悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています

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09 ヴィンセント10歳 09

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「それならヴィーは、私が診ている患者さんの傷口を水で綺麗にしてあげて。そうしたら看護師さんが包帯を巻く時の手間が減るはずだから」
「はい」

 そうお願いしてみると、彼はすぐに綺麗な水と布を調達してきて、慣れた手つきで傷口を洗い始めた。
 その手際があまりに良くて、エルだけではなくモーリス先生や看護師たちも、感心した様子でヴィンセントに注目した。

(皇宮でも、こうしていたのかしら……)

 敵が皇后なら、時には怪我を負わされても秘密にしなければいけなかったはずだ。
 小説で悪役エルが、彼を衰弱死させようと企んでいても、彼は人前では何事もないかのように振る舞う場面があった。皇后に弱みを見せるわけにはいかなかったから。

(そんなことにはもう慣れないでほしいけれど正直、今は助かるわ)

 手早く治療して看護師へ引き渡すことができれば、エルも余計にマナを消費せずに済む。
 ヴィンセントが手伝ってくれたおかげで、エルは思ったよりもスムーズに治療を終えることができた。

「ふぅ……やっと終わったわ」
「本当に感謝しますエルさん。おかげで一人の犠牲者も出すことなく、全員を外に運び出せた」

 最後の一人が担架で運ばれてから、モーリス先生はそう声をかけてきた。先生自身も結構なマナを消費したようで、疲れの色が見える。
 ここの危険度ならば、治療魔法師が数名は必要だ。普段からのご苦労がうかがえる。

「お役に立ったようで良かったです」
「ヴィーもありがとうな。君は立派な助手だよ」
「はい」

 先生に褒められたヴィンセントは、自信がついたように微笑む。

(良かった。これで、ヴィーを連れて仕事しても誰にも文句は言われないわよね)

 今日のヴィンセントの働きは、自分の居場所を勝ち取ったようなものだ。今までエルのお荷物になっているのではと彼は心配していたが、今日からはその心配も消えるはず。

「そろそろ帰ろっか」

 きっと外はもう暗くなっているはず。乗合馬車があるうちに早く帰らなければ。
 エルが歩き出そうとした時、横の壁がぱらぱら……と音を立てた。

(え……?)

 エルがそちらを見た瞬間、ヴィンセントが「エル!」と叫んだ。
 それと同時に、坑内の壁を支えていた坑木が崩れ。大岩がエルをめがけて転がり落ちてきた。
 治療魔法に特化しているエルには、それを防ぐ術はない。

(ヴィーだけは……!)

 エルはヴィンセントをかばおうと手を伸ばそうとしたが、同時に彼の手からは眩い光りが放たれた。
 その光りと、大岩が衝突し、大岩は粉々に砕け散った。

「ヴィー……。今のって……」

 ぽかんとしながら、ヴィンセントへ視線を向けると、彼もまた驚いたように自らの手を見つめていた。

「エルの治療を見ていたせいか、無意識に……」

 今のは魔法の暴発というよりは、完成形に近い攻撃魔法だった。
 それを無意識に、エルの魔法の使い方を見ただけで習得したというのか。
 いくら小説のヒーローだからといって、ハイスペックすぎやしないか。天才と呼ばれたエルですら、すぐには飲み込めない状況だ。

「凄いわヴィー……」
「これでもっとエルの役に立ちますか?」

 当の本人はどれほど凄いことをしたのか自覚がないようで、お手伝いしたい子どものように期待に満ちた笑みを浮かべる。

「ええもちろんよ。けれど無理は――」

 エルがそう言いかけたところで、ヴィンセントは急に力が抜けたように彼女へと倒れ込んだ。

「ヴィー!」

 エルは急いで、彼のマナ核を確認した。
 マナ核がまだ安定していない状態で、強力な魔法を使ったために、リズムが乱れるどころか止まったり動いたりを繰り返していた。
 そのせいで体内のマナは、ぐちゃぐちゃに動き始めている。これならマナ核なしで自然の動きに任せていた時のほうが、まだマシだ。

 急ぎ診療所へ戻ったエルは、荒く息をしているヴィンセントを膝の上に乗せて、マナ核とマナ核が重なるようにして、彼を抱きしめた。
 こうしていればマナ核はリズムを思い出し、また正常に動き始めるはず。

 しばらくすると、ヴィンセントの呼吸は穏やかになりなり始めた。

(良かった……)

 安心しながら彼の頭をなでていると、まどろむような表情で彼はエルを見上げた。

「ヴィー。気分はどう?」
「はい……。だいじょう――」

 そう言いかけたヴィンセントは、急に顔を真っ赤にさせながら、エルの膝から逃げるようにして立ち上がった。

「ぼっ僕はもう大丈夫です。すみません。重かったですよね……」

(抱っこが恥ずかしかったのかしら?)

 いつもはエルに抱きついて寝るのに。十歳の男心はよくわからない。

「そんなこと気にしないで。それよりマナ核を確認させて」

 彼のマナ核に触れて確認してみると、しっかりとリズムを刻み始めていた。
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