日替わりの花嫁

枳 雨那

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仮初めの妻・初日

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「六花、怖がらなくていいよ。僕らは六花の同意なしに、そういうことはしないから」

 六花が震えているのを見かねてか、羽琉が優しい言葉の助け船を出した。

「……あ、はい。お気遣い、ありがとうございます」
「父上も、もう少し直接的な言葉は避けてください」
「ああ、すまなかった」

 羽琉に感謝の意を伝えて、一度はほっとした六花だが――いずれはそういう日がやってくるのだろうと、心構えをするのにはちょうどよかったのかもしれない。



 朝食後、六花の元へと街の女性医師がやってきた。賊に捕まった後、変な薬を打たれたり飲まされたり、酷い暴行を受けなかったかの確認があり、六花は正直に答えた。薬は飲んでいないはずだが、処女かどうか確かめるために無理矢理器具を使われたことを話すと、付き添いで聞いていた美鶴が「なんてことを……!」と悲鳴を上げ、涙ぐんでしまった。

 念のため、女性医師には六花の膣壁に異常がないか確認してもらったのだが、同性の医師であっても、じっくり見られるのは羞恥しゅうち心をあおられるものだった。

「では、毎日こちらの薬を、毎日一回決まった時間に飲んでください」
「えっ、これは……?」

 異常はないとう結果だったにも関わらず、医師から錠剤を数週間分手渡され、六花は身体になにか悪いところでもあるのかと、ぎょっとした。彼女は診療録をつけながら微笑んでいる。

「それは、体内の女性特有の分泌物を調整します。避妊にも幾ばくかは効果がありますので、子作りをしたいときは、服用をやめてください」
「こっ、子作り……!」

 先程避妊の話をしたばかりだからか、六花は過剰に反応してしまった。

「はい。こちらのご主人が、ご子息のことは信頼してはいるものの、正式な婚姻までは万が一の時に六花さんを守れるようにと。ですが、これも避妊に確実な効果があるわけではありませんから、ご自分の判断で自衛もしてくださいね」

 医師を呼んだのは直靖なのだから、こっそりとそういう依頼もできたのだろう。もう屋敷にいるのだから暴漢に襲われることもないだろうし、彼らも六花の望まないことはしないと約束してくれたのだから、その言葉を信じている。だが、用心するに越したことはない。

「そういうことなら、承知しました」

 六花は袋を受け取った。彼らに任せるだけでなく、自分で自分の身を守るためだ。

「はい。では、私はこれで失礼いたします」
「ありがとうございました」

 女性医師が退室した後、六花は薬の袋を美鶴に渡した。毎日の昼食時に出すようにしてくれるという。管理に自信のない六花は、その言葉に甘えることにした。

 美鶴が業務に戻るのを見送ると、入れ替わるようにして羽琉がやってくる。早速、今日から仮初めの妻として、彼と接することになるのだ。

「診察、なにも問題なかった?」
「はい。念のためにお薬を出されましたが、体調を整えるものみたいです」

 六花は戸惑いつつも、薬に避妊の効果があることは伏せて話した。羽琉たちを信頼しているからこそ、誤解を招くような発言はしたくなかった。これは、直靖と医師、六花と美鶴だけの秘密だ。いずれ、明かせる時がきたら明かせばいい。

「そう。それならよかった。今日は身体が大丈夫なら、僕の職場を見てみない?」
「あっ、ぜひ!」

 羽琉の職業が調香師と聞いて、どんなものか興味があった六花は、喜んで即答した。

「ふふ、なら決まりだね」

 羽琉は紺色の羽織をひるがえし、美しい髪をなびかせながら方向を転換すると、六花に向かって手を差し出す。手を繋ごうという合図だと察した六花は、胸を躍らせながらも遠慮がちにそれを取った。



 屋敷から二ちょうくらいの距離に、羽琉の職場はあった。歩いてすぐだったので、日頃から徒歩で通っているとのことだ。

「わぁ……!」

 入った瞬間から、爽やかないい香りが六花の鼻をくすぐった。扉を開けてすぐ、天上近くまで伸びた、横幅も巨大な棚が広がった。引き出し付きのようで、羽琉の説明によると、そこに香りの元となる香木や原料となる粉末が入っている。

「こっちで原料になる花を栽培しているんだ」
「あ、可愛い……」

 奥に足を踏み入れると、白から紫、黄色、紅色の小ぶりな花々が、室内ではちに植えられていた。ざっと見てもかなりの量になる。

「薔薇もあるよ。季節ごとに咲く花が違うから、六花も興味があれば見に来てよ」
「はい、ぜひ」

 これは毎日の世話が大変だろう。一言で調香師といっても、大変な職業なのだなと六花は感心していた。

 花の栽培場と棚のちょうど中間にあたる場所に、長机が設置されている。そこが作業場所になるらしく、形はまばらだがどれも美しい陶磁器が二十個以上は並んでいるだろうか。調合したお香を焚く、香炉こうろのようだ。それら以外にも、六花が知らない道具がたくさんある。

「どういったお客さんが来られるんですか?」
「うーん、そうだね。『夜に眠れないから、安眠できるお香を出してほしい』とか、女性のお客さんだと自分に香り付けをしたいとか、いろいろだね」
「香りによって効果が違うんですか?」
「そうだよ」

 羽琉が棚の小さな引き出しを開けると、六花を手招きした。そこには手のひらに乗るくらいの、口が紐で縛られた桃色の袋が入っている。六花が手に取って確認してみると、甘い香りがした。

「これもいい香りです。なんだかほっとします」

 六花の実家にあった、庭の花々のそれに似ている。安心する香りだ。

「これは香り袋といって、持ち歩きできるんだ。これは昨日作ったばかりだから、六花にあげるよ」
「えっ……いただいて、いいんですか?」
「うん。もらってほしい」

 すっと顔を近づけられ、六花の目と鼻の先に羽琉の端正な顔がやってきた。上背のある羽琉は、腰を屈めないと六花の顔を見られないはずだが、その動きは自然で、優雅で。六花はどぎまぎしながら一歩下がった。

「ありがとうございます。でも、あの……お顔が近いです」
「喜んでる顔が可愛かったから、つい」

 可愛いなどと、異性から褒められた経験が六花にはない。こういう場合はどう反応するのがよいのか。慌てふためいていると、羽琉がからかうような少し意地悪な顔をした。六花は彼の気を逸らそうと、別の話題を探す。

「それよりも、皆さん初対面なのに、どうしてこんなによくしてくださるんですか?」
「……初対面、か。君は知らないものね」

 六花の疑問に対し、羽琉は姿勢を戻しながら意味深長なことを言った。まるで会ったことがある、と言いたげだ。直靖のことを覚えていなかったとはいえ、流石に、三兄弟に会えば記憶に残るはずである。
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