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第69話 ハワード侯爵の破格の苦労
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「まあいいじゃない。手紙は物理で迫ってこないから」
私の目の前で、次はどのマカロンにしようか悩んでいるのはアーネスティン様だ。
学校帰りにウチヘ遊びにこられたのだ。
何を言ってるのかと思ったが、アーネスティン様はオーウェン様の押せ押せ攻勢に悩んでいるらしかった。
「卒業前に式をあげたいと?」
「うーん。言ってしまえばそうなのよね。困るのよね」
隣国の王位の行く末は、父が言っていたように、二転三転して定まらなかった。アーネスティン様は隣国の様子を見ると、学校を退学してまで結婚に踏み込むことはできないでいるらしい。
「しっかり外国語を勉強して、地理や歴史や、状況把握も頑張らないと。何事にも準備期間て要るわよね」
「賢明なお考えですわ。アーネスティン様」
私はつい感心した。
ご身分柄、仕方なく王太子妃になるとしても、そのあとは自力である。隣国は外国。うまく受け入れられるかどうかわからない。
「私も及ばずながらお手伝いいたしますわ。一緒に外国語を頑張りましょう。状況把握も。マーク様もお手伝いしてくださることと信じております」
マーク様は嵐のように手紙を書いて送ってくる。中には隣国の時事ネタもあって、なかなか貴重だ。
マーク様からの手紙によると、父が隣国から帰ってこれないのには理由があった。
『国王陛下のハワード侯爵への信頼は、あまりにも暑苦しくて、侯爵が自国へ帰ると言い出しても許可が下りないくらいだ』
リアルで隣国の国王の姿を伝えてくる。でも、暑苦しくてって、どういうこと? 厚いの間違い?
『あなたの父上を見ていると、あんな風にだけはなりたくないなあと……』
この一文はどういう意味だろう? 確かに父は大変だとよく愚痴っていたけれど。
私はマーク様からの手紙を、アーネスティン様に向かって一部読み上げた。あなたに会いたいとかそう言うのは割愛したが、留学先で聞き集めた隣国の噂などは有益かもしれないからだ。
アーネスティン様は実家より気楽だからと言って、義母たちがいなくなって以来、よくウチに遊びに来るようになっていた。格式が高いのもいろいろ大変そう。
ウチの使用人が大喜びして、アーネスティン様を心を込めてもてなしたから、そのせいもあったと思う。
手紙の読み上げを聞いて、アーネスティン様はおっしゃった。
「マーク君はよく見てるわねえ」
「そうですわ。ちょっと、行き届き過ぎじゃないかと思うくらいですわ」
「でも、今の国王陛下が異常なんじゃないかしら? ハワード侯爵は本当にかわいそうだわ」
「ここまで好かれて、頼られるのは確かに異常ですけど」
後妻の王妃様が怖いのだ。国内は混とんとしていて、誰が味方かわからない。
「反対派の貴族に、毒殺されたりしたら嫌ですものねえ」
そこへ行くと、隣国の大使の父は、国内的には利害関係がないので最も信用できることになるらしかった。
「おかしいわよね。隣国の人間なのに」
それはもう猛烈におかしかったが、父は弟子のマーク様同様、立ち回りだけはうまいらしく、何か疑いを掛けられるたびにサッと自国へ帰ってくる。もう、ご縁はございません、疑う理由がないでしょ? と言う訳だ。
アーネスティン様が隣国に行くのは、面倒な今の王家が全員拘束されるとか、カタが付いてからだろう。それまでは、父が頑張って(隣国の!)国王を支え続けないといけないらしかった。
「今度、公爵になるかもしれなくてよ? あなたのお父様」
「そんなことってあるのですか?」
私はピスタチオのマカロンを賞味しながら聞いた。この間、ただの伯爵から侯爵になったばかりなのに?
「隣国の王が、隣国の公爵位を授与するって言っているらしいの。隣国の公爵になると、隣国の勢力図に組み込まれてしまいそうなので、要りませんって言いたいらしいの。この国の公爵位を先に持っておかないと、隣国からの叙爵を断れないらしいわ」
爵位って、そんな理由でホイホイ渡されるものだったかしら?
「まあ、本当にあなたのところのお父様は大変ねえ。隣国の王様、王太子殿下が亡くなってから神経症にかかって、夜はあなたのお父様が子守唄を歌ってあげないと寝付けないらしいから」
私はしばらく黙っていたが、どうしても聞きたくなってアーネスティン様に聞いてみた。
「隣国の王様って、おいくつでしたかしら?」
「確か六十二だったと思うわ」
私の父は五十歳前のはず。嫌な六十二歳だなー。義母の次は、気持ち悪い老年王様か……。ウチの父は何か悪いものに憑りつかれているのかもしれない。
確かに父に私の様子に気を配る余裕はなかったかもしれない。ちょっとだけそう思った。
そして翌年、マーク様が戻ってこられた。
私の目の前で、次はどのマカロンにしようか悩んでいるのはアーネスティン様だ。
学校帰りにウチヘ遊びにこられたのだ。
何を言ってるのかと思ったが、アーネスティン様はオーウェン様の押せ押せ攻勢に悩んでいるらしかった。
「卒業前に式をあげたいと?」
「うーん。言ってしまえばそうなのよね。困るのよね」
隣国の王位の行く末は、父が言っていたように、二転三転して定まらなかった。アーネスティン様は隣国の様子を見ると、学校を退学してまで結婚に踏み込むことはできないでいるらしい。
「しっかり外国語を勉強して、地理や歴史や、状況把握も頑張らないと。何事にも準備期間て要るわよね」
「賢明なお考えですわ。アーネスティン様」
私はつい感心した。
ご身分柄、仕方なく王太子妃になるとしても、そのあとは自力である。隣国は外国。うまく受け入れられるかどうかわからない。
「私も及ばずながらお手伝いいたしますわ。一緒に外国語を頑張りましょう。状況把握も。マーク様もお手伝いしてくださることと信じております」
マーク様は嵐のように手紙を書いて送ってくる。中には隣国の時事ネタもあって、なかなか貴重だ。
マーク様からの手紙によると、父が隣国から帰ってこれないのには理由があった。
『国王陛下のハワード侯爵への信頼は、あまりにも暑苦しくて、侯爵が自国へ帰ると言い出しても許可が下りないくらいだ』
リアルで隣国の国王の姿を伝えてくる。でも、暑苦しくてって、どういうこと? 厚いの間違い?
『あなたの父上を見ていると、あんな風にだけはなりたくないなあと……』
この一文はどういう意味だろう? 確かに父は大変だとよく愚痴っていたけれど。
私はマーク様からの手紙を、アーネスティン様に向かって一部読み上げた。あなたに会いたいとかそう言うのは割愛したが、留学先で聞き集めた隣国の噂などは有益かもしれないからだ。
アーネスティン様は実家より気楽だからと言って、義母たちがいなくなって以来、よくウチに遊びに来るようになっていた。格式が高いのもいろいろ大変そう。
ウチの使用人が大喜びして、アーネスティン様を心を込めてもてなしたから、そのせいもあったと思う。
手紙の読み上げを聞いて、アーネスティン様はおっしゃった。
「マーク君はよく見てるわねえ」
「そうですわ。ちょっと、行き届き過ぎじゃないかと思うくらいですわ」
「でも、今の国王陛下が異常なんじゃないかしら? ハワード侯爵は本当にかわいそうだわ」
「ここまで好かれて、頼られるのは確かに異常ですけど」
後妻の王妃様が怖いのだ。国内は混とんとしていて、誰が味方かわからない。
「反対派の貴族に、毒殺されたりしたら嫌ですものねえ」
そこへ行くと、隣国の大使の父は、国内的には利害関係がないので最も信用できることになるらしかった。
「おかしいわよね。隣国の人間なのに」
それはもう猛烈におかしかったが、父は弟子のマーク様同様、立ち回りだけはうまいらしく、何か疑いを掛けられるたびにサッと自国へ帰ってくる。もう、ご縁はございません、疑う理由がないでしょ? と言う訳だ。
アーネスティン様が隣国に行くのは、面倒な今の王家が全員拘束されるとか、カタが付いてからだろう。それまでは、父が頑張って(隣国の!)国王を支え続けないといけないらしかった。
「今度、公爵になるかもしれなくてよ? あなたのお父様」
「そんなことってあるのですか?」
私はピスタチオのマカロンを賞味しながら聞いた。この間、ただの伯爵から侯爵になったばかりなのに?
「隣国の王が、隣国の公爵位を授与するって言っているらしいの。隣国の公爵になると、隣国の勢力図に組み込まれてしまいそうなので、要りませんって言いたいらしいの。この国の公爵位を先に持っておかないと、隣国からの叙爵を断れないらしいわ」
爵位って、そんな理由でホイホイ渡されるものだったかしら?
「まあ、本当にあなたのところのお父様は大変ねえ。隣国の王様、王太子殿下が亡くなってから神経症にかかって、夜はあなたのお父様が子守唄を歌ってあげないと寝付けないらしいから」
私はしばらく黙っていたが、どうしても聞きたくなってアーネスティン様に聞いてみた。
「隣国の王様って、おいくつでしたかしら?」
「確か六十二だったと思うわ」
私の父は五十歳前のはず。嫌な六十二歳だなー。義母の次は、気持ち悪い老年王様か……。ウチの父は何か悪いものに憑りつかれているのかもしれない。
確かに父に私の様子に気を配る余裕はなかったかもしれない。ちょっとだけそう思った。
そして翌年、マーク様が戻ってこられた。
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