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第二章 なのに私は王都へ行くの
10話 アマナリア
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王都の東側に下級貴族の邸宅が並ぶ一角が在る。
身分は男爵以下の家柄となる。
規制があるわけでは無いが、不文律として犯し難いものがある。
それを踏み外してしまっては、貴族社会で渡り歩く事は出来ない。
身分は近しと雖も経済力には差がある。
商い上手、領地持ちは羽振りが良く、そうでない家は商家の平民よりも貧しい。
そんな中に、手入れの行き届いた敷地内と下級らしからぬ壮麗さを放つ屋敷は、
側室アナマリアの実家、サンドル男爵家である。
10年程前は碌に手入れもされず、みすぼらしい貧乏貴族然としたものだったが、
出世した娘の恩恵で栄華を誇っている。
サンドル家の祖は8代前に南方ハイラム王国から移住して来た貿易商である。
当時はまだ平民で、ハイラム特産の絹織物を扱っていた。
3代目の当主が国内での桑畑の開墾と養蚕を成功させ、
安価で上質な絹糸の生産を軌道に乗せた。
その功績が認められて準男爵を徐爵され、5代目で男爵位を賜った。
ところが7代目の当主が投資詐欺に合い巨額の負債を抱え、
主力の養蚕事業の殆どを手放す羽目になってしまった。
8代目であるライオネルが当主となった時には、
大手商社の下請けとして絹糸を収める工場を細々と経営する
没落寸前の貴族となっていた。
アナマリアは幼い頃から劣等感に苛まれていた。
屋敷こそあれど貴族とは名ばかりの貧しい生活に嫌気が差していた。
いっそ平民として自由気ままな暮らしの方が潔いのにと思った。
プライドばかりが高く、嘗ての栄光を夢見る父が悲しかった。
母はライオネルの美貌に惹かれ結婚したが、愛想をつかして実家に帰り
そのまま離婚してしまった。
家庭教師を雇う余裕など無く、学習は平民の子に交じって教会に通った。
幸いな事に容姿には恵まれて、安物の衣装を着ていても華やかな少女だった。
平民だが遥かに裕福な家の御曹司から縁談も来ていたが、
ライオネルは貴族との婚姻に拘った。
手元に残る数少ない宝石を売り、精霊院への通学費用を捻出し
高位貴族との縁談かもしくは王宮侍女に登用される道を目指した。
縁談は叶わなかったが王宮内裏シルティアル宮殿の侍女見習いとして登用された。
アナマリア14歳の事である。
宮殿に奉公に上がって間もなくアナマリアは、侍従職の一人と親しくなった。
歳は離れていたが高位貴族である彼の洗練された振る舞いに見惚れた。
甘い言葉や高価な贈り物に舞い上がり、誘われるまま閨を共にした。
身も心も捧げたアナマリアは、ある日縋るような声で話す彼の願いを受け入れた。
彼の為なら何でもしようと思った。
彼の望みを叶えられるのは自分しかいない、形だけの正妻などに出来はしない。
私が彼を幸せにしてあげるのだと決意した。
彼の手配でアナマリアは、王のお世話係に抜擢された。
「陛下を誘惑して、私の子を陛下の子として産んで欲しい。
私達の子を国王に!」
それが彼の願いだった。
王を篭絡するのは実に簡単だった。
潤んだ瞳で見つめた後、恥ずかし気に俯いて微笑むだけで落ちた。
伽を命じられた日の前日は彼と寝た。
当日はスポンジを仕込み避妊した。
その翌日も翌々日も彼の子種を受け入れた。
王子が生まれた時、アナマリアは確信していた。
「この子は彼の子だ」と。
彼との極秘の関係は今も続いている。
アナマリアの愛は狂おしく絡みつきながら、哀しくも澄んでいた。
***
王族が所有する離宮の一つ、ターターリニ宮殿。
ここで第二王子フリーデルと母アナマリアは暮らしていた。
王都から馬車で半日ほど離れた丘陵地に佇む。
屋敷から見えるブドウ畑と、嘗ての城郭を利用したワイナリーが付属している。
貴腐葡萄から作られる甘口で琥珀色のワインは
“王家の甘露”と呼ばれ王宮で開かれる宴でのみ振舞われる。
「もうお戻りになってしまいますの?」
乱れ髪もそのままに薄い寝間着を肩に羽織り、背中に寄り添う仕草が妖艶だ。
「許しておくれマリア。今夜中に戻らねばならないのだ」
そっと振り向きざまに頬に手を添えて接吻し、彼はそう言ってもう一度唇を重ねた。
「いえ、いいのよ御免なさい。ちゃんと分かっていますの。でも寂しくて・・・」
ダモンの姫を巡る攻防で後れを取っている事は彼から聞いていた。
寸刻を縫う様にして会いに来て呉れているのだと思うと、
尚更に離れがたい。
「何か私に出来る事があれば言って下さいましね」
(あと少し・・・あと少しだけ・・・)
彼の首筋に腕を回して唇を求めた。
拠り所を無くした寝間着が落ちて、まだ熱りの醒めやらぬ肌が晒された。
「あぁ悪い子だね君は。何もかも忘れてしまいそうだ」
朝までに戻れば良いかと、彼は誘われるに任せた。
「でも許して下さるのでしょう?」
乳房に顔を埋める彼の髪を撫でながらアナマリアは思考を眠らせた。
翌朝、一人きりの寝台で目を覚ました。
一輪の花は彼が置いたのだろう。
誰もいない隣をそっと撫でた。
彼の髪の毛がほんの少し残されていた。
初めて彼に抱かれた夜が10年も前なのだとは思えなかった。
瞳は彼の姿を求め、両耳が彼の足音を探した。
彼の残り香に酔いしれ、飢えた唇が彼の名を呼んだ。
決して昇華される事の無い情念は、初恋のままアナマリアを焦がし続けていた。
「エルサーシア・ダモン・ログアード・・・」
ふと一人の少女の名を呟く。
今年に入ってから彼が頻繁に口にする名だ。
フリーデルの妻にと彼は考えている様だが、例え少女であっても
彼から女性の名を聞くのは不快だった。
「もうどうでも良いのに・・・」
我が子への愛情は確かに有る。
何と言っても彼の子だ、彼の為に生んだ子である。
しかし玉座に就かせる事になど興味は無かった。
いっそ3人で平民として生きて行けたならと思うのであった。
のらりくらりと離宮への招待を躱されていたが、
さすがに国王直々の口添えを無下には出来ぬ様で、
来週末に予定している親睦会に応じる知らせが届いた。
年末には婚姻が成立するとの事だが、聞くところによると相手はあまり評判が
宜しく無いと言う。
思えば哀れな娘だとアナマリアは幾分か同情していた。
愛すれども並び立つ事の出来ぬ女と、妻の名のもとに望まぬ愛を強いられる少女と、
これ程に正反対の二人が語り合うのも面白いかも知れないと思った。
正反対どころか異次元である事など、アナマリアは知る由も無かった。
***
「真に大儀であった!其方には感謝しかない」
レンガ造りの倉庫が立ち並ぶ運河沿いの一角に王太子派貴族の集う
社交倶楽部があった。
”自由な煉瓦職人”それがクラブの名称だ。
ターラム大公ゴートレイトは甥である男の分厚い手を握り労った。
「礼には及びませぬ、ここで動かねば後難となりましょう」
ダモンの族長ログアード辺境伯ヘイルマは叔父の憔悴した様子に憂慮した。
「此度は姫君に無理を強いてしまった。不憫でならぬ」
少女の肩に掛かる宿命の重さは、愚かな大人たちの罪の重さでもあった。
「そうでもありませぬ。意外にも娘の方が乗り気で御座いました。
以前から憎からず想い寄せていた様に御座います」
「左様であるか!姫君は泣いてはおらぬのだな?」
ゴートレイトは安堵の表情を浮かべ腰を下ろした。
「はい閣下。早くも新妻気取りに御座います」
随分と老けてしまわれたなと思いながらヘイルマは対座した。
スペンド侯爵と接触したあの懇親会以降、火花を散らす導火線を追う様にして
走り回った。
すぐさまヘイルマに書簡を送り、第二王子派の動きを知らせると共に、
王族以外との婚姻を進める様に促した。
元老院を構成する4人の選帝侯、精霊教会教皇、ウイルヘイズ大公と会談を重ね
エルサーシアの婚姻の後ろ盾と、聖女就任の絵図を取りまとめた。
第二王子派による婚姻の妨害を防ぐ為に元老院の後ろ盾を得た。
これで異論を口にする者は元老院と敵対する事になる。
王の無理強いを無効にする為に聖女の地位を用意した。
精霊教会の教皇は、国王はおろか皇帝の命にも従う事は無い。
教会は聖女の地位を教皇と同等とする事を決定した。
どうにか次期国王の継承問題からエルサーシアを隔離する目処が付いた。
王や第二王子派の後ろでジョンソン侯爵が糸を引いているのは分かっていた。
しかしどちらの王子が即位しようと王族の近従として内裏を差配する事に
変わりは無い筈だ。
何所に本意があるのか読み切れない事にゴートレイトは不安を感じていた。
「それが解らぬのだ。其方はどう見る」
「もし私がフリーデル殿下を担ぎ上げるなら傀儡にして王国を簒奪致します。
もちろん陛下には鬼籍に入って頂きます」
冷気が漂う様な話を事も無げにヘイルマは語る。
「恐ろしい事を言うものだな」
まさかと思う反面、一つまた一つと歯車の噛み合う音が聞こえる。
「しかしそれは無理があろう。あ奴にそこまでの力は無いぞ」
その様な非道は元老院始め諸侯が許さない。
「ジョンソン候の力だけではそうでしょう。しかし大きな後ろ盾が在れば
可能で御座います。
誰もが沈黙してしまう程の脅威が後ろに控えていたならば」
ぐっ!と眉間に力を込めたヘイルマに見つめられて、
ゴートレイトの頭の中でカチリと噛み合った歯車が回りだした。
「南蛮かっ!」
南蛮バルドー帝国との国境を守護しているキーレント辺境拍は第二王子派だ。
外敵から国を守る防人でありながら、ダモンは北方の英雄と呼ばれ
尊敬を集めているのに対し、キーレントがその様に称賛される事は終ぞ無い。
それはダモンが平和的に併合されたのに対し、キーレントは戦に負けて
降伏したと言う歴史的背景にある。
キーレントのダモン嫌いは国中の誰もが知っている。
「あ奴らは外患を誘致するつもりなのかっ!帝国の属国に成り下がるぞっ!」
我知らず身を乗り出してゴートレイトは吠えた。
「これは想像に過ぎませぬ、推測ですら無い話で御座います」
ですが・・・とヘイルマは言いかけて、あえて口を噤む。
「最悪を想定せぬ愚を犯すわけにはいかぬか・・・」
無言の意を受けてゴートレイトが言葉を繋げる。
「軍の諜報部を動かします。もしもの場合はジョンソン候を弾劾し、
即座に譲位を執り行い、キーレントを討伐し国境を閉鎖せねばなりません。
閣下には討伐軍の大将となって頂く事になりましょう」
戦の準備をしなければならないとヘイルマは告げる。
「御覚悟を」
瞑目し、心で何某かを断ち切って・・・ゴートレイトは答えた。
「・・・あい分かった」
身分は男爵以下の家柄となる。
規制があるわけでは無いが、不文律として犯し難いものがある。
それを踏み外してしまっては、貴族社会で渡り歩く事は出来ない。
身分は近しと雖も経済力には差がある。
商い上手、領地持ちは羽振りが良く、そうでない家は商家の平民よりも貧しい。
そんな中に、手入れの行き届いた敷地内と下級らしからぬ壮麗さを放つ屋敷は、
側室アナマリアの実家、サンドル男爵家である。
10年程前は碌に手入れもされず、みすぼらしい貧乏貴族然としたものだったが、
出世した娘の恩恵で栄華を誇っている。
サンドル家の祖は8代前に南方ハイラム王国から移住して来た貿易商である。
当時はまだ平民で、ハイラム特産の絹織物を扱っていた。
3代目の当主が国内での桑畑の開墾と養蚕を成功させ、
安価で上質な絹糸の生産を軌道に乗せた。
その功績が認められて準男爵を徐爵され、5代目で男爵位を賜った。
ところが7代目の当主が投資詐欺に合い巨額の負債を抱え、
主力の養蚕事業の殆どを手放す羽目になってしまった。
8代目であるライオネルが当主となった時には、
大手商社の下請けとして絹糸を収める工場を細々と経営する
没落寸前の貴族となっていた。
アナマリアは幼い頃から劣等感に苛まれていた。
屋敷こそあれど貴族とは名ばかりの貧しい生活に嫌気が差していた。
いっそ平民として自由気ままな暮らしの方が潔いのにと思った。
プライドばかりが高く、嘗ての栄光を夢見る父が悲しかった。
母はライオネルの美貌に惹かれ結婚したが、愛想をつかして実家に帰り
そのまま離婚してしまった。
家庭教師を雇う余裕など無く、学習は平民の子に交じって教会に通った。
幸いな事に容姿には恵まれて、安物の衣装を着ていても華やかな少女だった。
平民だが遥かに裕福な家の御曹司から縁談も来ていたが、
ライオネルは貴族との婚姻に拘った。
手元に残る数少ない宝石を売り、精霊院への通学費用を捻出し
高位貴族との縁談かもしくは王宮侍女に登用される道を目指した。
縁談は叶わなかったが王宮内裏シルティアル宮殿の侍女見習いとして登用された。
アナマリア14歳の事である。
宮殿に奉公に上がって間もなくアナマリアは、侍従職の一人と親しくなった。
歳は離れていたが高位貴族である彼の洗練された振る舞いに見惚れた。
甘い言葉や高価な贈り物に舞い上がり、誘われるまま閨を共にした。
身も心も捧げたアナマリアは、ある日縋るような声で話す彼の願いを受け入れた。
彼の為なら何でもしようと思った。
彼の望みを叶えられるのは自分しかいない、形だけの正妻などに出来はしない。
私が彼を幸せにしてあげるのだと決意した。
彼の手配でアナマリアは、王のお世話係に抜擢された。
「陛下を誘惑して、私の子を陛下の子として産んで欲しい。
私達の子を国王に!」
それが彼の願いだった。
王を篭絡するのは実に簡単だった。
潤んだ瞳で見つめた後、恥ずかし気に俯いて微笑むだけで落ちた。
伽を命じられた日の前日は彼と寝た。
当日はスポンジを仕込み避妊した。
その翌日も翌々日も彼の子種を受け入れた。
王子が生まれた時、アナマリアは確信していた。
「この子は彼の子だ」と。
彼との極秘の関係は今も続いている。
アナマリアの愛は狂おしく絡みつきながら、哀しくも澄んでいた。
***
王族が所有する離宮の一つ、ターターリニ宮殿。
ここで第二王子フリーデルと母アナマリアは暮らしていた。
王都から馬車で半日ほど離れた丘陵地に佇む。
屋敷から見えるブドウ畑と、嘗ての城郭を利用したワイナリーが付属している。
貴腐葡萄から作られる甘口で琥珀色のワインは
“王家の甘露”と呼ばれ王宮で開かれる宴でのみ振舞われる。
「もうお戻りになってしまいますの?」
乱れ髪もそのままに薄い寝間着を肩に羽織り、背中に寄り添う仕草が妖艶だ。
「許しておくれマリア。今夜中に戻らねばならないのだ」
そっと振り向きざまに頬に手を添えて接吻し、彼はそう言ってもう一度唇を重ねた。
「いえ、いいのよ御免なさい。ちゃんと分かっていますの。でも寂しくて・・・」
ダモンの姫を巡る攻防で後れを取っている事は彼から聞いていた。
寸刻を縫う様にして会いに来て呉れているのだと思うと、
尚更に離れがたい。
「何か私に出来る事があれば言って下さいましね」
(あと少し・・・あと少しだけ・・・)
彼の首筋に腕を回して唇を求めた。
拠り所を無くした寝間着が落ちて、まだ熱りの醒めやらぬ肌が晒された。
「あぁ悪い子だね君は。何もかも忘れてしまいそうだ」
朝までに戻れば良いかと、彼は誘われるに任せた。
「でも許して下さるのでしょう?」
乳房に顔を埋める彼の髪を撫でながらアナマリアは思考を眠らせた。
翌朝、一人きりの寝台で目を覚ました。
一輪の花は彼が置いたのだろう。
誰もいない隣をそっと撫でた。
彼の髪の毛がほんの少し残されていた。
初めて彼に抱かれた夜が10年も前なのだとは思えなかった。
瞳は彼の姿を求め、両耳が彼の足音を探した。
彼の残り香に酔いしれ、飢えた唇が彼の名を呼んだ。
決して昇華される事の無い情念は、初恋のままアナマリアを焦がし続けていた。
「エルサーシア・ダモン・ログアード・・・」
ふと一人の少女の名を呟く。
今年に入ってから彼が頻繁に口にする名だ。
フリーデルの妻にと彼は考えている様だが、例え少女であっても
彼から女性の名を聞くのは不快だった。
「もうどうでも良いのに・・・」
我が子への愛情は確かに有る。
何と言っても彼の子だ、彼の為に生んだ子である。
しかし玉座に就かせる事になど興味は無かった。
いっそ3人で平民として生きて行けたならと思うのであった。
のらりくらりと離宮への招待を躱されていたが、
さすがに国王直々の口添えを無下には出来ぬ様で、
来週末に予定している親睦会に応じる知らせが届いた。
年末には婚姻が成立するとの事だが、聞くところによると相手はあまり評判が
宜しく無いと言う。
思えば哀れな娘だとアナマリアは幾分か同情していた。
愛すれども並び立つ事の出来ぬ女と、妻の名のもとに望まぬ愛を強いられる少女と、
これ程に正反対の二人が語り合うのも面白いかも知れないと思った。
正反対どころか異次元である事など、アナマリアは知る由も無かった。
***
「真に大儀であった!其方には感謝しかない」
レンガ造りの倉庫が立ち並ぶ運河沿いの一角に王太子派貴族の集う
社交倶楽部があった。
”自由な煉瓦職人”それがクラブの名称だ。
ターラム大公ゴートレイトは甥である男の分厚い手を握り労った。
「礼には及びませぬ、ここで動かねば後難となりましょう」
ダモンの族長ログアード辺境伯ヘイルマは叔父の憔悴した様子に憂慮した。
「此度は姫君に無理を強いてしまった。不憫でならぬ」
少女の肩に掛かる宿命の重さは、愚かな大人たちの罪の重さでもあった。
「そうでもありませぬ。意外にも娘の方が乗り気で御座いました。
以前から憎からず想い寄せていた様に御座います」
「左様であるか!姫君は泣いてはおらぬのだな?」
ゴートレイトは安堵の表情を浮かべ腰を下ろした。
「はい閣下。早くも新妻気取りに御座います」
随分と老けてしまわれたなと思いながらヘイルマは対座した。
スペンド侯爵と接触したあの懇親会以降、火花を散らす導火線を追う様にして
走り回った。
すぐさまヘイルマに書簡を送り、第二王子派の動きを知らせると共に、
王族以外との婚姻を進める様に促した。
元老院を構成する4人の選帝侯、精霊教会教皇、ウイルヘイズ大公と会談を重ね
エルサーシアの婚姻の後ろ盾と、聖女就任の絵図を取りまとめた。
第二王子派による婚姻の妨害を防ぐ為に元老院の後ろ盾を得た。
これで異論を口にする者は元老院と敵対する事になる。
王の無理強いを無効にする為に聖女の地位を用意した。
精霊教会の教皇は、国王はおろか皇帝の命にも従う事は無い。
教会は聖女の地位を教皇と同等とする事を決定した。
どうにか次期国王の継承問題からエルサーシアを隔離する目処が付いた。
王や第二王子派の後ろでジョンソン侯爵が糸を引いているのは分かっていた。
しかしどちらの王子が即位しようと王族の近従として内裏を差配する事に
変わりは無い筈だ。
何所に本意があるのか読み切れない事にゴートレイトは不安を感じていた。
「それが解らぬのだ。其方はどう見る」
「もし私がフリーデル殿下を担ぎ上げるなら傀儡にして王国を簒奪致します。
もちろん陛下には鬼籍に入って頂きます」
冷気が漂う様な話を事も無げにヘイルマは語る。
「恐ろしい事を言うものだな」
まさかと思う反面、一つまた一つと歯車の噛み合う音が聞こえる。
「しかしそれは無理があろう。あ奴にそこまでの力は無いぞ」
その様な非道は元老院始め諸侯が許さない。
「ジョンソン候の力だけではそうでしょう。しかし大きな後ろ盾が在れば
可能で御座います。
誰もが沈黙してしまう程の脅威が後ろに控えていたならば」
ぐっ!と眉間に力を込めたヘイルマに見つめられて、
ゴートレイトの頭の中でカチリと噛み合った歯車が回りだした。
「南蛮かっ!」
南蛮バルドー帝国との国境を守護しているキーレント辺境拍は第二王子派だ。
外敵から国を守る防人でありながら、ダモンは北方の英雄と呼ばれ
尊敬を集めているのに対し、キーレントがその様に称賛される事は終ぞ無い。
それはダモンが平和的に併合されたのに対し、キーレントは戦に負けて
降伏したと言う歴史的背景にある。
キーレントのダモン嫌いは国中の誰もが知っている。
「あ奴らは外患を誘致するつもりなのかっ!帝国の属国に成り下がるぞっ!」
我知らず身を乗り出してゴートレイトは吠えた。
「これは想像に過ぎませぬ、推測ですら無い話で御座います」
ですが・・・とヘイルマは言いかけて、あえて口を噤む。
「最悪を想定せぬ愚を犯すわけにはいかぬか・・・」
無言の意を受けてゴートレイトが言葉を繋げる。
「軍の諜報部を動かします。もしもの場合はジョンソン候を弾劾し、
即座に譲位を執り行い、キーレントを討伐し国境を閉鎖せねばなりません。
閣下には討伐軍の大将となって頂く事になりましょう」
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