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ゴールデンウィーク編前半
沙緒莉と変わった本屋へ行ってみた
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僕と沙緒莉姉さんは大学近くの本屋へと向かった。無風と言ってもいいくらい穏やかな気候で春の日差しも心地良いこともあり、僕は春物のアウターが無くても良かったのではないかと思っていた。沙緒莉姉さんも心地良い陽ざしに包まれて楽しそうに見えた。
僕が三年後に通うかもしれない大紅団扇大学の近くは高校や中学に比べて商店だけではなく飲食店も多いようだ。大学の講義も連休のため無いのは知っているのだが、大学生らしき人達が何人もその辺りの飲食店に入っていくところを見かけたのだ。
「この辺ってね、学生街って事もあって学割のある店が多いんだよね。でも、学割があると言っても他の店より高い店の方が多いんだよね。ウチの大学ってお金持ちの家庭が多いからそうなのかもしれないけど、普通の感覚でお店に入ったら値段で驚いちゃうんだよね」
「沙緒莉姉さんはそんな店に行ったことあるの?」
「何回か行ったことあるんだけどさ、美味しいけど高いなって思ったよ。スパゲティ一皿が二千円とかするからビックリしたもん」
「その店って、味は良かったの?」
「多分美味しいんだと思うよ。私は普通の人よりそういうのを食べなれてないというか、味がするものなら大抵は美味しいって思っちゃうからね。昌晃君が食べたら美味しいかわかるかもよ」
「ちょっと興味はあるけど、高校生にとって一食で二千円は高すぎるかな。食べ放題とかだったら行ってみたいなとは思うけど、スパゲティだったら遠慮しちゃうかも」
「だよね。私のイメージでは学割使ったらワンコインになるって感じだったもん」
「それはわかるかも。僕も学割って言われたらそんなイメージもってるよ」
僕はこの辺りのお店を一通り教えてもらったのだけれど、沙緒莉姉さんが入ったことのある店はほとんどないようで、初めてここに来た僕でもわかるような紹介しかされなかった。
ただ、これから向かう本屋は学生向けの学術書が充実しているようで、他にも専門書が多く取り揃えているらしい。よほどのことが無い限り今日は本を買う予定はないとのことだが、それなりの値段のする本ばかりだと思うのでそれは仕方ないと思う。
僕もおそらく今日は何も買わないと思うのだが、気になる本があれば思わず手に取ってしまうかもしれないと思う。そんな出会いを僕は期待して本屋に行くことが多いのだ。
「じゃあ、私は三階の専門書の所に行ってくるね。私のは結構時間がかかっちゃうかもしれないし、昌晃君は自由に見てていいからね。一階と二階は一般向けの本とか多いからその辺を見て回るといいと思うよ」
「わかりました。僕も一通り見て気になった本が無ければ三階に行ってみますね。どんなのがあるのか少し興味がありますから」
「昌晃君が大学に入ってどんな勉強をするのか参考になるかもしれないもんね。じゃあ、一通り見終わったら三階にきてね」
僕は沙緒莉姉さんが階段を上っていったのを見届けた。家の中だったらスカートの中が丸見えになっているんだろうなと思っていたのだけれど、本屋の階段ではそんな事は一切なかったのだ。家の階段よりもこちらの方が踊り場もあって狭い分角度はあると思うのだが、不思議な事にスカートの中身を確認することは出来なかったのだ。いや、それが普通だと思ってしまった。
さて、初めての本屋というのは意外と緊張するもので、どこに何があるのか探すのも楽しかったりする。一般向けの新刊やベストセラー作品など一通り用意されているようだが、僕の良く行く本屋には無い漫画とライトノベルのランキングがあるのが意外だった。
大学近くの本屋という事で硬い本が多いのかと思っていたが、そんなことは無いようで少年漫画も少女漫画も有名な物は一通りそろっているのだ。ライトノベルに関しても有名なレーベルは一通りそろっているし、アニメ化作品のコーナーなんかも作られていた。
よくよく考えてみれば、そういった作品を読む読者に大学生が多い気もするし、高校生以上に大学生の方がライトノベルに触れる機会も多いのではないかと思って見たりもした。
ただ、この辺りは学生街という事も影響しているのか、児童書や子供向け雑誌などは極めて小さいスペースに並べられているだけであった。近所に小さな子供がいないわけではないと思うのだけれど、ここに来るまでの間にも小さな子供を見かけることはほとんどなかったと思う。昨日言ったスーパーには子供が沢山いたと思うのだが、家からここまでの間に見かけた子供は近所の見たことがある子供くらいだったと思う。
完全に学生向けの本屋なのかと思っていたのだが、なぜか旅行雑誌が多数取り揃えられていた。お金持ちの多い学生が多いとは言っても、そこまで頻繁に旅行をするとは思わないのだが、旅のガイドブックのような本も五冊ずつくらいは用意されているのだ。それも、その多くが国内ではなく海外の物であって、日本語以外の物も充実のラインナップだった。
数が多い割には旅行系コーナーに人はいなかったのだが、きっと連休前は多くの人がここで足を止めていたのだろうという予想は出来た。実際に海外旅行をする人が多いのかあとで沙緒莉姉さんに聞いてみようかとは思う。
一階を一通り見た僕はだんだんと楽しくなってきて、二階へと上っていったのだけれど、そこはとても本屋だとは思えないような空間だった。
一階はラインナップこそ学生向けなんだろうなと想像は出来たのだが、二階に広がっているのは本屋というよりも学習施設のような場所なのだ。
ハッキリとはわからないのだが、一階に比べても店員の数が極端に多いように思える。ここの本屋の店員は同じエプロンをしているのだけれど、微妙に色が違うエプロンをしている人が多くいるので店員なのかはわからないけれどそれっぽい人が多いのは事実である。
「こんにちわ。君は何か調べものでもあるのかな?」
「あ、そう言うわけではないのですが、初めてここに来てどんなところなのかなって思って見てました」
「そうか、君はウチの大学の生徒ってわけじゃないよね。高校生なのかな?」
「はい、僕は高校一年生です」
「へえ、どこの高校に通ってるのかな?」
「大紅団扇大学付属高校です。僕は齋藤って言います」
「齋藤君だね。僕は天野です。去年まで大紅高の生徒会長をやってました。中学の時生徒会長をやってたんだけど、君とはちょうど時期がずれていたんだね。あれ、そうなると小学校の時は三年間重なってると思うし、斎藤君は僕の後輩になるって事だよね。でも、君の事を見たことが無いような気がするんだけど、本当に大紅高の生徒なのかな?」
「本当ですよ。今年の春から通ってます」
「今年の春から?」
「はい、一年生なので春から通ってるんですけど、何かおかしいですか?」
「いや、おかしくは無いんだけどね。あ、もしかして、君って外部受験で入ったのかな?」
「はい、そうです。中学までは普通に公立でした」
「おお、凄いね。外部受験で入る人ってあんまりいないから驚いたよ。それで僕は君を見たことが無かったってわけだね。そうかそうか、去年まで公立にいたんだとしたら僕が知ってるわけないもんね。大学からウチに通う人は結構いるんだけどさ、高校からってなるとそんなにいないから凄いよね。それと、これは君を悪く言うつもりで言うんじゃないんで聞いて欲しいんだけど、今年は中学にも外部受験で入ってきた生徒さんがいるみたいだよ。君も十分凄いんだけどさ、その中学生ってもしかしたら僕たちより勉強が出来るのかもしれないんだよね。僕は大学一年だからその生徒と会うことは無いと思うんだけど、そんな優秀な子が後輩にいると思うと嬉しくなっちゃうよね。もちろん、君みたいに外部受験で高校に入ってくる生徒も自慢の後輩だよ」
「はあ、そう言うもんなんですね。クラスの人も似たような事を言っていたと思います。外部受験ってそんなに珍しいんですか?」
「高校の時はそれなりにいたと思うけど、それでも数は少ないね。クラスに二人いたら多い方だと思うよ。でも、中学となると話は別だね。下手したら十年に一人いれば多いなって思うかもしれないからさ。そもそも、中学受験に小学校で習ってない範囲が出題されるっておかしな話だからね。一説によると、高校受験も中学受験も大学受験は受験科目数は違ってても内容は同じって噂だからね。小学生が大学入試試験を受けているようなもんだって話だよ。そう聞くと、外部受験で入ってきた生徒って凄いことだと思うんだよ。もちろん、君もその凄い生徒の一人であるんだからね」
「それって凄いですね。僕も入試に向けて行っていた勉強が最初のうちはさっぱりわからなくて苦労しましたもん。習ってない範囲だったんだからわからなくて当然だったんですね」
「そうなんだよな。僕は内部進学だから受験とか関係なかったけど、君達みたいに外部受験する事だけでも勇気のある行動だと心から尊敬するよ。その上、君達はその受験に合格しているんだもんね。そうだ、君はここが何をする場所かわかってないみたいだけど、なんとなく見てて感じることは無いかな?」
「そうですね。本屋というよりは、学習塾みたいな感じなのかなって思います」
「おお、いい線行ってるね。でも、ここは勉強を教えることもあるけれど、基本的には困っていることを相談するところなんだよ。でも、それは誰にも言えないことをこっそり相談するって事じゃなくて、勉強以外の遊びとか趣味の相談をすることが多いかもね。場所自体は本屋さんから提供されてはいるんだけど、運営は学生がボランティアで行っているのさ。困っていることがあるんだとすれば、僕に相談してみないかな?」
「相談ですか。ちょと困っていることがあるんですけど、それはあんまり人に言うような事じゃないって思うんですよね。それも、大学の先輩に相談ってなると、ちょっと言いにくいなって思う事なんです」
「そんなに気にすることは無いと思うよ。斎藤君と僕が大学で重なる期間なんて一年しかないんだしね。でも、言いたくないことを無理に言わせるというのはよくない事だからね。斎藤君が困ってどうしようもなくなった時が来たら、大学の森田ゼミを訪ねてくるといいよ。森田ゼミには僕以上に優秀な学生が多数在籍しているからね。その中でも君と同じように外から受験で入ってきた人なんだけどね、その人は頭がいいだけじゃなくてとても美人なんだよ。物腰もとても柔らかい人で、人間性も素晴らしいと思うんだよ。ただ、勉強以外の事にはあまり興味が無いみたいで飲み会とかにもあまり参加してくれないんだよね。僕はその人が勉強以外にもゼミの活動に参加してくれたらいいなって思うんだけどさ。おっと、君の相談じゃなくて僕の相談になってしまったみたいだね。ま、ここでは何でも相談してかまわないってことになっているからさ、斎藤君も何か困ったことがあったらここに来るといいよ。僕以外にも話を聞いてくれる人はたくさんいるからね。でも、女性に変な事を相談するのだけはやめておいた方がいいからね。ここはそういうお店じゃないんだからね」
「何かあったら相談させていただきますね。でも、今はそういう事が特に無いんで大丈夫です。じゃあ、僕は三階に行ってみたいんで失礼します」
「ああ、何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれていいんだからね」
大紅団扇大学付属高校は生徒数もそれなりに多いとは思うのだけれど、天野先輩はその生徒の顔を全て覚えているという事なのだろうか。僕は中学の時の同じクラスの生徒ですら顔を覚えていないというのに、同じ人間としてそれはどうなんだろうと思って見たりもした。
でも、生徒会長なら同じ学校の生徒と顔を合わせる機会も多いのかもしれないし、不思議な事では無かったりするのだろうか。
いや、天野先輩と新一年生は中学も高校も同じ学校に通っている期間が無いはずだ。それなのに、全校生徒の顔を覚えているというのはいったいどういう事なのだろうか。僕はそれが気になってきたので、天野先輩にそれについて聞いてみようかと思ったのだけれど、それを聞いたからと言って何か良いことがあるわけでもないだろうと思って、聞くことをやめた。
僕はそのまま階段をゆっくりと上っていったのだが、三階は一階と二階に比べて人が少ないという事もあるのだけれど、それにしてはやけに静かな空間になっていた。
一つの本棚に対して入っている蔵書が少ないこともあるのだが、棚にかかれている分類が図書館よりも細かくなっているように見えた。そこまで詳しく見たことは無いので気のせいかもしれないけれど、僕が見た限りでは本屋の分類ではありえないくらい細分化していると感じていた。
三階フロアには沙緒莉姉さんを含めても四人しか人はおらず、そのうち二人はエプロンをしているので店員だと思われる。
沙緒莉姉さんの近くにそっと移動すると、沙緒莉姉さんは少し驚いたような表情を見せてきたのだが、すぐにいつもの感じに戻っていた。
「ごめんね。もう少しだけ調べたいことがあるんで待っててもらってもいいかな?」
「大丈夫ですよ。僕の三階が気になるんでちょっと見て回りますね」
「あと少しで終わると思うんだけど、待たせてごめんね」
僕も沙緒莉姉さんも不思議と小声になっていた。ここは図書館ではなく本屋なのだから小声で話す必要はないと思うのだけれど、ピンと張り詰めた空気が自然とそうさせるのだった。
「じゃあ、大人しく待っててくれたら、家でパンツ見せてあげるね」
「いや、それはいいです」
「そんなこと言ってもいいのかな。今日は今まで昌晃君に見せたことのないパンツを履こうかと思ってるんだよ」
「そんな宣言しなくてもいいです。そんなのなくても大丈夫なんで」
「もう、ここは監視カメラが沢山あるから見せてあげられないけど、家に帰ったら大丈夫だからね」
「いや、家でもダメだと思いますよ。見せなくていいですから」
「そっか、昌晃君は自分から見せてくる人よりもたまたま見えてるのが好きなんだもんね。帰ったらそのコツを陽香に聞いてみようかな」
「え?」
僕は沙緒莉姉さんのその言葉に一瞬固まってしまった。
そして、僕と目が合った沙緒莉姉さんは時々見せる悪い表情になっているように僕には見えた。
僕はいろんな意味で、家に帰りたくないと思ってしまった。
僕が三年後に通うかもしれない大紅団扇大学の近くは高校や中学に比べて商店だけではなく飲食店も多いようだ。大学の講義も連休のため無いのは知っているのだが、大学生らしき人達が何人もその辺りの飲食店に入っていくところを見かけたのだ。
「この辺ってね、学生街って事もあって学割のある店が多いんだよね。でも、学割があると言っても他の店より高い店の方が多いんだよね。ウチの大学ってお金持ちの家庭が多いからそうなのかもしれないけど、普通の感覚でお店に入ったら値段で驚いちゃうんだよね」
「沙緒莉姉さんはそんな店に行ったことあるの?」
「何回か行ったことあるんだけどさ、美味しいけど高いなって思ったよ。スパゲティ一皿が二千円とかするからビックリしたもん」
「その店って、味は良かったの?」
「多分美味しいんだと思うよ。私は普通の人よりそういうのを食べなれてないというか、味がするものなら大抵は美味しいって思っちゃうからね。昌晃君が食べたら美味しいかわかるかもよ」
「ちょっと興味はあるけど、高校生にとって一食で二千円は高すぎるかな。食べ放題とかだったら行ってみたいなとは思うけど、スパゲティだったら遠慮しちゃうかも」
「だよね。私のイメージでは学割使ったらワンコインになるって感じだったもん」
「それはわかるかも。僕も学割って言われたらそんなイメージもってるよ」
僕はこの辺りのお店を一通り教えてもらったのだけれど、沙緒莉姉さんが入ったことのある店はほとんどないようで、初めてここに来た僕でもわかるような紹介しかされなかった。
ただ、これから向かう本屋は学生向けの学術書が充実しているようで、他にも専門書が多く取り揃えているらしい。よほどのことが無い限り今日は本を買う予定はないとのことだが、それなりの値段のする本ばかりだと思うのでそれは仕方ないと思う。
僕もおそらく今日は何も買わないと思うのだが、気になる本があれば思わず手に取ってしまうかもしれないと思う。そんな出会いを僕は期待して本屋に行くことが多いのだ。
「じゃあ、私は三階の専門書の所に行ってくるね。私のは結構時間がかかっちゃうかもしれないし、昌晃君は自由に見てていいからね。一階と二階は一般向けの本とか多いからその辺を見て回るといいと思うよ」
「わかりました。僕も一通り見て気になった本が無ければ三階に行ってみますね。どんなのがあるのか少し興味がありますから」
「昌晃君が大学に入ってどんな勉強をするのか参考になるかもしれないもんね。じゃあ、一通り見終わったら三階にきてね」
僕は沙緒莉姉さんが階段を上っていったのを見届けた。家の中だったらスカートの中が丸見えになっているんだろうなと思っていたのだけれど、本屋の階段ではそんな事は一切なかったのだ。家の階段よりもこちらの方が踊り場もあって狭い分角度はあると思うのだが、不思議な事にスカートの中身を確認することは出来なかったのだ。いや、それが普通だと思ってしまった。
さて、初めての本屋というのは意外と緊張するもので、どこに何があるのか探すのも楽しかったりする。一般向けの新刊やベストセラー作品など一通り用意されているようだが、僕の良く行く本屋には無い漫画とライトノベルのランキングがあるのが意外だった。
大学近くの本屋という事で硬い本が多いのかと思っていたが、そんなことは無いようで少年漫画も少女漫画も有名な物は一通りそろっているのだ。ライトノベルに関しても有名なレーベルは一通りそろっているし、アニメ化作品のコーナーなんかも作られていた。
よくよく考えてみれば、そういった作品を読む読者に大学生が多い気もするし、高校生以上に大学生の方がライトノベルに触れる機会も多いのではないかと思って見たりもした。
ただ、この辺りは学生街という事も影響しているのか、児童書や子供向け雑誌などは極めて小さいスペースに並べられているだけであった。近所に小さな子供がいないわけではないと思うのだけれど、ここに来るまでの間にも小さな子供を見かけることはほとんどなかったと思う。昨日言ったスーパーには子供が沢山いたと思うのだが、家からここまでの間に見かけた子供は近所の見たことがある子供くらいだったと思う。
完全に学生向けの本屋なのかと思っていたのだが、なぜか旅行雑誌が多数取り揃えられていた。お金持ちの多い学生が多いとは言っても、そこまで頻繁に旅行をするとは思わないのだが、旅のガイドブックのような本も五冊ずつくらいは用意されているのだ。それも、その多くが国内ではなく海外の物であって、日本語以外の物も充実のラインナップだった。
数が多い割には旅行系コーナーに人はいなかったのだが、きっと連休前は多くの人がここで足を止めていたのだろうという予想は出来た。実際に海外旅行をする人が多いのかあとで沙緒莉姉さんに聞いてみようかとは思う。
一階を一通り見た僕はだんだんと楽しくなってきて、二階へと上っていったのだけれど、そこはとても本屋だとは思えないような空間だった。
一階はラインナップこそ学生向けなんだろうなと想像は出来たのだが、二階に広がっているのは本屋というよりも学習施設のような場所なのだ。
ハッキリとはわからないのだが、一階に比べても店員の数が極端に多いように思える。ここの本屋の店員は同じエプロンをしているのだけれど、微妙に色が違うエプロンをしている人が多くいるので店員なのかはわからないけれどそれっぽい人が多いのは事実である。
「こんにちわ。君は何か調べものでもあるのかな?」
「あ、そう言うわけではないのですが、初めてここに来てどんなところなのかなって思って見てました」
「そうか、君はウチの大学の生徒ってわけじゃないよね。高校生なのかな?」
「はい、僕は高校一年生です」
「へえ、どこの高校に通ってるのかな?」
「大紅団扇大学付属高校です。僕は齋藤って言います」
「齋藤君だね。僕は天野です。去年まで大紅高の生徒会長をやってました。中学の時生徒会長をやってたんだけど、君とはちょうど時期がずれていたんだね。あれ、そうなると小学校の時は三年間重なってると思うし、斎藤君は僕の後輩になるって事だよね。でも、君の事を見たことが無いような気がするんだけど、本当に大紅高の生徒なのかな?」
「本当ですよ。今年の春から通ってます」
「今年の春から?」
「はい、一年生なので春から通ってるんですけど、何かおかしいですか?」
「いや、おかしくは無いんだけどね。あ、もしかして、君って外部受験で入ったのかな?」
「はい、そうです。中学までは普通に公立でした」
「おお、凄いね。外部受験で入る人ってあんまりいないから驚いたよ。それで僕は君を見たことが無かったってわけだね。そうかそうか、去年まで公立にいたんだとしたら僕が知ってるわけないもんね。大学からウチに通う人は結構いるんだけどさ、高校からってなるとそんなにいないから凄いよね。それと、これは君を悪く言うつもりで言うんじゃないんで聞いて欲しいんだけど、今年は中学にも外部受験で入ってきた生徒さんがいるみたいだよ。君も十分凄いんだけどさ、その中学生ってもしかしたら僕たちより勉強が出来るのかもしれないんだよね。僕は大学一年だからその生徒と会うことは無いと思うんだけど、そんな優秀な子が後輩にいると思うと嬉しくなっちゃうよね。もちろん、君みたいに外部受験で高校に入ってくる生徒も自慢の後輩だよ」
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「それって凄いですね。僕も入試に向けて行っていた勉強が最初のうちはさっぱりわからなくて苦労しましたもん。習ってない範囲だったんだからわからなくて当然だったんですね」
「そうなんだよな。僕は内部進学だから受験とか関係なかったけど、君達みたいに外部受験する事だけでも勇気のある行動だと心から尊敬するよ。その上、君達はその受験に合格しているんだもんね。そうだ、君はここが何をする場所かわかってないみたいだけど、なんとなく見てて感じることは無いかな?」
「そうですね。本屋というよりは、学習塾みたいな感じなのかなって思います」
「おお、いい線行ってるね。でも、ここは勉強を教えることもあるけれど、基本的には困っていることを相談するところなんだよ。でも、それは誰にも言えないことをこっそり相談するって事じゃなくて、勉強以外の遊びとか趣味の相談をすることが多いかもね。場所自体は本屋さんから提供されてはいるんだけど、運営は学生がボランティアで行っているのさ。困っていることがあるんだとすれば、僕に相談してみないかな?」
「相談ですか。ちょと困っていることがあるんですけど、それはあんまり人に言うような事じゃないって思うんですよね。それも、大学の先輩に相談ってなると、ちょっと言いにくいなって思う事なんです」
「そんなに気にすることは無いと思うよ。斎藤君と僕が大学で重なる期間なんて一年しかないんだしね。でも、言いたくないことを無理に言わせるというのはよくない事だからね。斎藤君が困ってどうしようもなくなった時が来たら、大学の森田ゼミを訪ねてくるといいよ。森田ゼミには僕以上に優秀な学生が多数在籍しているからね。その中でも君と同じように外から受験で入ってきた人なんだけどね、その人は頭がいいだけじゃなくてとても美人なんだよ。物腰もとても柔らかい人で、人間性も素晴らしいと思うんだよ。ただ、勉強以外の事にはあまり興味が無いみたいで飲み会とかにもあまり参加してくれないんだよね。僕はその人が勉強以外にもゼミの活動に参加してくれたらいいなって思うんだけどさ。おっと、君の相談じゃなくて僕の相談になってしまったみたいだね。ま、ここでは何でも相談してかまわないってことになっているからさ、斎藤君も何か困ったことがあったらここに来るといいよ。僕以外にも話を聞いてくれる人はたくさんいるからね。でも、女性に変な事を相談するのだけはやめておいた方がいいからね。ここはそういうお店じゃないんだからね」
「何かあったら相談させていただきますね。でも、今はそういう事が特に無いんで大丈夫です。じゃあ、僕は三階に行ってみたいんで失礼します」
「ああ、何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれていいんだからね」
大紅団扇大学付属高校は生徒数もそれなりに多いとは思うのだけれど、天野先輩はその生徒の顔を全て覚えているという事なのだろうか。僕は中学の時の同じクラスの生徒ですら顔を覚えていないというのに、同じ人間としてそれはどうなんだろうと思って見たりもした。
でも、生徒会長なら同じ学校の生徒と顔を合わせる機会も多いのかもしれないし、不思議な事では無かったりするのだろうか。
いや、天野先輩と新一年生は中学も高校も同じ学校に通っている期間が無いはずだ。それなのに、全校生徒の顔を覚えているというのはいったいどういう事なのだろうか。僕はそれが気になってきたので、天野先輩にそれについて聞いてみようかと思ったのだけれど、それを聞いたからと言って何か良いことがあるわけでもないだろうと思って、聞くことをやめた。
僕はそのまま階段をゆっくりと上っていったのだが、三階は一階と二階に比べて人が少ないという事もあるのだけれど、それにしてはやけに静かな空間になっていた。
一つの本棚に対して入っている蔵書が少ないこともあるのだが、棚にかかれている分類が図書館よりも細かくなっているように見えた。そこまで詳しく見たことは無いので気のせいかもしれないけれど、僕が見た限りでは本屋の分類ではありえないくらい細分化していると感じていた。
三階フロアには沙緒莉姉さんを含めても四人しか人はおらず、そのうち二人はエプロンをしているので店員だと思われる。
沙緒莉姉さんの近くにそっと移動すると、沙緒莉姉さんは少し驚いたような表情を見せてきたのだが、すぐにいつもの感じに戻っていた。
「ごめんね。もう少しだけ調べたいことがあるんで待っててもらってもいいかな?」
「大丈夫ですよ。僕の三階が気になるんでちょっと見て回りますね」
「あと少しで終わると思うんだけど、待たせてごめんね」
僕も沙緒莉姉さんも不思議と小声になっていた。ここは図書館ではなく本屋なのだから小声で話す必要はないと思うのだけれど、ピンと張り詰めた空気が自然とそうさせるのだった。
「じゃあ、大人しく待っててくれたら、家でパンツ見せてあげるね」
「いや、それはいいです」
「そんなこと言ってもいいのかな。今日は今まで昌晃君に見せたことのないパンツを履こうかと思ってるんだよ」
「そんな宣言しなくてもいいです。そんなのなくても大丈夫なんで」
「もう、ここは監視カメラが沢山あるから見せてあげられないけど、家に帰ったら大丈夫だからね」
「いや、家でもダメだと思いますよ。見せなくていいですから」
「そっか、昌晃君は自分から見せてくる人よりもたまたま見えてるのが好きなんだもんね。帰ったらそのコツを陽香に聞いてみようかな」
「え?」
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