませとお願いした。
いずれはアーネスティン様に仕えるのだ。今のうちから教えてもらった方がいい。
そう言うと、アーネスティン様はとても困った顔をされたが、私に婚約者候補はいても婚約者はいない。候補がいるので、婚活もできない。その道は封じられた。実家には義母たちがいて、妙な婚約者を決めて押し付けてくるから帰れない。
勉強も頑張らないといけない。
しかし、この必死な日々は実を結んで、ピエール夫人にやる気だけではなく、仕事についても認めてもらえた時はホッとした。
「もっと頑張ります!」
「もっと優雅になさい。必死過ぎて引かれるわ。アーネスティン様のおそば仕えになるなら、もっと優雅にしないと」
もっともだ。アーネスティン様に嫌われては元も子もない。しかし、次に続く言葉は衝撃だった。
「でも、あなたは身なりがずいぶんと……おうちの家格の割に、問題ねえ」
私は頭を殴られたような気がした。
セバスに頼んで服を送ってもらいはしたが、いずれも古い服に手を入れたものばかりだった。義母たちが来てから、新しいドレスを作ったことがない。
「まあ、お金のない家も最近は多いですから。仕方がないことね」
アーネスティン様のところに奉公に出ようかと言うくらいですからねと、ピエール夫人に、妙に納得されてしまった。
私は本当に打ちひしがれた。
母が生きていてくれたら、こんなことにはならなかったと思う。
母は陽気で社交好きだった。病気であっという間に亡くなってしまったが、生きている頃は毎週のようにパーティが開かれ、大勢の人たちがやってきていた。
私がいるので、同じくらいの年頃の子どもがいる夫人たちが多く招かれ、子どもは子ども同士で遊んで、それなりに楽しかった。
子ども同士でも、大貴族の子どもだというのは親の態度からすぐわかるけれど、特に機嫌を取るような真似は出来なくて、私はごく自然に、誰とでもいっしょに遊ぶ子どもだったと思う。
その頃はドレスがないなんて考えたことがなかった。
むしろ、母がかわいらしいピンクを着せようとか、レースやリボンが多すぎる服を着せようとするので困っていた。私はそんなにかわいらしい娘ではない。
侍女たちや母自身も、私がそう言うと大仰に驚いたような様子を見せて、こんなにかわいいのに! とよく言っていたが、侍女は使用人だし母は親だからかわいいと言うに決まっていると、年の割にクールな子どもだった。
今なら、ピンクだろうが赤だろうが、文句は言わない。買ってもらえるだけありがたい。
だが、あんな高いものは、もはや手が届かないだろう、一生。
一瞬、モートン様と結婚したらと言う気がした。少年と結婚だなんてなんだか嫌だけど、お金に不自由がないならその方がマシかもしれない。
その時、天啓のようにピエール夫人の声がした。
「学園を優秀な成績で卒業してこちらへ勤めることができれば、年に金百枚もらえますから服くらい買えます。それにアーネスティン様について表に出るときは、公爵家から、身なりを整える費用は別に出ますから、心配はいらなくなりますよ」
私はたちまち夢想から目が醒めた。
「それに、あなたの身分なら、どこかの貴族の端くれの方が見初めてご縁があるかもしれません」
アーネスティン様がおっしゃっていた話だ。
「あなたは、なかなかかわいらしい顔をしていますしね。大丈夫ですよ。私が、変な人物かどうか、見極めますから」
ピエール夫人が何か言っていたが、私は、母が亡くなったことを嘆いていても仕方ない、ここで頑張って、自分で道を切り開こうと決意を新たにした。
家から飛び出したのは私だが、結果、とんでもないことになった。
これではタダ飯食らいである。いたたまれない。
アーネスティン様はお友達としてここに居ればいいわとおっしゃられたが、私はビクビクして侍女頭のピエール夫人のところにあいさつに行った。
「ハワード伯爵家の三女のエレクトラと申します。誠に身に余ることながら、アーネスティン様のお招きでしばらくお世話になることとなりました。不行き届きなところが多々あると存じます。ご遠慮なくお教えいただけましたら幸いでございます」
ピエール夫人と言うのは、アーネスティン様付きの侍女頭だった。気難しい顔をした年配の婦人で、元は乳母だったらしい。
ピエール夫人の顔が怖いのと、王弟殿下のお家なんて宮廷と変わるところがないので、伯爵家などとはだいぶ作法も違うはず。私がへまをしたら、招いてくれたアーネスティン様に申し訳ない。
下手に出ておいて本当によかった。
私がお友達気分でないことは、夫人に伝わったらしい。ビシバシ教えてくれた。その方が持って回ったいい方よりよく伝わる。
一日、二日経つうちに、ピエール夫人から及第点が出た。
「全くなっていませんが、教わろうと言う気持ちだけはよろしいでしょう。精進するのですよ」
「はいっ。ピエール夫人!」
「今日はアーネスティン様が婚約者のオーウェン様を訪問なさっていてお留守ですから、その間に覚えなさい」
私は他の侍女たちに混ざって、せっせと働いたし、ピエール夫人の手が空いたときは作法を教わった。ピエール夫人はよく見ていて、細かくダメ出しをしてきた。
忙しすぎて、セバスがどう思ったか、義母が何を考えたか、考える余裕がなかった。
王弟殿下のお屋敷は、滞在するだけで大変だ。吹けば飛ぶような伯爵家の娘は、ここでは何の意味もない。親戚でもないからだ。
おそらく出自は私が一番高いと思うが、そんなことは関係ない。働いて結果を出さないと、必ず虐められると思う。学園にもいかなくてはならないので、他の侍女たちのように成果を出す時間がなかった。
私はアーネスティン様のお屋敷にいる間に、どんどん痩せてしまっていた。
アーネスティン様はひどくそれを気にして、侍女の真似事をするために来てもらったのではないからとおっしゃったが、私は気にしないでくださいませとお願いした。
いずれはアーネスティン様に仕えるのだ。今のうちから教えてもらった方がいい。
そう言うと、アーネスティン様はとても困った顔をされたが、私に婚約者候補はいても婚約者はいない。候補がいるので、婚活もできない。その道は封じられた。実家には義母たちがいて、妙な婚約者を決めて押し付けてくるから帰れない。
勉強も頑張らないといけない。
しかし、この必死な日々は実を結んで、ピエール夫人にやる気だけではなく、仕事についても認めてもらえた時はホッとした。
「もっと頑張ります!」
「もっと優雅になさい。必死過ぎて引かれるわ。アーネスティン様のおそば仕えになるなら、もっと優雅にしないと」
もっともだ。アーネスティン様に嫌われては元も子もない。しかし、次に続く言葉は衝撃だった。
「でも、あなたは身なりがずいぶんと……おうちの家格の割に、問題ねえ」
私は頭を殴られたような気がした。
セバスに頼んで服を送ってもらいはしたが、いずれも古い服に手を入れたものばかりだった。義母たちが来てから、新しいドレスを作ったことがない。
「まあ、お金のない家も最近は多いですから。仕方がないことね」
アーネスティン様のところに奉公に出ようかと言うくらいですからねと、ピエール夫人に、妙に納得されてしまった。
私は本当に打ちひしがれた。
母が生きていてくれたら、こんなことにはならなかったと思う。
母は陽気で社交好きだった。病気であっという間に亡くなってしまったが、生きている頃は毎週のようにパーティが開かれ、大勢の人たちがやってきていた。
私がいるので、同じくらいの年頃の子どもがいる夫人たちが多く招かれ、子どもは子ども同士で遊んで、それなりに楽しかった。
子ども同士でも、大貴族の子どもだというのは親の態度からすぐわかるけれど、特に機嫌を取るような真似は出来なくて、私はごく自然に、誰とでもいっしょに遊ぶ子どもだったと思う。
その頃はドレスがないなんて考えたことがなかった。
むしろ、母がかわいらしいピンクを着せようとか、レースやリボンが多すぎる服を着せようとするので困っていた。私はそんなにかわいらしい娘ではない。
侍女たちや母自身も、私がそう言うと大仰に驚いたような様子を見せて、こんなにかわいいのに! とよく言っていたが、侍女は使用人だし母は親だからかわいいと言うに決まっていると、年の割にクールな子どもだった。
今なら、ピンクだろうが赤だろうが、文句は言わない。買ってもらえるだけありがたい。
だが、あんな高いものは、もはや手が届かないだろう、一生。
一瞬、モートン様と結婚したらと言う気がした。少年と結婚だなんてなんだか嫌だけど、お金に不自由がないならその方がマシかもしれない。
その時、天啓のようにピエール夫人の声がした。
「学園を優秀な成績で卒業してこちらへ勤めることができれば、年に金百枚もらえますから服くらい買えます。それにアーネスティン様について表に出るときは、公爵家から、身なりを整える費用は別に出ますから、心配はいらなくなりますよ」
私はたちまち夢想から目が醒めた。
「それに、あなたの身分なら、どこかの貴族の端くれの方が見初めてご縁があるかもしれません」
アーネスティン様がおっしゃっていた話だ。
「あなたは、なかなかかわいらしい顔をしていますしね。大丈夫ですよ。私が、変な人物かどうか、見極めますから」
ピエール夫人が何か言っていたが、私は、母が亡くなったことを嘆いていても仕方ない、ここで頑張って、自分で道を切り開こうと決意を新たにした。
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