大聖女エルサーシアの遺言~とんでもヒロインの異世界漫遊記

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第二章 ラブ・イズ・ブルー

37話 叶える夢

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教会が仲裁する形でバルドー帝国とデカシーランド共和国に和解が成立した。
停戦してから一年越しの交渉の末に実現した。
旧国名は民衆から「こんな長い名前いらんわ!」「デカドでええやんけ!」
「屁ぇこいて寝とけ!」と、かなりの反発があった為に改名された。

王侯貴族の地位が国政に反映されない、議会制民主主義が誕生した。
これから彼らは知る事になるだろう。
夢から覚めた後の、日常の中の悪夢を。
細かく分散した権力による無秩序な利権の奪い合いと、大衆迎合たいしゅうげいごう主義の恐ろしさを。

一方、ダモンの地ではフリーデルとタチアーナの婚姻が成立し、
盛大に披露宴が執り行われていた。
共に15歳の秋となり新居はダモンの領都アセムに構える。

婚姻を機にフリーデルは臣籍降下となった。
本来で在れば大公位であるが、秘匿ひとくされてはいるものの前国王の子で無い事は、
王族と一部の関係者には知られている。
当面は領地を持たぬ公爵位を徐爵される。

「まぁ!サーシア良く来てくれたわね!ありがとう、お体は大丈夫ですの?」

けっこう目立つようになって来たお腹に負担が掛からぬ様にゆったりとした
衣装を着たエルサーシアを迎える。


「えぇ、悪阻つわりも治まったし大事は無いわチャーミイ」
「本当に大丈夫かい?辛くは無いかい?もう帰ろうか?」
「心配のし過ぎでしてよ、カルアン」

すっかり過保護なカルアンがオロオロしている。
優しい微笑みで夫をたしなめるエルサーシアを見て自分達もこう在りたいと
タチアーナは思う。

「確か予定日は年末でしたかしら?」
「昇節の前後ですわね」

妊娠期間は平均約300日、残り凡そ120日である。

「昇節の日に産みなさいな!娘と孫の誕生日が同じだなんてとっても素敵ですわ!」
「そうですわね・・・」

胸も性格も豪快なパトラシアである。
エルサーシアが切望せつぼうしたパトラシア遺伝子はついぞ発現しなかった。
妊娠に伴って乳房が膨らんで来たが、それはあくまでも一時的なもの。
乳離れしたら元通りである。

デカシーランドでの活躍が評価されて、スカーレットは準男爵位を徐爵された。
「ウ!ウチが・・・き、貴族ぅ!」
ヘナヘナと腰を抜かした。

手続きの際に手違いが有り、スカーレット・シモーヌ準男爵で登録されてしまった。
心配で付き添いに来ていたエルサーシアが、“シモーヌ”を連発したのが原因である。

「まぁ姓の方やさかい、宜しおますけどぉ」

“スカーレット”は死んだ父親が付けた名であった。
実家は綿花農場を営む地主の家柄で、幼い頃は収穫され高く積まれた綿に飛び込み、
真っ白なひつじの様になってはしゃいだ。
しかし帝国の政策によって芥子けし畑にされてしまった。
その赤い花は隷属の証。
労働の汗が実りの歓喜にむくわれる事は無かった。

根っからの善人であった父は麻薬の原料を栽培する罪悪感に耐えきれず
酒に溺れた。
ある夜、足を滑らせて川に落ち帰らぬ人となってしまった。
数年後、母は再婚したが、スカーレットは義理の父親とそりが合わなかった。
それを疎んじた義父はスカーレットの縁談を決めて来た。
しかも相手は帝国から派遣されて来た役人だ。

憎き帝国の小役人の妻なんぞになるもんか!
スカーレットは家を飛び出した。
流れ着いたミリピッピの酒場で女給として働いてた時に、
レジスタンスのリーダーとして名を上げていたトムと知り合い仲間になった。
スカーレット14歳の事である。

あれから4年、まさかまさかの展開だ。

「お母ちゃんもダンテも、ウチが貴族やなんて言うたらビビるやろなぁ」

今はどうして居るかと故郷の母と弟に思いを馳せる。
驚いたエルサーシアが、まん丸の目で聞いた。

「あら!家族が居たの?シモーヌ」
「言いませんでしたかいな?」
「聞いていませんわよ!それならそうと早く言いなさいな!」

天涯孤独の身の上だと思い込んでいた。
もちろん勝手に決めつけていただけだ。
相手を気遣うような細かい神経は持ち合わせていない。
エルサーシアの手配で急遽きゅうきょに屋敷を購入した。
街はずれではあるが、準男爵位として申し分のない広さだ。
早速、母親と弟を呼び寄せた。

「えらいすんませぇ~ん、こんなええ家、買うて貰ろてぇ」
「調度品は自分で選んで頂戴な、ダモンお抱えの商家を寄越しますわね」
「師匠ぉ~!おおきにぃ~!」

当然、代金はエルサーシア持ちである。
束の間の平穏をエルサーシア達は過ごしていた。

***

価値観には四つの視点がある。
主観、客観、相対、絶対の四視点である。

例えば目の前に“バナナ”が在るとする。

貴方はバナナが“好きか嫌いか”?
それは主観である。

世間にバナナの需要は有るか?
それが客観である。

同じ重さのリンゴと、どちらが高価か?
それが相対である。

バナナもリンゴも共に果物だと認識する。
それを絶対的価値観と言う。
抽象的と言い換える事も可能だ。

優劣や順位は主観と相対によって派生し、
存在の確かさは客観と絶対によって決定される。

世界は見れば見るほどに果てしない。

昇節の前日、夜中に産気づいたエルサーシアは、彼是かれこれ二十刻余り格闘していた。

それまでは全く気にして居なかったが、いざそう成ると昇節の日に産む事に
特別の価値が有る様な思いに取り憑かれてしまった。

エルサーシアの脳はアドレナリンでビチョビチョであった。

***

「もう良いから!早く産みなさいっ!」
「嫌ですわっ!今産むくらいなら死にますわぁ~!!」

何が何でも昇節の日に産みますのよっ!

「お母様だって粘ったではありませんかっ!」
「私の時は3人目よっ!貴方は初産ういざんなのよっ!」

ぐううううううう・・・
いいいい痛いですわぁ~~~

「まっ!まだ正午ではありませんのっ?!」
「もう正午よっ!昇節になったから産みなさいっ!」

嘘つきですわ~~~
ぎいぃぃぃぃぃ~~~

お願いよっ!
もう少しだけ我慢して頂戴っ!
いっぱい愛してあげるからっ!

ゴォ~~~~~~ン♪
ゴロォ~~~~~ン♪
ゴロォ~~~~~ン♪
ゴォ~~~~~~ン♪

来たぁ~~~!
正午ですわぁ~~~!

ぐふううううううううううう!
うぉおおおおおおおおおおお!
いでででででででででででで!
あだだだだだだだだだだだだ!

「頭が見えたわよっ!もう少しよっ!」

はひぃぃぃ~~~~~~
あひぃぃぃ~~~~~~

「ほらっ!イキんでっ!」

どりゃぁ~~~~~~!
おりゃぁ~~~~~~!
ちぇすとぉ~~~~~!

「もう一声っ!」

よっこい!しょ~いち~~~!

う・・・生まれた・・・鼻水をすすって!おしり叩いて!
はぁ~~~ほら!泣きなさい!
生まれたぁ~~~パンッ!パンッ!パンッ!

しょ~いちで生まれた・・・ギ・・・ギャァ~~~!
恥ずかしながら産んでしまいました・・・ギャァ~~~!ウギャァ~~~~!

あぁ・・・この子が・・・はぁ~~~もう大丈夫よ!女の子ねっ!
私の・・・サル?サーシア!女の子よっ!

確か私は人間ですわよね?
サルの子を産んだの?
カルアンはサルでしたの?

けれどなんて可愛いのかしら!
世界一可愛いサルですわねっ!
大丈夫ですわ!
私が貴方のお母様ですのよ!
私が貴方を人間にして差し上げますわ!

ルルナが顔をグシャグシャにして泣いていますわ。
近頃は、めっきり人間っぽく成りましたわね。

「お母様、この子に名を授けて下さいまし」
「えぇ、この子の名はリコアリーゼよっ!」
「リコアリーゼ・・・」

母が子に名を授けるのが我が家の伝統ですの。
良い名ですわ。
叶える夢リコ・アリーゼ”ですわね!
ちなみに私は“貫く信念エル・サーシア”ですのよ。
古代ダモン語ですの。


アリーゼが生まれて10日が過ぎました。
母乳の出が余りかんばしくありませんの。
まぁ乳母が居ますので問題はありませんけれど。

折角ですもの、自分の母乳で育てたいですわ。
カルアンに母乳マッサージをする栄誉を授けて差し上げましたの。
油断すると吸い付くのでルルナが傍で監視していますのよ。

「首が座ったら精霊契約でちゅねぇ~」

アリーゼを抱っこしながらルルナが言いましたの。
そうです・・・わね?
え?

「今、精霊契約と言いましたの?」
そう聞こえましたけれど・・・
「えぇ言いましたよ」

「生まれたばかりですのよ?降霊の儀は10歳ですわよ?」
何を言っているのかしら・・・

「あぁ~あれは人間が勝手に決めた事ですから」
「祝詞は?祝詞はどうしますの?まだ言葉を話せませんわ!」
「え?そんなの必要ありませんよぉ~」

えぇ~!なんですとぉ~~~!
そんな・・・
私の10歳の羞恥心を返して・・・

ルルナ曰く、
そもそも最初の四始祖は降霊の儀など行わずに精霊と契約しているとの事ですの。
祭壇さえ在れば契約出来るそうですの。
呪文だの祝詞だのは契約後に彼らが作ったのですもの、よくよく考えたら
道理ですわよねぇ~

それならそうと・・・
早く言って下さいまし・・・

***

あれ?なんだ?何んも見えんぞ?んにゃ?お~~~い!もしも~し!もしも~し!

芳夫《よしお》は辺りを見廻そうとしたが、自分の頭を認識出来ない。

あ、頭は?手はどこ?か、体が・・・あれぇ~?もう聞こえる筈なんだけどぉ?
あぁ!そうか!夢だ!ねぇ!聞こえてるんでしょぉ!なぁ~んだぁ~夢かぁ~お返事してよぉ~!ねぇってばぁ!
今日の耳鳴りは言葉をしゃべるぞやっと通じる様になったんだよぉ~!さすが夢の中ですな耳鳴りじゃ無いよぉ~!!)

芳夫は生まれつき耳鳴じめい持ちであった。
一般的な症状とは違い、抑揚と強弱が有り誰かが話しかけている様な感じだ。
検査では異常なし、薬も効果は無く幻聴かも知れないと心療内科へも通ったが、
改善はされなかった。

しっかし良く聞こえるなぁ~お願い~お話聞いてよぉ~!意味も分かるし、おぉ~~~~い!会話も出来そうだねぇ~会話も出来るよぉ~~~~~!
『だから!私の話を聞いてってばぁ!』
(え?)

『やっと波長が合ったんだよぉ~』
(波長?)
『そうそう!いやぁ~間に合った~』
(へ?)

川崎芳夫25歳 自由業。
要するに“何でも屋さん”である。
部活の先輩に誘われて始めた、その日暮らしの気儘な毎日だった。
その日は大きなタンク内の掃除を手伝う仕事だった。
四人掛かりで昼までには終わる予定だった。

ブラシでゴシゴシ、ゴシゴシ、ゴシゴ・・・


そしてここに居る。
酸素欠乏症による窒息死である。

『必死に注意したのにぜんぜん通じなくてぇ』
(そー言えば何時もより酷かったな耳鳴り)
『耳鳴りじゃ無いんだよぉ~』
(そーとしか感じないよぉ~)

芳夫も明と同じく転生予定者として、生まれた時からナビゲーターが付いていたが、
脳内の物理的な不具合により受信が出来ないまま死んでしまった。
肉体から離脱した事で直通での会話が可能と成り現状に至る。
明と同様に事情説明を受けた。

(なんか・・・人生を無駄に過ごした気がする)
『まぁ、次があるから!』

(不安だなぁ~)

『転生者の先輩の子供として生まれるから大丈夫だよぉ!私もいるしぃ~』
(先輩いるの?どんな人?)
『えぇ~っとねぇ、パンツの好きな人?』
(???)

そうして彼は転生した。

ギ・・・ギャァ~~~!女の子じゃねぇ~か~!ケツ痛ぇ~よぉ~!

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